それでは数えてもらおうか

「まずは左側! 今コンテスト参加! 初回からの古参です! ヤコブソンさん! 対するは飛び入り参加! 誰かの保護者! 獣人パワー爆発! えーーー名前は、キャット『間抜け面』ネマキマン!」


 司会の酷い言われように不満の視線を向けるダンは、リーアにも否定できない間抜け面だった。


 そして観客席でカーンと金属音、闘いの始まりを知らせるゴングが鳴った。


 最早物まね大会でも何でもなくなった舞台の上、先ずはヤコブソン、腋を締め肘を曲げて拳を固め、体全体でリズムを刻む。


 拳闘ボクシング、リーアでも知ってるメジャーな格闘術、攻撃手段がパンチに限定されるものの、軽やかなステップに多彩な手わざ、そして一撃で相手を沈める威力、数多の格闘技の中で実践向きとされ、この国の軍人あらば必須科目となっていた。


 しかしその下半身は蛇、ただでさえ移動速度が速くないのにどっしりととぐろを巻いて、拳闘の長所であるフットワークがないがしろにされている。それでもヤコブソンは余裕の笑みを浮かべていた。


「これはね。元からあった拳闘に姫様発案のアレンジが加わった、いわば姫様流拳闘術、ダイエットを兼ねて姫様を理解しようと頑張ってきたけど、皮肉よね? こっちの才能はあったみたい」


「そうなのか?」


 ファ!


 耳元、いきなりの声に思わず空気を吸って飛び退くリーア、すぐそこには黒い塊、トーチャが浮かんでいた。


「お前、また俺っちをゴキブリと勘違いしたな?」


「知らないわよ。それに拳闘術のことも嘘よ。妾、ただ練習を見に行ってただけだもん」


 応えながらも傍に誰かが、たとえそれが口と柄の悪い妖精であっても、いてくれることにリーアは安堵していた。


「おい。そこじゃ危ねえぞ。もう少し下がれ」


「わかってるわよ」


 言われながらリーア、舞台袖まで下がる。


「それより大丈夫なの? ずっと一緒だったけど何の役にも立たなかったわよ? あれ、本当に強いの?」


「ふざけるな。あんな雑魚にやられる雑魚なんざだぁれが連れて歩くかよ。ただまぁ、ちっとも面白くはないけどな」


「何よそれ」


 ダン!


 リーアに応えるようにダン、舞台を踏みしめ、ダンも構えた。


 それは、リーアの見たことのない構えだった。


 重心低く、左足はまっすぐ前に、右足曲げて重心乗せて、背中は猫背、腋を締め肘を曲げ、そして前に向ける両手は人差し指とを伸ばしてまっすぐ正面へと向け、両手と上半身、独自のリズムでゆらゆら揺らす。


「何よアレ?」


「なんとかっつったが、忘れちまった。覚えてる話じゃあいつの地元で習った拳闘術で、要するにカマキリスタイルだってよ」


「蟷螂拳だ。大分我流が混ざっているがな」


 聞こえてたダン、振り向きもせずに応える。


「強いかどうかは、口で魅せるものではないだろ?」


「えぇそうね。なら、試させてもらうわ」


 あっちにも聞こえてたヤコブソン、下半身をくねらせてダンの前にそびえる。


 とぐろを巻いた下半身にはやはりフットワークは無い。代わりに手に入れた安定感、それを確かめるように右へ、左へ、白のドレスをフワフワはためかせながら脇を締めて固めた上半身を揺らし始める。


「だけどこの暴風雨の前では、どんな構えも無意味よ」


 カタリながらも体を揺らすペースはどんどん早くなり、目で追うのも大変な速度、そして右に膨らんで長い腰をめいっぱい捻ると、戻る反動を乗せて右腕が大きく開く。


「喰らいなさい!」


 同時に鎌で薙ぐように、拳が放たれた。


 フック、曲線的な動きのパンチ、勢いに体重の乗った一撃は、身を引いたダンに届かず空振り、なのに押しのけられた空気の流れだけで、その威力が離れたリーアにまでしっかりと伝わる。


 それをカサカサと、低い姿勢のまま虫のように回避するダン、だけどもそれでおわりじゃなかった。


 そして、空振り終わった態勢は、今度は逆側に体をねじった姿勢、つまりそのまま次に放つ姿勢が終わって、今度は左のフック、次は右、その次は左、フックが終わりなく、それどころかどんどん速度を上げて振り回され続ける。


 正に暴風雨、派手な大暴れ、観客席が沸き、司会がなんか言っている。


 その姿、見ていてリーア、不意に思い出す。


 慰安に行った軍学校、そこで魅せられた初めての拳闘、退屈しきってたところに刺激的な殴り合いは、幼い心に深く刻み込まれた。


 その日の記憶は拳闘一色に、それからしばらくはことあることに思い出し、マネして拳を振るっていた。


 恥ずかしい思い出、理屈も何もわかってないでただ両腕を左右ブンブン振るっていただけの自分、それをちゃんと大人が形に作り変えたスタイル、ヤコブソンが使いこなしていた。


 これって、妾が作ったの?


 リーアの頭に浮かんだ疑問を振る払うような観客席からの歓声、そこに混ざるブーイングだった。


「逃げてばっかじゃつまんねぇぞ!」


 聞き覚えのある声はケルズスだった。


 それに応じるようにダン、動く。


 目前をからぶった左フック、そこから次に続く前に飛び出し、その手首と肘の間へ、ダンは右手の突き出した人差し指中指で、突いた。


 揃えた指には鋭い爪、勢いはあるけど、それでも指先、突いただけ、少なくともリーアにはそう見えた。


 実際ダメージのなさそうなヤコブソン、突いた指を振り払うように右フックに続ける。


 これをまたカサカサと上半身は安定させたまま下半身だけ動かし不気味に回避するダン、そこからまたも突きに出る。


 派手な暴風雨に対して弱すぎる攻撃、おちょくっているようにしか見えない。


 それに当然のように怒るヤコブソン、フックのペースが跳ね上がる。


 これにも同じく回避、突くダン、代わりばいしない攻防が続く。


「な? ちっとも面白くないだろ?」


 トーチャ、ぼやく。


「身を低く、可能な限り遠くから徹底的に回避に専念、隙があればああやってちょんちょんやるが、それだけ、派手さも楽しさもない、ひたすらちょんちょんし続ける。安全確実、だがつまんねぇえんだよなぁ」


 ダン、全身でつまんない感を表すようにフワフワ浮かぶ。


 一方でそれをやられているヤコブソン、当たらぬ暴風雨に変化を加える。


 外して捻る方向を斜め上に、くねる下半身を伸ばしてあげることで角度を加え、フックに切り落としとアッパーを加えていく。


 だけどもこれもダンは回避、低く抑えた下半身で這うように移動し、上半身をくねらせ避けて、それどころか動きが大きくなった分、大きくなった隙にも突きを入れ、腕だけでなく二の腕、脇の下、肋、横腹、柔らかそうな部分を狙っていく。


 いやらしくチクチクチクチク、時間を使わせ体力を奪い小さなダメージを蓄積させていく。


「こんの! いい加減になさい!」


 絶叫のヤコブソン、暴風雨を解いて思い切り引き絞る右の拳、そこから下半身のばねを乗せたまっすぐすぎる右ストレート、それを前にダンが笑う。


「悪手だな」


 ダン、言うや同時に左手突き出し、その二本指で迫るストレートの手首に引っ掛け引き寄せ、そして反らすと同時に前へ、懐へと大きく踏み入る。


 そこから降り抜くは右の手、指先はそのままに、手の甲でヤコブソンの顎先を、擦った。


 それだけ、威力どころか音もしない一撃、なのにヤコブソンの巨体がぐらつく。それでも倒れまいと踏ん張る前にダン、構え直す


「そろそろ終わりにしよう」


 深く落とした腰、腋を締め肘を曲げ、そして両手の指二本を向けた姿勢、そして全身の毛を逆立てる。


「それでは数えてもらおうか」


 宣言、そして刹那に、ダンの両手が残像に霞んだ。


 ヴォン。


 数多が重なった音、そしてリーアの頬を撫でる風と、鼻を突く汗の臭い。


 それらに遅れてヤコブソンの巨体が、大きくのけ反り、そしてゆっくりと、そのまま後ろ向きに倒れた。


 それを前にダン、右の拳を左の掌に打ち当てる。


「奥義『乱衝』二十一連撃。数えさせてもらった」


 ペコリ、お辞儀してダン、リーアの元へと戻って来る。


「二十一? あれってばあって十七だろ?」


 トーチャの指摘にダンは小さく笑う。


「嘘をつくな。貴殿の目で見れるのは残像が精々だろう」


「あ?」


「え? 何よ。何言ってるのよ」


 わからないリーアにダンは説明する。


「見ての通りだ。指突による連撃、本来は急所のツボを狙うものだが、あぁも体つきが異なると急所も変わる。なので柔らかい部分を重点的に突いた。意識は残っているだろうが、全身筋肉痛で当分はまともに動けまい」


「……何言ってるのよ」


「構わん。理屈は解らなくとも、あのものは倒れ、私はここにいる。それだけで十分だ」


 勝ち誇るダン、だけど説明されたところで納得できるものでもなく、その説明さえない観客席はなお納得できてなかった。


「ふっざけんな! 何寝てやがんだ! あんな乳繰り合いで倒れてんじゃねぇぞ!」


「立て! 戦え! 殺せ! 殺し合え! 血を見せろ!」


「こんなんで賭けが成立するか馬鹿野郎! 金返せ!」


「ワン!」


 ブーイング、暴動一歩手前、それでもダンは舞台袖に去り、ヤコブソンは立てない。そんな舞台の上に、何故か持ち込まれていたウマイモが投げつけられる。


 それらから逃げることも避けることもかなわないヤコブソン、一方的な攻撃、だけどそれを止めるものはいない。


「何よ! ちょっとあれ、こんなのダメでしょ! 行って止めてきなさいよ!」


「あ? 知るかよ。あっちの護衛までは聞いてないぜ」


 リーアの言葉に動こうとしないトーチャ、ダンに至っては間抜けな顔で伸ばしてた人差し指と中指を揉んで解していた。


 使えない。


「もういいわ」


 そう言い捨ててリーア、舞台へ、今更寄り付いてきたトーチャを振り叩き真ん中へ、ヤコブソンをかばうように立つ。


 これに観客席、突如として現れたリーアの姿に期待と戸惑い、罵声が止んでウマイモを投げる手が一瞬止まる。


 それでもまだ不満の残る観客席を前にして、リーアにはこれまでのような緊張はなかった。


 暴徒の鎮圧、王家に置いて必須とも言える技能、いきなりのラストアピールに比べたら造作もないことだった。


 目を瞑り、そっと息を吸い込んで、そして奏でたのは、この国の国歌だった。

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