よその家の焼肉
姫を自称する幼女に人外としか思えないババァ二人、女性陣三人がこの場を支配していた。
抱きしめられてから弾ける女子トーク、近状報告に巷の流行、昨日食べたものからそっくりさんコンテスト第三位とか歌の練習とか、次々に話し続けるリーアは心の底からほっとしたような笑顔だった。
だけど会話の中にこの旅の目的とか偽姫の件は出てこない。それを薄々感じてるのかババァ二人も深くは訊ねず、聞き役に徹している様子だった。
それを傍観する四人、居心地が悪かった。
さっきまで険悪だった相手、その保護者の登場、四人それぞれの心情は童心のころの、友人と遊んでる時に、その友人が自身の親と会話いてるのを見ている気分にちかかった。気まずさ、恥ずかしさ、ここにいていいのかという不安、こそばゆい。
それを感じてか感じてないのか、二人は四人にも気兼ねなく話しかけてくる。
「ちょうど牛を解体してたところでね。あんたら、食べたいだけ切り分けるといい。ただし切りにくくても繊維を断ち切るんだよ」
「ゲヒヒ、レバーはこうやってミルクで洗うと臭みが取れる取れる。下ごしらえ大事大事」
「肉もただ焼けばいいってもんじゃない。その前に塩を塗りこみ、下味ってのを付けてやるのがコツなんだよ」
「ゲヒヒ、火は強すぎると焦げるだけ、微調整いるいる。だから木炭を使うんだよ。ほらしっかりやりな」
牛の解体、内臓洗い、肉の下ごしらえに焚火の管理、話しかけてくるついでに次々と指示を出され、自然と四人、こき使われた。
そうして日暮れ前、夕食は屋外での焼肉パーティーとなった。
グリルの炭火に焼かれるのは解体したての牛肉に、リーアが室内で鉄串に刺してたウマイモ、丸ネギ、硬くなったパン、飲み物はミルクと井戸水、昼食と変り映えのしないメニュー、だけど味は段違いだった。
「はぁん」
「これはこれは」
「凄いものだな」
「ご馳走だな」
四人、それぞれの感想、昼間食べたものと、それどころかこれまで食べたものとも比べても格段に美味な肉に、ようやくこのモカとモコ、二人がナニーであって、王宮に務めていたとの話を信じ始める。
ただ、どうよと見てくるリーアを前にして、そこまで口にするものはいなかった。
それでもあれだけぎくしゃくしていた空気がほぐれ、少なくともここに来た時よりも大分とマシになったころ…………最初に気が付いたのはダンだった。
時間は日が沈み切り、空が青くなるわずかの間、レバーを頬張り、だけども噛むのを忘れて耳と尾を引くつかせ、目を見開く。
それにマルクが、次にケルズスが続き、それぞれ獲物に手を伸ばす。
トーチャ、ふわりと飛びあがり上空より周囲を見渡し、ようやくリーアも、だけども違和感を感じている四人に違和感を覚えた。
「何よ?」
問いに応えるものはおらず、代わりに四人、一斉に向かったのは家の反対側、方角は山の方、風上にだった。
そして、一目で違和感の正体が露になる。
あれだけ強かった風、その風音を描きかえるような障害物、大きな影がそこにいた。
先ほどは絶対にいなかった存在、他に比べるものの無い草原にあって、なおその体は明らかに大きい。間違いなく巨人の血筋、そんなのがこんなところに現れたとなれば、安全な相手ではないと、四人の経験が呟いていた。
そして、その巨人の足元には別の四つの影、大きさから普通の人たち、うち一人は乗馬している様子、だけどもこの状況、まともな相手には到底見えなかった。
と、四人を突っ切り前に飛び出す影一つ、モカの巨体、さらにその背にはモコの姿があった。
二人、違和感に気が付きながらも見てるだけの四人を振り返りもせず、まるで獣のように草原を疾走、影合わせて五つに突っ込む。
遅れた。
自分らの失態に気が付き慌てて飛び出す四人、それに遅れてリーアも、口の中のウマイモを飲み込んでから追いかけ走る。
見た目以上に遠い距離、だけどもうモカとモコは相手五人の影の前、乗馬している前に到着する。
そして、次の光景に、思わず四人は足を止め、そして苦々しく表情を歪める。
それは、考えられる限り最悪で、だからこそ想定すべき事柄、リーアが目的と頼り、打ち解け、笑顔を見せたあの二人が、相手に並んで膝を突き、頭を垂れている姿だった。
裏切り、密告、敵襲、毒?
四人の嫌な想像、だけども思い返せばあの焼肉に、味に臭いに違和感はなく、体調に変化もない。今は無事、と割り切って四人、再び影へ、だけど今度はゆっくりと歩き出す。
これに、影五つの内四つ、乗馬以外が合わせて進み出た。
その姿、対峙して、蛮族の四人、ごくりと唾を飲む。
ケルズスの前に出たのは小柄な獣人、ネズミの獣人、ハーフラットの男、灰色の体毛に長い鼻と細いひげ、おどおどとした表情が見える。装備は軽装鎧で左右の腰には剣の柄、そして手には青色のガラス瓶があった。
マルクの前に出たのはでっぷりと腹の出た褐色肌の男、黒いひげを蓄え、頭と体に黄色い布を巻き、手には金色の杖があった。余裕の表情、だけどもここまでの移動で披露したのか軽く汗ばんでいた。
ダンの前に現れたのはひょろ長い男、白い肌はひび割れ、金髪には艶は無い。服はトランクスの上にコートを羽織るだけ、手足に包帯を巻いているが非武装に見えた。閉じた口の代わりに鋭い眼光、雰囲気と合わさり猛禽類を想像させた。
そしてそんな三人の背後に控えるのは巨人、飛んでるトーチャと同じ目線の高さ、建物で言えば五階分相当の巨体を板金の鎧で固め、鉄面の奥の表情は見えない。その手には壁のような、常人では両手でも持てない諸刃の片手斧があった。
四者四葉、どれも強者、身構え思わず四人、頬が引きつるほど笑顔となる。
そこへ、リーアが追いついた。
対峙する四人と四人、その顔触れに驚き、そして、呟く。
「近衛騎士団、あなたたちまで」
それは何かと誰かが訊ねるより先、蹄の音、遅れて前に出てきたのは、乗馬している最後の一人、その姿に、蛮族四人とリーア、息を飲む。
優しさを感じさせるやや足れ目がちな青い瞳、キュッとしまった小さな顔に、口元には余裕とも妖艶ともとれる笑みが見える。
歳は十を少し超えた程度、なのに光沢ある長い銀髪を複雑に絡めて後ろに束ねた髪形、剃り整えられた眉、日焼けも傷もない綺麗な白い肌、肩幅が思いのほかあり、だけども背筋を伸ばして白馬に乗馬する姿は様になっていた。
纏うのは白色のフワフワなドレス、手綱を握る右手の中指には赤色の宝石がはまった指輪、そしてその頭には銀色のティアラが輝いていた。
正に、お姫様だった。
「ごきげんようリーアさん。ずいぶんと探したのですよ」
凛として、可憐で、だけども威厳のある声、これまで誰相手でも無遠慮で通してきた蛮族たちでさえ、思わず姿勢を正してしまいそうな、威光に、一人だけ怯まなかった。
「何よ。この、偽物」
リーアが苦々しく吐き捨てた。
それだけで、相手が何者なのか、想像できた。
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