最終審査のその前に
最終審査、ラストアピール。
最後に参加者の一人一人が舞台に上がり、与えられた短い間でそれぞれ自由に何かする。コンテストで最も配点の大きい大事な審査、舞台袖に来ていきなり教えられたリーアには当然何の準備もできていなかった。
なので当然、何をすべきか、何も思いつかない。
するとしたら、できるとしたらスピーチ、大勢の前でそれっぽいことを言うのは成れているものの、それは事前に何度も練習してるからであって、ぶっつけ本番のアドリブができるほどリーアは大人ではなかった。
だったら他に何かと必死に考えるリーアに、非情にも審査開始の合図が送られる。
これまで通り、順番はリーアが最初、だから他がどうしているか見ることも許されず、どうしたらいいか迷う時間も残されてなかった。
せめてものヒントに、頼りなくないけどアドバイスをと、同じ話を聞いていたはずのダンへと目線を送るも、そのダンからは特に一言もなく、相も変わらず何も考えていない表情でそこにいるだけだった。
何よ、使えない。悪態飲み込みリーア、これで一人、何もわからない。
ただわかること、わかっていることは、これまで教えられてきたこと、つまり王族は怯んではならないということだけだった。
例え内心に迷いがあったとしても、それを他に悟られてはならない。悟られればそれだけで敵は付け上がるし味方は動揺する。だからいついかなる時でも堂々と、自信と余裕を持って行動するのだ。
そう思いだすことに、舞台中心までの移動の時間を使い切ってしまう。
これで、本当に追い詰められた。
とりあえずまっすぐ前へ、顔を向ければ観客席には沢山の人、これまで意識してこなかった沢山の視線、それもどれも敵対的な、見下すような冷たいもの、全身を晒されて、リーアはここで初めて緊張を感じた。
急に体温が下がり、汗が吹き出し、手足が硬くなって、心臓が狂いだす。
逃げ出したい気持ち、吐き出したい気持ち、泣き出したい気持ち、もう昔に克服したはずの緊張がまた現れてる。
いっそ泣き出していつぞやの再演でもしてやろうかしらとやけっぱちになる中、泳ぐ目線が捕らえたのは、いつもの三人だった。
マルク、杖を光らせ呪文を唱えている。
ケルズス、剣を引き抜きこちらへノシリとやってくる。
トーチャ、赤い火の玉となって真っすぐ飛んできている。
明らかに応援とは違った、ぶち壊す動き、いつもなら叱るところだけれど今のリーアには救いだった。
そう考えることを咎めるようにいきなり後ろへと引き倒された。
何よ!
歯がかち合い、ぐるりと巡る視野、端に見えたのは舞台の天井裏、カーテンを吊るす紐に照明用のランタンと鏡、その中から音もなく落ちてきた巨大な影がぼんやりと、そしてちゃんと認識する前に再び視野が巡る。
ドシャン!
振動と轟音、次にリーアが立たされたのは舞台袖近く、首の後ろに硬くて冷たい感触、見上げればダンの下顎、そして舞台中央には、マッチョなナーガの大男が墜落していた。
白いフワフワのドレスをはためかせ、頭から銀色のカツラが失われて、落ちた部隊には大きくひびが走ってる。
見覚えのある参加者、確か順位はリーアの次、下から二番目、順番はまだのはず、それが目の前、落ちてきて、状況を理解できてない
「あなた、本当にむかつくわ」
突如として口を開くナーガの声は、男とも女とも聞こえる、不思議なしゃがれた声だった。
「綺麗な髪、綺麗なお目め、人種も性別も年頃も、本当に姫様とそっくり、本当に、そっくりよねぇ」
当たり前じゃな本物だもん、言い返そうとした口を閉じたのは相手の巨体故、音もなくくねり、伸びる体が覆いかぶさるようにそびえるからだった。
「なのに何? これまでの体たらく、テストもギリギリで、審査の何かもわかってない。ただ似てるからって参加してるだけ、何よその髪形に服装、そんなダサイ格好、姫様だったら絶対にしないわよ」
そういってナーガ、その巨体にまとった白いドレスをひらりとして見せる。
「あたしはね。姫様のことなら何でも知ってるの。何が好きか、何を食べてるか、どんな服を着て、どんな風に笑って、初恋の相手だって知ってるもの」
初恋とか、まだないわよ。睨みつけるリーアに、ナーガはうっとりとした眼差しを向けながら胸の前で両手の平を合わせる。
「だから少しでも近づこうとした。けれど何もかもが違っていて、どんなに努力を重ねてもこの順位、誰も認めてくれないし、何よりあたし自身が認めない。だからこそ、あなたが憎いのよ。あたしが決して手に入れられない才能を持ちながらそれを活かす努力もしないで、それでのほほんといられるあなたが憎くて憎くて、もう我慢ならないわ」
両手を広げ、その手が拳を作り、そして口より長い舌をちゅるりとだす。
「だけどこれからすることは、個人的な嫉妬心にかられたからじゃないわ。これはあなたが悪いの。そんな外見ばかりはそっくりな姿で、だけども行うのは失態ばかり、これは姫様への侮辱、これ以上失態は許さない。粛清よ。それが嫌なら今すぐ辞退なさい。そして髪を剃るなりして姫様から離れるか、あるいはちゃんと学び直して姫のそっくりさんに相応しいふるまいをするか、選びなさい」
「何よ。好き勝手言って」
リーア、その手足は緊張に固まって冷たいままなのに、頭は熱くなる。体は動けないにもかかわらず口だけは滑らかで、溢れる言葉はとめどもなかった。
「あなたが何者で、これまで何をしてきたかなんて興味ないわ。ただ妾は妾、あなたがとやかく言おうともそれは変わらない。妾は姫、リーア・ファーストフォリオその人よ。その事実は誰にも否定させないわ!」
啖呵を切るリーア、本人にとってはこれまでと全く同じ主張、だけども今のナーガにとっては、完全な挑発だった。
「いいわ。顔だけじゃなく口も目も耳も、面倒だから命も潰してあげる」
乱入に加えて明確な殺意を口にしたナーガに、やっとざわつく観客たち、何とかしようと司会者も来てはいるけど舞台下でうろちょろしてるだけ、審査員たちの姿は消えていた。
代わりに一人、前に出る影、白と黒の縞模様、ダンだった。
そう言えば、落ちてきた時に引き倒したのもこいつよね。リーアは今更連れてきていたことを思い出す。
「手を出すな!」
キン、と大声、ダンの一声、舞台の音響に響き渡りる。
「この者は素手! ならば相手は私がするのは事前の取り決め! ここは引っ込んでいてもらおう!」
まるで役者のような堂々とした台詞、向けた先は観客席、遅れてリーアが見れば三人、各々がこちらに向かって来てるところ、だけど立ち止まるところだった。
「何よ。お姫様もどきには従者もいるわけ?」
「従者、に似た関係ではあるが今の私は一人の武人としてここにいる」
ダン、顔の前で右の掌に左の拳を叩きつけ、深々とお辞儀する。
「その体つき、種族を超えての鍛錬を積まれたとお見受けする。貴殿を一人の武人としてお願いいたす。どうか一手、手合わせを」
場違いなようで合ってるような、ただ場の空気は絶対に読んでない一言、続く沈黙、打ち壊したのは観客席からの歓声だった。
「良いぞ! やれ! 殺せ!」
「水着もヌードもねぇんならせめて血ぃ見せろ!」
「俺はあの蛇にかけるぜ!」
野蛮な盛り上がりはコロシアムに似て、姫の何たるかを知ってるどころか、決して近づけてはならないような人種ばかり、そんなのを前にリーア、これまで自分なりにちゃんとやってたのが馬鹿らしく思えてきた。
そこへ司会、乗っかった。
「えーー順番は前後いたしましたが、これより最終審査、ヤコブソンさんのラストアピール、戦闘術、スペシャルマッチを開催します!」
一気に盛り上がる観客たち、司会はこれをアピールとして誤魔化すつもりらしい。
これに、ヤコブソンと呼ばれたナーガは肩をすくめる。
「毎回このコンテストに参加してきたけど、こんなに歓声を貰えたのは初めてよ。ほんと、誰もあたしにお姫様を求めてないのね」
「だが、挑戦を受ければ受けて立つのが王道、王者の道、上に立つものだ。少なくとも私の知っている姫ならば逃げ出さないが?」
チラリとリーアを見ながらのダンの挑発に、ヤコブソンは怒りではないが、それよりももっと凶暴な表情を見せる。
「いいわ。あなたのその間抜け面から潰す。それからあのもどきを殺す。そこから先は、その時ね」
「感謝する」
そう言って両者、向かい合った。
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