第一審査から最終審査まではダイジェスト
最初に通されたのは会議室、だだっ広い室内に椅子と机が並んで、その上に紙とペンとインク壺が並んでいた。
第一審査、ペーパーテスト。
全部で三十問の選択問題で、内の二十問正解で合格、それより下は何人であっても足切りだと言われた。
内容はリーア姫の個人情報について十問、参加した公務についてが十問、訳が分からないのが十問、リーアの得点は二十一点とギリギリ、合格者では最下位だった。
『この時のリーア姫の心情を選びなさい』と問われて、その通り妾の心情を選んだら間違いにされた。
更に別の問題ではパンツの色を問われ、空欄にしたら正解、この時はノーパンだったと勝手に解釈されてた。
正否問わず、全部の問題に不満はあったが、それを口にせず、黙っていられる程度にリーアは大人だった。
第二審査、審査員との個人面接。
小さな部屋に五人詰めてる審査員、サイズの合ってないスーツを着慣れてない男らからの質問に応える。
ただこれは形式的なもので、次の審査から劇場に移ること、人まででの審査となること、スピーチもあるがその場でコンテストとは無関係の発言は禁止されること、その他問題を起こせば失格となることなど、打ち合わせに近い内容だった。
当然、リーアには何の問題もなかく、突破した。
そしてここから劇場に場所を変え、一般観客の前で色々やることとなる。
合否による失格はもうない。第三、第四、最終審査を通して見てもらい、最後に一般観客と審査員が点数を出して順位を決めることになる。
第三審査、ウォーキング。
まんま顔見せのウォーキング、名前を呼ばれ、端より出て舞台中央に、自己紹介を終えて戻って来る、リーアは事前にそう聞かされていた。
そして順番はテストの点数が低い順、つまりリーアがトップだった。
それでいきなりの本番、偽名のチェリーを呼ばれ、言われた通り舞台袖より歩いて中央で立ち止まる。
見渡す観客席は存外広く、天井高く、ただ歩く足音だけでも響く音響だった。
「チェリー・ギョ―トクです。よろしくお願いします」
緊張は無い。いつも通りになれた調子で、スカート広げてぺこりとお辞儀、上げた顔で見つけた一番奥の席、三人がいた。
きらりと光る眼鏡とハゲ、その間の空席が点滅している。相変わらず揉めてるらしいと、予想できた。
浮かぶ笑みを噛み殺し、そそくさと戻るとざわめきが起こった。同時に戻った舞台袖、他の参加者からの冷たい視線、訳ありの見下される感じに何よと睨み返すが、その意味を理解したのは、彼女らのウォーキングを見てからだった。
「見て! ちょうちょよちょうちょ!」
「あああああああもう一回! ああああああああああもう一回やるの!」
「終わりよ! 終わりなのよ! だからお花摘みに行くの! 何よ! ここで漏らしちゃってもいいの!」
「ワン!」
全くウォーキングではない、完全な物まね大会、全部がリーア姫、その恥ずかしい記憶の再現、みんながみんな何かをやっていた。
あるものはその時の精密な模倣、あるものは恥部を大幅に誇張、どちらにしろ本人であるリーアにとっては馬鹿にされている風にしか感じられない。
しかも質の悪いことに、これがここでのウォーキングらしいかった。
曰く、初回のトップバッターから連なる長い伝統として、ウォーキングの段階から姫を模倣し、再現して覇を競い合うものだそうだ。
当然それを知らないリーアは、それだけ予習が足りなかったということ、即ちコンテストへの意気込みが足りない、姫への愛情が足りないのよと、出っ歯眼鏡そばかすの緊張してないけど顔色悪い少女に上から目線で言われた。
そして当然ながら、審査員からの途中採点ではリーアがビリだった。
第四審査、テェースティング。
王宮でリーア姫が普段口にしている料理はどれかを当てるテスト、参加者全員が舞台の上に並べられた椅子に座り、それぞれ前に置かれた机の上のお題、今回はチーズ、三つずつある中から本物を選べと来た。
いつの間にか舞台に上がっていた司会の男に促され、順に口に運び、最後事前に渡されていた番号札を一斉にオープン、これは全員が正解だった
普段食べてたものをそのまま選べばいいリーアにとっては簡単な問題で、それどころか外れの二つも国内産、どこのチーズが臭いだけでわかった。
だから、司会の男になんでわかったか、訊ねられて正直に答えた。ついでに残りの二つの産地も言い当て、保存方法に少し問題があることも付け加えた。
……このチーズにはそれぞれスポンサーがついており、加えて審査が正否だけでなくテーブルマナーや受け答えの優雅さ、さらにはチーズ職人や用意した人たちへの心遣いも点数に加算されると聞かされたのは一番最後、当然リーアがビリだった。
そして最終審査前の休憩時間、総合してビリなリーアには、だけども焦りは無く、代わりに不快感があった。
これのどこが妾なのよ。
今の自分がいつもと違うのはしょうがないとしても、ちゃんと姫だったころのリーアと比べても今回のコンテスト、似て非なるものにしか思えない。
特に不快なのが本物と偽物との境界線があやふやなこと『本物リーア姫ならこうする』と『あの頃のリーア姫を再現して盛り上がる』とがごっちゃになっていて何をどう評価しているのかわからないことだった。
審査員だって、見覚えのない顔ばかり、肩書は研究家とかあったけど、実際には本物と出会ったことは無く、遠目に見るのが精々な人選、本物が目の前にいてもわかりっこなかった。
観客もまた、ただ物珍しさに集まるか、参加者の身内ばかりで、本物らしさを求める真剣さは無く、合ったとしてもそれは賭けの対象としてだった。
本物を求めないそっくりさんコンテスト、リーアにとっては、ただただ不快なイベントでしかなかった。
苛立つ気持ちを押さえながら休憩室として用意されていた部屋、最初のテストを行った会議室に戻ると、それぞれの保護者や付添人たちが待っていた。
『よくやった』と激励する母親に『あそこが失敗だった』と注意するコーチ、端っこでは『もうこれ以上は』と白衣の男がおばあちゃんを止めていた。
それぞれ何かしら声をかけてる中で、ダンだけが何もしてなかった。
あの変な構えや、奇声もなく、それどころか何も考えていない様子だった。
緩く閉じられた口に辛うじて開いている目、両肩はだらりと脱力して、ここではないどこかへ意識を飛ばしている。
保護者として付き添うようになってからずっとこんな感じだった。
別室に控えていたペーパーテストや面接の時は知らないけれど、その間の移動中や、舞台袖に控えている間、呼びかけには応えるしついてこいと言えばついてくるけれど、サーカス出身からの適切なアドバイスもなければ激励の言葉もない。
ただ茫然と、ついてくるだけ、その意識のない、少なくとも興味は感じられない保護者、他に絡まないからまだまし、といった有様だった。
何よ。使えないなら一人で頑張るだけよ。
気を取り直してるとポスリ、肩を突かれる。
振り返ればダン、何も考えてない顔のまま、右手人差し指と中指の二本でリーアを小突いていた。
「……何よ」
不快感を通り越して不気味ささえ醸し出すダンに問うも、返事が返ってくる前に受け杖をやってた男がやって来た。
「時間です。これから最終審査となります。なおそのまま順位発表も行いますので保護者の方々もご一緒下さい」
言われて、呼ばれて、ぞろぞろと参加者一同、移動を開始した。
そしていよいよ、残るは最終審査だけとなった。
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