我々は君を欲している

 店ではっちゃけた後、五人が向かったのは更に過疎な奥地、村を出ると赤い砂利と雑草で広がる凸凹な平地に、例外的に綺麗に均された道がうねうねと伸びていた。


 その行き着く先は赤い石の城壁、その奥に見える砦と、その背後には高い岩山が聳えて見える。


 この道を以前歩いたのは何年前か、その時も鉄臭いと思ったのを思い出す。


 元は国営の鉄鉱山だったけど、半ばで水が吹き出て採掘不可能となったところを非常用の砦に改築、それが月日と共にだんだんと増築され、今ではこの国の二大軍隊の一角である『国境警備軍』の本部基地となっていた。


 もっとも、主力となる兵隊さんたちはその職務である国境の警備に散らばっており、ここにいるのは事務方と教練中の新兵ばかり、つまりここは軍事基地というよりも軍隊学校に近い場所だった。


 その当時を思い出しながら城門にたどり着くと、あの時と同じように門番の兵隊さんがぞろぞろ現れ笑顔で迎えてくれた。


 赤褐色の牛革鎧に短い槍に剣、純粋な戦闘よりも密入国者逮捕が主な仕事なので、機動力を優先した軽装だけど、びしっとしていてかっこいいとリーアは毎回思う。


 ただし、あの時と違うのは、その笑顔を向けるのがリーアではないことだった。


「ようこそいらっしゃいました! わが国境警備軍は君たちを歓迎する!」


 両手を広げ、四人を、そのついでにリーアも囲う。


「いい肉体だ。鍛えてるね。君ならば今すぐにでも立派な兵隊になれるだろう!」


「その杖から魔術師かな? 我々は魔術師も必要としている! その力! 存分に活用して平和を守ろう!」


「君は……大丈夫! どんな人にでもやれることがある! ないならやれるようになればいい! 一緒に鍛えていこうじゃないか!」


「見逃してないとも! 国境警備軍は機動力が命! 妖精の君だからこそ必要なんだ!」


 口々に述べられる肯定の言葉、わいのわいのと男四人を入隊させようと褒めちぎる。


 それを前にいて驚きながらもまんざらでもない四人、良い感じに勧誘されていた。


 その間にあって、リーアの存在に気が付けたのは、この兵隊さんたちの中で一番の年長者らしい男だけだった。


「こちらのお嬢さんは少し早いかな。今日は見学までだね」


「違うわ。用があるのは妾なの」


「用?」


 笑顔のまま困惑しているらしい男に、リーアは一息入れてから思い出し、口に出す。


「山が四つ」


「お嬢さん?」


「平地が四つ、沼が四つ」


「いや、ちょっと」


「門が三つ、混ざった土地が三つに、進む土地が一つ、そして場外に荒れ地が四つ使い放題」


「待った!」


 男の一声に、勧誘の声が止み、やっとリーアが注目される。


「待ってくれお嬢さん。君はその言葉の意味を知っているのか?」


「モチロンよ。そしてあなたにはこの真偽を確かめる権限が無いのも知ってるわ」


 リーアのきっぱりとした口調に、男から笑顔が消え、より男前の険しい表情となった。


「お前たち、この方たちを本部まで、将軍の元までご案内しろ」


「それは、班長」


「これは命令だ。直ちに実行しろ。質問は無し、くれぐれも丁重に、だ。わかったな?」


 ザ!


 囲っていた兵隊さんたちが一斉に姿勢を正し、敬礼する。


 その顔からは笑顔が消えて、みな男前になっていた。


「こちらです」


 先頭を行く男に促され、リーアは当然のものとその後に、それらの状況が飲み込めてない四人が続いて、その周囲を残りの兵隊さんが警護する。


 物々しい雰囲気、空気で伝わる緊張感、真っ先に耐えられなかったのはダンだった。


「今のは、なんだ?」


「ハイネス・オーダー・コード、最重要命令指令暗号よ」


 さらりと言いながらリーアが振り返ると案の定わかってない表情だった。


「非常時に命令系統が混乱した時に、最優先で実行すべき命令を伝えるための暗号よ。このコードを聞かされたなら何を置いても実行しなくてはならない。それが例え見ず知らずの小娘であってもよ」


「はぁん。そいつぁ、セキュリティー的にヤバくねぇか? そんな便利命令、下っ端なり横で聞いてた俺様なりが悪用しちまえばやりたい放題じゃねぇか」


「コードの内容は複雑で膨大よ? そして全文を知っているのは王族だけ。国境警備隊の将軍でさえ封印された解読本を使わなきゃわからないないようよ。ちなみに悪用したらいたずらでもテロ判定で一発有罪よ。試すのは、お勧めしないわ」


 説明しながらもリーア、城壁の中の光景に目が行ってしまう。


 外に比べて中は砂利も雑草も取り除かれてまっ平ら、その上を多くの訓練兵たちがランニングしている。


「その四! 敵前逃亡は斬首の刑!」


「「「「「「「軍規その四! 敵前逃亡は斬首の刑!!!」」」」」」」


 走りながら軍規の暗唱、体と一緒に頭を鍛える訓練、どれだけ続けてるのかみな汗だくだった。


 その向こうでは、また別の一団が長いシャベルを手に、穴を掘っていた。


「全員掘り終わりました!」


「ヨシ! 次が穴を埋めろ! 開始! ぐずぐずするな!」


 疲労からか手足を引きずるように命令に従う訓練兵たち、彼らの多くがドワーフだった。


 別段、鉱山の多いこの国でドワーフは珍しい人種ではなかった。


 元から住んでいたものよりも、建国時に他所から移り住んできたものの子孫が大半で、それもあってか外の国で蟻がちな人種間のもめごとも少ない。


 ただ、やはり彼らはドワーフ、平地や都市部に出るよりも山に住むことを好み、鉱山関係以外の仕事に就くのは珍しかった。


 それが何人も、中にはドワーフだけのグループがいるほど、リーアが知っていたころのに比べて明らかに人数が増えていた。


 その理由に、リーアは心当たりが全くなかった。


 高山が閉山になったとの話もないし、大規模な移民があったとも聞いてない。後はブームでも起こったのか、想像はできても答えは出そうになかった。


 そうこうしている間に砦の入口に、こちらの警備をしている兵隊さんたちにまたコードを伝え、そして案内の引継ぎ、曲がりくねった廊下を進んで階段上った先、以前リーアが通された応接室に通された。


「こちらでお待ちください。すぐに上のものが参ります」


 そう言って敬礼、案内の兵隊さんは行ってしまい、五人残される。


 応接室には革のソファーにガラスの机、壁には肖像画に表彰状、勲章や宝石のはまったサーベルなどが飾られていた。


「やっぱ、軍は嫌いだぜ」


 それらを見上げながら呟いたのはトーチャだった。


「下は泥だらけで走り回ってるってのによ。上は無駄に着飾ってふんぞり返って命令出すだけで、逆らえば懲罰懲罰、自由の一切ない。窮屈で数多の悪い組織だぜ」


「何よ。軍隊は集団で動くんだから命令系統をきっちりするのは当然じゃない」


「その命令で弱くなれ、苦しめ、そこで死ねって言われちまったら従わなきゃならないのが軍隊だろ? 誰が好き好んでなるんだよ」


「何よ。兵力の平均化は基本よ。一握りの八十に残り二十を合わせるよりもみんな五十でいた方が作戦も作りやすいの」


「それは上か、二十の連中に言ってやれよ。五万の俺っちには関係ない話だぜ」


「言いたいことはわかりますよ」


 マルクが間に入る。


「僕みたいに飛びぬけた実力がある人間は、平均化を望む軍隊には向きませんからね」


「知るかよ。俺っちは実力が認められようが軍だけはごめんだぜ」


 話しているとノックされる。


「失礼します。将軍が謁見なさるそうです。どうぞこちらに」


「やれやれ、やっとお偉いさんに引き渡してこの仕事も終わりだ。


 案内され、当然のようにリーアが応接室の外に、その後に続こうとしたケルズスが止められる。


「申し訳ありませんが、残りの皆様はここでお待ちください」


 止められて、ケルズスが悪態吐く前に問答無用でドアが閉められる。


「ちょっと!」


「申し訳ありません。ですが、オーダーを出されたのは姫様のみ、ですので姫様だけを通せとの、将軍からの命令を受けています。ご容赦ください」


 勝手にやられて不機嫌になりかかってたリーアだったけども、このさらりと出てきた姫様発言で全部が吹き飛んだ。


 やっと姫と認められた。


 長い旅の終わり、無情な仕打ちからの脱却、報われた努力、りーあ、ルンルン気分で案内されるがまま、将軍の部屋へと入る。


 中に入れば右側にはぎっしりと本の詰まった本棚、左側にはクマのはく製や何種類かの鎧甲冑が飾られていて、一番奥には窓と、机と、その前に後ろ手で腕を組み、立っている男性、見知った顔がそこにいた。


 真っ白な肌、白黒の髪、たっぷりの口髭、赤い服にありったけの金色の刺繍、腰には金細工施した剣の柄、背は低くリーアより少し大きいぐらいでお腹も出ているけれど見覚えのある顔、間違いなく国境警備軍の最高司令官、ガスパール将軍だった。


「これは姫様、突然の来訪、驚きましたよ」


 両手を広げ、大げさな手ぶり、だけど表情から本当に驚いた様子、以前会った時と違ってぎこちない感じ、だけども間違いなく将軍で、リーアのことを姫様と呼んだ。


 やっとこれで終わったのね、とリーア安堵する。


「お久しぶりです将軍。実は折り入ってお話したいことがありまして、事前に連絡もなく尋ねてしまいました。ですがその前にコードを」


「必要ないでしょう。あなたは間違いなく姫様です。その姫様からの命令を覆せるのはお母上の女王様と、婿王のみ。自分には疑うことすら許されません」


 そう、姫様と肯定され、やっと認められてリーアは嬉しくなる。


「では将軍、単刀直入に申します。妾がここに来た理由、内部に反乱の兆しがあります」


「やはり、そうでしたか」


 予想外の返答、王都で王女や婿王含めて多くの人間がリーアをリーアと認識できなくなっている非常事態、それを国境警備軍とはいえ管轄違いの出来事を、将軍が把握ているのは、意外と言ってはなんだけど意外だった。


 ただ、それならば話は早い。


「わかっておられるなら、話が早いです。どうか」


「であえであえ!」


 突如怒鳴る将軍、同時にいろんなものが動き出す。


 動く甲冑に動くクマ、本棚は崩れて現れた隠し部屋からもぞろぞろと、机の後ろからも三人ぞろりと飛び出した。


「この者は不届きにも姫を名乗る狼藉ものである! 斬れい! 斬り捨てい!」


 シュルリと抜剣、いきなりの急変化に、リーアはあっけにとられることしかできなかった。

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