三連続

 五人の旅からいつもの四人に戻った四人には、これまで以上に会話がなかった。


 だから当然相談もなく、だけども満場一致で昼飯を食べるのにこの店を選んだのは店名が『おっぱいギャルソン』だったからに他ならなかった。


 そして、この店を訪ねたのが二度目だと気が付いたのは、腕組みする店主が出迎えたからだった。


「よく来たな。待ってたよ。さっそく貴様らの言う、本当に美味しい焼肉ってやつをご馳走してもらおうか」


 それに歓声を上げる常連客達、すでに肉を焼き焼き、酒も入って盛り上がっていた。


 場の空気、待ちくたびれてしびれを切らした感じ、それは別の男の話だと、言い出せる空気ではない。


 それでも、いつもの四人ならば無視して押し通るところだが、昨日の今日と、抗う覇気は薄い。


 それで流されるまま、用意されていた簡易の舞台でお料理対決となる。


 店主はこれまで通り、昨日と同じ焼肉を出してくる。


 対して四人、苦々しい思い出と共に昨夜の夕食を再現した。


 肉の切り分けは繊維に垂直に切り分け、レバーはミルクで洗い、下味として塩を塗りこみ、わざわざ木炭を買いに走った。


 そうして出来上がった焼肉、常連客を審査員としての実食、結果は満場一致で勝利したのは四人の方だった。


「完敗だ。どうやら俺は、常連が付いたからと甘えていたらしい。これからは初心に戻って美味い焼肉を出してくよ」


 すがすがしい店主の笑顔、潔い敗北宣言に盛大な拍手、それなりに盛り上がったイベントは、昨日の食い逃げの損失を補って余る儲けをもたらしていた。


 だから何だと、今の四人には興味なかった。


 それで、戦いが終わった後は客として四人、一番奥の席を取る。


 頼んだのはカルビ三皿、さっそく店主がマネして作ったものに、それとリーアがいた時は遠慮していた酒をありったけ、ウマイモを使った蒸留酒のアクアビットに輸入物のビール、それとチェイサーにミルクを順不同で飲み干していく。


 絶対に悪酔いするちゃんぽん、その飲み方はもはや自傷行為に近く、楽しむよりも罰を受けるかのようだった。


 笑いも会話もない席、ただダンの声だけが伸びていた。


「わ。わ。わぁああ、わ。た。た。たったたたたた、た。し。しぃーーし。よし。マロ」


 未だに魔法の解けないダン、重症だった。


 それを普段は茶化す三人だったが、それさえも忘れて焦げた肉を酒で流し込む。


 そうしてだらだらと、飛び飛びでロース、タン、レバー、ウマイモと頼みつつ飲み進め、戦いの余韻が消え去ったあたりでガクリとペースが落ちた。


 ダンも発声練習を諦め、四人は静かにちびちび、最後に頼んだハツが焦げるのを見つめていた。


「……燃えやすさ、ですか直角」


 久しぶりに言葉を発したのはマルクだった。


「魔法のことですよ債権、あの姫様の捨て台詞ベンチャー、覚えてないのですか現物取引?」


「はぁん。忘れるわけねぇだろ」


 これにケルズス、鼻で笑う。


「言っとくが姫様のいってるこたぁ事実だぁ。いくら魔法って言っても万能じゃねぇ。放せば落ちるし重けりゃ動かすのにそれだけ魔力がいる。だから力の流れに逆らわずってぇのは、精神操作系にも通じる事実だぁな」


「つまり、マロがマロをマロと呼ぶのは燃えやすいから、つまりマロがマロを望んでいると?」


「違いないだろ?」


 混乱してるダンにトーチャ、ミルクを飲み干してから呟く。


「俺っちらの会話の中でお前だけが浮いてる。普段はホワチャホワチャ言ってて表情間抜けなくせに会話だけは真っ当な振りした私呼ばわり、馴れてないやつは絶対区別ついてないぜ」


「それは仕方なかろう。マロにとってこの言葉は異国の言葉、一通り習ったとはいえ言葉の色合いは未だに良くわかっていない」


「そんなことどうでもいいんですよ!」


 ドン、アクアビットを飲み干してマルクが語尾を忘れる。


「僕が言いたいのは最後、精神魔法を受けてぼんやりしてる間に、彼らに逃げられたことです。ただでさえ無防備だった時間、その上ほっとかれて、あれではまるで見逃してもらいたいと願っていたみたいじゃないですか!」


 最後の一言、四人が胸の内に抱え続けた本当の敗北に、ギリリと歯ぎしりする。


 戦って、負けるのならまだ納得がいく。


 しかし、内心では戦うことよりも見逃してもらうことを望んでいたとの結果は、納得いくものではなかった。


「あーーーちくしょーー!」


 トーチャ、皿の横で手足の投げ出し寝転がる。


「お前らさえいなきゃ余裕で勝てたのになぁ!」


 一言に、残る三人が思わず見下ろす。


「あーあー笑いたけりゃ笑えばいい。俺っちも丸く、弱火になっちまったんだよ。あんとき、お前ら無視して全力だしてりゃーなー、俺っち以外は全滅だけど絶対勝てたぜ。ホント、お前ら邪魔だったぜ」


「何を妄言を呟いている。それこそマロのセリフだ。貴殿らを気遣い、手を抜いてしまった。弱者を切り捨てる冷酷さが、マロにはまだ足りなかったのだ」


「はぁん。まぁ言うだけなら自由だけどよぉ。そいつを実行できるのは俺様だけだろ? ちゃんと現実見ろよぉ」


「あぁ?」


 不機嫌な声、トーチャがふわりと浮かび上がる。


「やめましょうよ諺」


 それを珍しくマルクが止める。


「周りを見なさい屈折。燃えてない炭に薪、久しぶりのお酒、そこらには飛び跳ねた肉の脂も飛んでて危ないです発芽」


「はぁん。そういうおめぇさんはどうなんだよ。この二人みたいに俺様ら巻き込まないよう手加減して負けたとでもぬかすんか?」


「まさか。僕の魔法はもっと精密ですよテコ。ただ、手加減は正直してましたよ水溶液。何せ相手は四人、一人で相手するためには力の温存が必要ですからね大気圧」


「……それって、つまり、俺っちが負けるって計算してたってか?」


「それは、もちろん触媒。あんな面白い吹っ飛ばされ方してて、勝てるだなんて誰も思いませんよ休火山」


 これに、トーチャ、炎上する。


 ただ、その炎は酒が入ってるからか安定せず、火花のようにチラチラと飛び散り、そのいくつかが空になってた皿の上やこぼれたアクアビットの上に、着火、炎上、燃え上がった。


 ……焼肉屋『おっぱいギャルソン』は良く燃えた。

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