姫のお言葉
リーアが語った、信じがたい体験、ある朝起きたら誰も自分のことを覚えておらず、見ず知らずの偽物が姫やってたとの話、これを与太話、ほら話、ただの妄想、家で娘の可愛い戯言、程度の違いこそあれ、四人は内心ではリーアの言葉を完全には信じていなかった。
しかし、今、こうして強者四人を引き連れた、絵にかいたようなお姫様の登場で、考えを改めるしかなかった。
そんな、今更信じられ始めたリーアは、その眼光で射殺そうと偽物と呼ぶ姫を睨む。
「そんな怖い目で見つめないでください。怖くて怖くて、お話できませんわ」
おどけるようなからかうような声に、リーアはなお目に力を入れる。
「何よ偽物の分際で、妾に成り代わって、何が目的よ! いいえ、そんなことよりもさっさと正体を現しなさい!」
響くリーアの声に、姫は鈴を鳴らすように笑う。
「これは可笑しなことを、私が本物ではなくて、誰が本物というのですか?」
「決まってるじゃない! 妾よ! 妾こそがハードエッジ王国ファーストフォリオ王家次期女王後継者、七代目女王のレイア女王とその婿王ブラッドの娘、第一姫リーア・ファーストフォリオその人よ! さぁ罪を認めて跪きなさい!」
「これはこれは、ではお尋ねしますが、それを証明する何かをお持ちでいらっしゃいますか?」
「それは……」
「もっと言いますと、そもそも姫は何故姫で、王族は何故王族で、王族は何故偉いのでしょうか? 結局は王も姫も人は人、そこに上下を作るのは、いったい何なのでしょう?」
「……何よ、そんなの今は関係ないわ。妾は妾、妾は姫、あなたは違う。それだけよ」
リーアの反論は感情論、答えを出すのを拒否した逃げの答え、蛮族四人には姫の方が正しく思えた。
それを自認してか、姫はにっこりと笑う。
「あなたとのお喋りは楽しいですね。ですが、ここは少々冷えますわね。お話の続きは帰ってからゆっくりといたしましょう」
命じるわけでもないのに騎士四人、合わせて一歩前に出る。
これに、蛮族四人、進み出て対峙する。
「はぁん。よくわかんねぇがぁ、こいつらぶっ潰せばいいだろぉ?」
「それが仕事です統計。頂いた分はちゃんと働かせてもらいますよ二等辺三角形」
「まぁ彼らなら、私はただでもお相手願いたいがな」
「ちょっといいですか?」
「あ?」
流れではトーチャの番、そこに姫が割り込む。
「お話し中申し訳ありません。ですがそちらの方、よろしいでしょうか?」
姫が、五本の指を差し出すようにダンを指刺す。
「あなたも私、私も私、第一人称が被ってしまってます。これでは会話がこんがらがってしまいます。ですので、変えますね」
「変え、何を」
「そうですね。語尾にニャンとかわかりやすいのですが、これは人権問題に引っ掛かってしまいます。あ」
ポンと姫、両手を叩く。
「ならばこんなのはいかかでしょう?」
そう言いながら、その手の指輪が赤く光ったかと思えば、一瞬にして閃光に、周囲一面が夕焼けを超える赤に染まった。
「Spune-te „Maro”」
呪文の完成、魔法の発動、回避失敗、だけど蛮族四人にリーア、これといって変化は感じられなかった。
「なんだこれは、ハッタリか? マロには何も……」
……誰よりも、口にしたダン自身が驚いていた。
口をパクパクさせて、唾を飲み込み、そして改めて口を開く。
「マロは!」
冗談ではないのは表情に現れている。
これに、姫はコロコロと笑う。
「素敵じゃないですか。お似合いですよ? 堅苦しい私なんかよりも今の方がずっとキャラに合ってて、素敵です」
ご満悦で姫の口が良く回る。
「勘違いなさらないでくださいね。確かに今行った魔法は『洗脳』ですが、万能ではありません。例えるならば、炎は出せても燃えやすいかは相手次第、私がこうしたら? との提案に無意識で納得している場合ほど良く効くんです。だから、マロはあなたが望んだ一人称なんですよ?」
説明、その真偽はともかくとして、蛮族四人はこれを持って姫を正式に敵と認識、同時にやっとリーアの言葉を真に受けた。
それに、姫の笑顔が残忍なものに変わる。
「それでは本番ですね。コレキン、スノーノイズ、トビ、サタジット、やっておしまい」
ノリノリの姫、これに呼応して動き出す四人の騎士たち、元よりその気で来ている彼らが、その覚悟分先に動いた。
先ずネズミの獣人、コレキン、手にしてたビンの蓋を外し、中身を飲み干す。
袖で口元を拭い、ビンを投げ捨てると、草の上に落ちて割れる前にケルズスの前にいた。
ケルズスがとっていた間合いは己の大剣でも届かない、安全と判断した距離、それが一瞬にしてコレキンに走破され潰される。加えて両手にレイピアが一本ずつ、抜剣済みだった。
「こんのぉ!」
苦し紛れのケルズスの横薙ぎも当然のようにかわされ、来た時のように素早くコレキンはバックステップで離れていった。
……それだけの間にケルズス、その両肩、両腕、腿、足の甲に、深くはないが浅くもない、滅多突きを喰らっていた。
その横で呪文を唱えるマルク、白い杖を向ける先は褐色の男、スノーノイズだった。
見てくれでわかる、両者魔法使い、スノーノイズも金色の杖を向け合い、同様呪文を唱える。
「Krossa!」
呪文の完成はマルクがやや早く、地面より計八本の触手がうねり伸び、褐色の身へと這い伸び襲う。
「Blovu for!」
これに遅れて完成したスノーノイズの魔法は無色透明、しかし草を薙いで力を示す、風の魔法だった。
不可視の力が触手に接触、そして霧散したのは触手だった。そのまま、見えない風はそれでも実在する力で触手を霧へと変え、抜けた先のマルクの身まで貫通してその身を吹き飛ばし、決着となった。
二人、勝敗が見えてるのをしり目に、ダンは駆ける。
その表情は己の一人称に引きずられて険しいものながら、その動きは万全、顔の横に並べた浸し指中指立てた独特の構え、蟷螂拳を維持しなが虫のように這うように、草原抜けて目の前のひょろながい男、トビへと迫る。
これにトビ、コートを脱ぎ捨て構えを取る。拳を固め、左半身を前に突き出し、軽く跳ねる姿勢、ボクシングスタイル、その完成度に驚きながらも間合いに入る。
先手はダン、低い姿勢から右手伸ばして中指人差し指で狙うは足払い、けれどこれを軽く跳ね退かれ、避けられる。
だが空振りは想定内、引いて止まったところへ更なるダンの追撃、両手を前に突き出し飛び込む攻撃、例えるならばカマキリが獲物を捕らえる一瞬の動き、抱き着く動きだった。
しかし、これをトビは読み切っていた。
踏みとどまったステップ、腰のひねり、駆動する肩、全てが連動し突き上げられたアッパーカットが、ネコ科特有に前に出たダンの顎下を打ち上げた。
その威力、低い姿勢から無理やり背伸びの姿勢まで押し伸ばせる威力、派手な一撃に吹っ飛ばされて、それでも倒れず踏みとどまるダンだったが、足はふらつき、その表情はうつろ、ダメージは見るからに大きかった。
激戦に見えて返り討ち、やられてる三人の頭上を飛び越えトーチャが向かうは一番大きな敵、巨人のサタジットだった。
夕焼けの赤にあってなおより目立つ赤い炎、光点が線を引いてまっすぐ向かう。
これにサタジット、無言でその右手の斧を引き上げると体を大きく捻じり、体の右奥へと引き構える。
そしてトーチャはより一層燃え上がるのに合わせて、斧を振るった。
刃は寝かせて切るのではなく、仰ぐ形、巨大な斧は巨大な扇となって突風巻き起こし、向かうトーチャの身を非情にも吹き飛ばした。
その影響で地上も荒れる中、数瞬遅れて背後の家の窓が砕けた音がした。
全て合わせても呼吸が止めていられる程度の時間しかかかっていない。
だけどもそれで示された、圧倒的な力量の差、蛮族四人は騎士四人の前にボロボロとなった。
それでも、まだやる気の四人、変わらず構えて前に出る。
「素晴らしいです騎士の皆さん。期待以上の働きです」
嬉しそうに姫は笑う。
「けれど、もうそれぐらいでいいでしょう。用事は済みました」
四人を止める姫、その傍らにはモカとモコ、そして抱えられたリーアがあった。
失念、失敗、いつの間にか攫われた雇い主、今しがたやられたことよりも大きな衝撃に四人はたじろぐ。
「所詮は姿勢で腕が通った程度、リーアさんが雇える程度の実力者でしたね」
それを、姫は面白そうに笑ってみていた。
「あぁ、お気になさらないでください。彼らはこの国最上位、女王直属の特戦隊、勝てる方がおかしいのです。それでも生きていられること、埃に思っていただいて結構ですよ」
侮辱、完全なる侮辱、受ける四人、行動に移す前に姫が指輪をかざす。
「名残惜しいですが、私も忙しい身なので、名残り惜しいですがここらでお暇させていただきます。あぁそれと、今の戦いを糧により一層精進できますよう、記憶は消さずに残しておきますね」
一言、そして指輪が赤く光る。
「それでは愉快な皆様、ごきげんよう。さようなら」
言い残し、次の瞬間、四人は夜空の下にいた。
冷え切った体、出血の泊まった傷、相応の時間の経過、その間四人は、呆然とここにいたのだと、目の前にいた敵の見逃したのだと、リーアを攫われたのだと、時間をかけてゆっくりと理解した。
そして四人、この状況を、敗北だと、受け止めた。
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