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入り口上には金ぴかな文字で『イーストウェスト・ネオロイヤル・ステージ』とでかでか書かれてあった。
切り出した石を積み重ねて建てられたこの公共の劇場は、リーアがオープニングセレモニーに来た時はもっとましな名前だったはずだった。
それがどのような経緯で名称が変わったかは知る由もないけれど、名前の由来とか絶対考えてないダサい名前の通り、中も酷い有様となっていた。
入ってすぐはまっすぐ反対側まで突き抜ける広い廊下は三階まで突き抜けた吹き抜けで、天井にはガラス窓がアーチ状に張られて外の灯りを取り込むようになっている。
けど、長らく屋根上の掃除をさぼっているらしく、木の葉が堆積し影を作り、更に壁の染みから雨漏りしてるとわかる。
左側は螺旋階段、そこから吹き抜けに面した外廊下へとつながり、その先の会議室や図書室に向かうよう設計されている。
けど、螺旋階段自体が錆びてて使用禁止に、その上の廊下も雑多な何かが山と積まれていて、利用できる風には見えない。
悲惨な光景、ここは各種イベントだけでなく、様々な資格試験や非常時の避難所としての機能もあるのだけど、使いこなせてないのは見てとれた。
その中で比較的マシな右側、劇場の入口の受付に列ができていた。
「そっくりさんコンテスト参加ご希望の方はお並びくださーい」
案内する職員、服装はこの劇場の制服、セレモニーの時から選択してないんじゃないかと思えるほどによれよれ、黄ばんで、皺だらけ、しかもだらしなく着てるから、もう悲惨だった。
そんな職員が整理する列に並ぶ他の参加者たちを見て、リーアは複雑な気持ちだった。
このご時世、疑問に思うこと自体が差別だと言われかねないけれど、それでもどうかなと思ってしまう。
「それではこちらにお名前を」
そう促され、受付しているのはマッチョなナーガの大男だった。
上半身はリザードマンで、下半身は大蛇、深緑色の鱗に覆われた巨体はケルズスよりも大きくて、盛り上がった筋肉の上に白いフワフワのドレス、頭には銀色のカツラを被っていた。
今度が出っ歯で眼鏡でそばかすで緊張からか顔色悪い少女、次が丸々と太った白髪のおばあちゃんで、その次が厚塗りの化粧に香水と煙草臭い女だった。
それぞれ、それっぽい格好、それっぽい表情、リーア姫に近づけようとする努力は見える。
けれど、これでそっくりさんコンテストに出れるということは、そっくりだと自負しているわけで、つまりリーア姫はこう見えているとのことで、リーアとしては複雑な気持ちだった。
そんな列、当然に用の揉めてる四人を引き連れ、怯えて泣きそうな幼女に続きリーアの番となった。
「では、こちらにお名前を」
列を作っている職員似たり寄ったりな受付から羽ペンとインク壺、そして登録書を差し出され受け取りさらりとサインする。
『リーア・ファーストフォリオ』
「きったねぇ字だなお嬢ちゃん。これじゃあ読めねぇぜ」
「何言ってんの。綺麗汚いは妾が決めるのよ」
「はぁん?」
「わからない? 文字っていうのはね、何が正しくて何が綺麗かは国が、法律が決めるのよ。だから妾のこの文字でなければ公文書じゃないって言えば、これが綺麗な文字になるのよ」
「人に伝わらなければ意味ないですよ」
横から突き刺すマルクの正論に睨みつけるも、受付も同じ感想だったらしい。
「あぁもう、こちらで書きますんでお名前を」
「リーア・ファーストフォリオよ!」
「あぁ、いえ、そういうのは始まってからでいいんで、お名前を」
「チェリー・ギョートクだ」
勝手に名乗ったトーチャを睨んでる隙にさらりと書かれ、リーアはチェリーとなった。
「はいそれではチェリーさん。時間になりましたらお呼びしますのでこの近くにいてください。すぐに第一審査のペーパーテストが主催されますので」
「テスト?」
「あぁ飛び入りでしたね。最初に問われるのはどれだけリーア姫について学んでいるか、知識面です。姫の熱狂的なファンであれば本人以上に姫のことを知っているはず、ただ外見が似てるだけだとか、目立ちたいだけだとか、遊び半分といった方々を除外するための、まぁ足きりです」
そう言いながら受付はリーアを見る。
「何よ。問題ないわ」
見返す度胸がリーアにはあった。
「それと、同伴なさる保護者の方はお一人様とさせていただきます。次の方ー!」
背後に並んでいた白いモフモフした犬とそれを抱きかかえる飼い主に受付を明け渡しながらリーアは考える。
この四人から一人、連れて行く?
いない方がましね。
そう結論出したリーアを無視して、四人の中では決まっているようだった。
「他にいねぇだろ」
「同感だ」
「適任ですね」
「俺っちも異論はないぜ」
そう言って三人、ダンを見る。
それを見て、見られて、驚くリーアとダン、思わず互いに顔を合わせる。
「何よ。何でよ。何でこれなのよ」
「これとは失礼な」
「だって適任じゃないですか。あなた、サーカスの出身じゃないですし」
「出身ではない。昔世話になっただけだ」
「はぁん。そうだすっかり忘れてたぜぇ。おめぇの過去話、最高に笑えるやつ、いい機会だからお嬢ちゃんにも披露してやんな」
「別に面白い話ではない」
ぶすりとダン、それでも話し続ける。
「私はここより東の果ての出身だ。武術の修行のため旅に出て、船で遭難し、色々あってこちらにたどり着いた。当然、言葉は通じなくて途方に暮れてた時に件のサーカス団に拾われたのだ」
「それでよー」
「私が話している」
「あぁ?」
割り込んで遮られて切れてるトーチャ、睨みながらもダンは続ける。
「言葉はさっぱりだったが、そこでは何か芸を見せて糧にしてたのはわかった。だから私は武芸を披露した。演舞というものだ。優れたものは万国共通、受け入れられてそれなりに人気があったよ」
「でよー」
「貴殿は、話より先に叩き潰されたいと見える」
「あ? 何だてめぇ。俺っちがせっかく気を効かせて言いにくい面白いとこ代わりにってやろうってのになんだぁその態度は。ぶちのめされたいのか? あ?」
「何よ。嫌な話なら別に聞かせてもらえなくても結構よ」
「ふん。確かに、当時の私にとってはつらい話ではあったが、今では笑い話だ。まさか奴隷にされてたとはな」
「は?」
想定してなかった一言にリーアの目が丸くなる。
「何よそれ、大問題じゃない」
「気が付いたらそうなっていたらしい。言葉は通じないなら当然文字もわからない。けれども署名は故郷にもあったので、何にもサインはしてなかったのだが、そうなってたらしいのだ。だから儲けもほとんど中抜きされていた様子だった。こちらの飯が不味いと感じてたのは文化の違いではなかったのだな。思い返してみても酷い場所だったよ」
「何言ってんだ。今時のサーカスでも獣の調教はやってるぜ」
トーチャの挑発に、ダンはニヒルな笑いで返した。
「お前、俺っち笑ったな? もういい、ぶっちめてやる」
「確かに、それでも私は多くを教えてもらった。言葉、文化、文字、小銭の稼ぎ方、不味くても飯にはありつけたし、それに同じ境遇の友人もできた。だから恩返しに私も、私を奴隷にしようという間違いを犯したらどのような目に合うか、たっぷりと教えて差し上げたよ」
ダン、唇めくって牙を見せて笑う。
「それでも恩人だ。命まではとらなかったよ」
笑うダンに、リーアは笑えなかった。
「おぃい、お嬢ちゃん引いてんじゃねぇかよ。誰だぁ笑えるなんつったのは」
「あなたですよ。頭悪いんですからせめて言ったことぐらいは覚えておいてくださいよ。それと、誰かが適任だと言ってましたが、それは間違いだったようですね」
「ほう、私では不満だと?」
「不満です。話を聞く限りでは、サーカスで芸をしてただけでさせてたわけではないのでしょう。ということは、言い方悪いですが、これから芸をする相手に、何か適切なアドバイスとかできますか?」
「できねぇよなぁ」
「何故貴殿が応える。見くびるな」
「なら、決まりですね。お願いします。僕は一般観覧席にいますから」
「俺様もだ。それにあっちで賭けもやってるらしいから、縁起担いで一口買っといてやるよぉ」
「おう。じゃあもうやっちまっていいよなぁ?」
「時間になりました! 参加者と保護者の方はこちらにお集まりください!」
「おい! まだ俺っちが! おい無視すんな!」
「はい行きますよ」
「ヤジなら観覧席から好きなだけ飛ばしてりゃいいだろ」
「なんだぁその上からの言いぐさは、俺っちのこと馬鹿にしてるよなぁ? あ?」
三人になっても相変わらずな三人に見送られながらリーア、ダンを引き連れて受付前へと向かって行った。
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