早起きは美徳

「どうか、あなたたちのために祈らせてください!」


「いいわ許可します。そこで好きなだけ祈ってなさい」


 あれだけ四人が手こずってた当たり屋な祈り屋に、リーアはさっくりと対応して見せた。


 あっけに取られて、それでも祈り始めた信者を後に、眠い四人を引き連れてリーアは進む。


 ぐっすり眠ってバッチリ目覚めたリーアは元気いっぱい、張り切って簡素な町並みを行く。


 その後に続く四人は寝不足だった。


 寝落ちしたリーアを誰が運ぶかで揉め、どの宿屋で寝るかで揉め、どの順番で

 温泉行くかで揉め、そしてゆく先々で祈られてうんざりしていた。


 唯一揉めなかったのはベット、狭い部屋に二つしかない内一つはリーアに、残りは軟弱ものにとしたことでみんな仲良く床に雑魚寝して、みんな仲良く体が痛んだ。


 寝起きが両極端な一人と四人、欠伸の後に愚痴ったのはケルズスだった。


「つぅかよぉ、せめて夜が明けてからにしようぜぇ」


「何よ。もうとっくに太陽なら登ってる時間よ。ただここまで光が届かないだけ、そんなこともわからないの? 大人のくせに」


「はぁん?」


「あそこを見なさい。高い山が見えるでしょ? あれが地形規模で日陰を作ってるの。だからここらじゃ草木も生えないし畑もできない。あるのは昔から温泉だけよ」


「はぁん」


「それはまた、辺鄙な場所に聖都を建てたものですね」


「違うわ」


 割り込んできたマルクにリーアは素早く訂正する。


「ここは聖都にしたんじゃなくてなったのよ。ざっと千五百年ぐらい前、医療も治癒魔法もなかった時代に、なんとか傷や病気を治そうと湯治にやって来た人たちに、神の御付が舞い降りて、そして奇跡が、人と天使との初めての契約がなされたの。いわば回復魔法の発祥の地となったわけよ」


「それにしては、変な信者さんばかりに出会いますね。会うたびに祈らせてください場狩りですし」


「それはそうよ。ここはそれだけ神様に近い場所、だから目も届きやすいんだろうって、積極的に善行を積むの。お互いに祈り合って相互補助したりね」


「それは、なんとも世俗的ですね」


「んな観光案内なんてどうだっていいぜ。良いからメシ行こうぜ。俺っちは今度底最初からマメ食うんだからよ」


「あら嫌よ」


 欠伸しながらのトーチャの提案をリーアは即時却下する。


「だってもうすぐ枢機卿に会えるのよ? それで証人になってもらえれば、妾は姫に戻れて、ならあなたたちとの契約はそこでお終い。なのに朝ごはんなんかでぐずぐず時間を浪費した挙句に必要経費を払うなんて、もったいないじゃない?」


「おい、もったいないってなんだよおい」


「何よ。だってそうでしょ? もう目的地ついたのにまた戻ってご飯食べたいって言うわけ?」


 そう言ってリーアが立ち止まったのは、いつの間にか寂れた一角、大手通からも遠く離れた外れの地の広い一角だった。


 石の壁に錆びた鉄の門の向こうは広い庭、草木も生えてない代わりに洗濯竿がずらりと並び、シーツや衣服がビッチりと干してあった。その奥にそびえる建物は大きいけど平屋で、周囲と同じ簡素な石造り、玄関には石を削ったスロープがあって、ドアの横に置かれた傘立てには古そうな杖が何本も突き刺さっていた。


 そんな外観を見て、ここがどこか見破ったのはトーチャだった。


「おいここ、老人ホームじゃねぇか?」


「なんだぁそりゃあぁ」


「筋肉のくせにそんなのも知らないのかよ。いいかここはな、面倒見切れなくなった痴呆老人が家族に見捨てられて放り出される場所なんだぜ」


「そんなわけないでしょ! ここはお年を召した方々か専門家在中の施設で、おともだちと一緒に、手厚いケアを受けられる楽しい施設よ!」


「はぁん。一緒じゃねぇか。つかんなとこにいる年寄り様に証人てぇのは、難しいんじゃねぇの」


「そんなことないもん。体は弱ってるけど頭は元気だって、去年の年末に手紙きてるもん」


「それはそれとしても、変に過激なことに巻き込みますと、ぽっくり逝っちゃいますよ?」


「それは、そうならないよう上手くやればいいでしょ」


 もめてるうちに建物の中から女性が一人、出てきた。


 白いゆったりとした服装に胸元の二重らせんのペンダント、明らかに信者、金髪の髪は短く、若くはないし、やはり痩せていて、綺麗ではないけれど、良い人そうではあった。


 そんな女性、洗濯ものの間を抜け、門を出て、四人が退いた道を通る。


「おはようございます」


 違いざまペコリと、お辞儀され、リーア初め四人が何となく会釈を返す。


 普通な反応、心持ち冷たい視線、気恥ずかしい感じ、リーア、立ち去る女性の背中を見送りながら思う。


 と、その女性が向かう先から、何故だかダンがこちらに駆け足でやってきていた。


 顔にははっきりと焦りの表情、慌てているのか走る姿は滑稽だった。


「あーーまたあの猫は、ぼんやり寝ながら歩いてて止まり損ねてたんですね」


 マルクの解説に、あぁなるほどそれっぽいなと思うリーア、見てる前で二人がすれ違う。


 女性、先ほどと同じく挨拶の仕草をダンに、これを受けたダン、ピタリと止まる。


 そのままその場で数歩足踏みしながらくるりと、すれ違ったばかりの女性の後を、付いて行き始めた。


「何よ。何やってるのよ」


「知るか、痴漢じゃね?」


「チカン?」


 幼すぎてわかってないリーアに、言い出しトーチャは口ごもる。


 そうこうしてる内にダン、追いついて、追い越して、そして追い抜きざまに女性の首の後ろへ、手刀を叩き入れた。


 一瞬だった。


 瞬きしてたら見逃しちゃうような鮮やかで素早い一撃、リーアがぱちくりしてる目の前で、叩き込み、意識を奪った。


 そして倒れる女性を抱き止めると、ダンはそのままお姫様抱っこで戻ってきた。


「な、何よ! なにやってるのよ!」


「見ればわかる」


 我に返りしかりつけるリーアに対してダン、やらかしてる最中だというのになぜだか真面目な声で返す。


「はぁん。なんか面白れぇもんみつけたってぇかぁ?」


「わかってると思いますが、僕たちは犯罪を犯さないという契約をしてるのですよ?」


「いいぜ。血迷ったかどうか見極めてやるぜ」


「大丈夫だ。私は正気だ」


 男ら三人、どやどやとの迎えに出てると、ダン、女性の首筋に鼻を突っ込み鼻を引くつかせる。


「ちょっと!あなた何やってるのよちょっと何よ!」


 止めようとリーアが前に出るより先、ダンは女性をひっくり返しその足をもって逆さに吊るす。ワンピースだった女性の服が捲れ、生足と可愛くないパンツが露になる。


 その両足を、ダンは左右に開くや今度は内太ももに、かぶりつくように鼻を近づけた。


「あ! あ!」


 怒りに言葉も失うリーア、だけどもその進撃をケルズスの大きなお尻が邪魔をした。


「おぃい。マジかよ」


「うっわ、これ、俺っち初めて見たぜ」


「まだ滲んで、汚い。それに臭いですね」


「どうだ。私は正気だろ?」


 ケルズス、トーチャ、マルク、そしてダン、四人が囲んで逆さの女性の股の間を覗くところへ、全力疾走のリーア、体当たりをぶちかます。


 が、小さな体では弾かれて終わった。


「おうおう、お嬢ちゃんも見てけ見てけ、こいつぁ保健体育の授業ってやつだぁな」


 そう言って伸びてきたケルズスの手、逃れられずに捕まったリーアは吊るし上げられ、四人と同じ目線の高さに、そして見せられた内太ももに、そしてそこから立ち上る悪臭に、思わず目を見開いた。


「……何よ、これ」


 目の前には内太もも、青白い肌、パンツで隠れるかどうかギリギリのライン、そこにぽっつり、二つの穴、赤黒く滲んだ傷跡が、ジュクジュクしていた。


「これって?」


「あれです」


 リーアの疑問に、マルクが応える。


「これは吸血痕、つまりは吸血鬼に噛まれた跡ですね」


「……はぁ?」


 リーアには理解できない現状だった。

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