ピックアップ砦基地

平時が人を作る

 3番が一皿、7番が一皿、12番が一皿、14番の二倍盛りが二皿、15番が三皿、23番が二杯、24番が二杯、38番が一ビン、40番が一皿、58番が一皿、62番の個体タイプが三つに顆粒タイプが一つ、必須錠剤が五つ、水が五人分。


「ちょっと待てよ、冗談だろ?」


「なんだぁこりゃあ」


「そもそもこれらは、食べ物なのだろうか?」


「僕に訊かないでくださいよ」


 料理を前に目を丸くする四人は、先ずそれらが本当に料理なのかを確認するところから始めなくてはならなかった。


 何の飾り気もない軽金属の皿に、叩きつけるような、擦り付けるような動作で盛られたのは、ベトベトのペーストだった。


 材料を徹底的に磨り潰し、煮崩し、まぜこぜにした、最早元が何だったのか判別不可能な何か、違いは濃淡と粒粒だけで、結局は全部がベージュ色一色、当然のように香りの類も皆無で、金属の熱伝統率によるものか、運ばれてきた段階で冷めきっていた。


 それ以外もあるにはあるが、レンガと見間違えそうなベージュ色のビスケットに砂と間違えそうなベージュ色の粉の山、白色の結晶が五つに、コップの半分も入ってない水が五杯、後は金属の匙が人数分置かれているだけだった。


 そもそも『第二郊外食堂』との店名、外も中も飾り気のない倉庫のような造りに雑に丸太を重ねただけの椅子に机、店員は不愛想な筋肉マッチョ、だというのに値段だけはかなり高額だった。


 こんなところ、奢りであっても遠慮したい部類、そしてこの料理、文句のいくらかも出てきそうな店、だけどもここを選んだのはリーアだった。


「……なんだよこりゃ?」


「見てわからない? 軍隊食よ」


 四人の総意を代表してケルズスが訊ねると、リーアはさも当然のように応える。


「乾燥させたウマイモをベースに、各種栄養とフレーバーを混ぜ合わせた粉末をお湯で溶いて伸ばしたものよ。保存も利くし栄養高いし腹持ちもいいの」


「いいのじゃねぇよお嬢ちゃん、俺様が訊きたいのは、何でそんな軍隊食とやらがここにこぉしてならんでんのかってことよぉ」


「何よ。何か食べなきゃこれ以上働かないって言ってたのはあなたたちじゃないの」


「それでももう少し普通の、他のお店でもよかったのではないですか?」


「無いわよ。他のお店なんて」


 マルクの疑問にリーアは即答する。


「ここまでの道のり見てきたでしょ? ほぼ荒れ地、山の中の谷の中の鉱山跡を改造した砦、そこへ商いしてる人たちが集まってできた集落がここよ。だから全部が軍関係者、レストランも当然軍関係よ」


「だからといって、わざわざこのようなものを、外食で、好き好んで食べるものなのか?」


「食べるわよ。むしろ食べに来る人ばかりじゃないかしら」


 ダン相手にリーアが熱弁を振るう。


「そもそも、妾の国では兵隊さんを他の国のように強制する徴兵ではなく志願制で採用しているの。わかる? 兵隊さんは義務ではなくて自分から進んで就くのよ。国籍や年齢の制限、能力なんかのテストはあるけれど、大体の場合は手を上げれば何かしらにはなれるわ。だけどなれるだけで訓練は厳しいの。毎日トレーニングだし、訓練兵であっても有事の時は駆り出されるし、命令には絶対服従、プライベートなんかなくて何かあってもすぐ動けるように全部を消費する。その中には食事も含まれるわ」


 リーア、右手の匙で皿を指す。


「当然好き嫌いなんか許されない。それどころか食事の時間は可能な限り短く、調理盛り付けに噛む手間も惜しんで最低限にするためのペースト料理、それを掻きこむ早食いに、水も最低限で済むよう気を配って、要するに毎食が訓練よ。それが軍隊に入ったら毎日毎食、正規軍に入った後もずっと続くのよ。キツそうでしょ?」


「あぁきついぜ」


 トーチャの物言いに引っ掛かるものを感じながらもリーアは続ける。


「さっきも言った通り妾の国では志願制、入るのは個人の意思だけども止めるのは秘密保持とかで色々手続きがめんどくさい。だからその前にどんな生活なのか一通り体験してみましょうというのがこのお店よ。入隊前にどんな食事か試してみて、ダメそうならば入る前に諦める。でも今ではそうしたお試しよりも、軍隊間に合って言うの? 各地の軍隊とか見て回ってる人たちが一風変わった観光地としてやってきてるのがほとんどらしいわね」


「それでこのような、言っては何だが、不味そうなものを食すと?」


「不味いわよ、実際」


 リーア、ダンの質問に希望のない答えを返す。


「この軍事食は非常時には一般市民への配給にもなるの。だからこれで美味しかったりすると色々面倒なのよ。食料の盗難や奪い合いが起こったり、これを食べたいがためにわざと非常時を引き起こしたり、それに一部の五月蠅い貴族からは、国の税金で食わせるんだから贅沢させるな、なんて圧力もあるわ。それに本当に大変な時は食料は現地調達、その場にあるものを食べなければならない。だけど普段からこんなもの食べてたら、なんでも美味しく感じられるでしょ?」


「なぁ、そいつは、いつか国を滅ぼしちまうぜ」


「何よ。何でよ」


 これまでと同じ感じに返すリーア、だけど言い出したトーチャの方はもっとシリアスな感じだった。


「食事ってやつは、生きる上で必要なもので、本来なら嬉しいもんのはずだ。それをこんな風に奪っちまったら確実にどこかで不満が溜まる。軍隊で言うところの士気の低下に風紀の乱れってやつだ。それが個人なら問題児作るだけだが、集団になれば反乱になる。後で後悔したって知らねぇぜ」


「……何よ」


 これまでと違って暗い感じで終わったトーチャの言葉に、リーアも返す言葉が見つからず、全体が暗くなる。


「まぁ、食い物の恨みってぇ奴は恐ぇえからなぁ」


 その空気をケルズスが変える。


「俺様んとこの軍隊だと、訓練に食料調達ってのがあるんだ。武器持たないで新兵から森んなか入ってってキノコやら木の実やら持って帰る。それが夕飯と翌日の飯になるから必死だけどよぉ。当然訓練たりねぇと取れる量も少ねぇ。だから後から補うように先輩らが応援入ってって色々教えんだよ。サバイバルの実戦経験にもなるし全体の連帯感も上がる。どうだいお嬢ちゃん、立場戻ったら試してみろよ」


「アドバイスありがとう。でも無意味よ。周りを思い出しなさいよ。この周辺にそんな便利は森は無いわ」


「遠くにゃあったろ? どうせ軍隊はどこでも走るのが仕事だぁ。訓練ついでに往復させりゃ無駄も省けるだろうさ」


「それは、そうね、考えてもいいかもね」


 リーアの譲歩、それでやっと空気がほぐれる。


「無駄話が過ぎたわね。さっさと食べて早く出ましょ。目的地は言うまでもないd相がその砦よ。たどり着ければ今度こそ終わり、妾が姫である証が舞ってるわ」


「はぁん。やっぱそうくるかぁ」


「何よ当たり前でしょ。ここまで来て他にどこに行くってのよ。ただ、軍を使うのは抵抗あるのよね」


「らしくねぇなお嬢ちゃん、訳ありかぁ?」


「軍なんて動かさない方が良いに決まってるでしょ」


「それはもういい。それより食事を、こんなのでも腹に収めたい」


 見るからに腹ペコなダンの懇願に残り四人、一瞬忘れてた不味そうな食事を思い出す。


「じゃあ、いただきましょうか」


「何でおめぇが仕切ってんだよ」


「全部そろってんだよな? つってもこんなベチョベチョじゃ何が何だかわかんねえがよ」


「いただこう」


 四人、ほぼ同時に各々のベトベトを掬って、一度臭いを嗅いでから口へと運ぶ。


 ……そして顔をしかめながらそれ以上噛むことができない。


「こいつぁ、すげぇな。ウマイモの味じゃねぇぜ」


「不味い。不味い。不味い。不味い」


「ちょっと待てよ。これ、本当に食って大丈夫なやつか?」


「僕に訊かないでくださいよ。ただほら、発酵食品なんかは馴れとかありますからね」


「発酵?」


 四人の犯行とポロリとでた一言にリーア、額に皺を寄せながら匙を取り、一口口に入れる。


「……これ、腐ってるじゃない」


 四人同時に噴き出した。

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