聖都エンハンサー

聖なる晩餐

 皮つきの茹でウマイモ鍋一杯、マッシュウマイモ一皿、ダブルマッシュウマイモ一皿、マッシュウマイモ塩味一皿、マッシュウマイモ水味一皿、マッシュウマイ祈りの言葉味一皿、茹でクローバー一皿、煮チックマメ一皿、煮チックマメ塩味一皿、変なにおいがするお湯がポット一つ分。


 ぼろい建物の殺風景な店内、客も店員も寡黙な中で、硬い椅子に囲まれた木の板打ち付けただけのテーブルの上、ずらりと並ぶ料理は、どれもが雑な盛り付け、薄い香り、湯気もない冷めきったものばかり、食欲をくすぐる要素が一切見られなかった。


 まるで子供がおままごとで捏ねた泥に雑草を盛りつけたような食卓に、木のスプーンを持つ五人の内の四人、男らはみながっかりしていた。


「酒がねぇのは土地柄としてもよぉ。こいつぁ、いくら何でもあんまりじゃねぇかぁよぉ」


「肉、魚、せめてチーズはよこせよ。何で芋ばっかなんだよ」


「これ、前菜ってことはないですか?」


「品書きは見たであろう。眼鏡をかけていても目が節穴では意味がないな」


「別に、猫のステーキ加えても良いんですよ?」


 沈みながらも殺伐とした四人に対し、リーアは当然のものと受け止めていた。


 ジーン教会の聖地の一つ、エンハンサーの一番大きな食堂で、こんなところに立ち寄るのは観光客ではなく巡礼者ばかり、清貧を教えとする信者ばかりが集まるとなれば、いくらメニューの高い順に頼んだところでこうなるとは、この地においては常識だった。


 そこでグジグジ言う方がおかしいと、リーアは呆れていた。


「晩飯ってよぉ。一日の最後の飯だからよぉ。その日を締めくくるのにふさわしい豪勢さってもんがいるんじゃねぇのかよぉ」


「めそめそでかいくせにうっせえな。腹に入れちまえば全部満腹だろうが、邪魔すんならすっこんでろ。焼肉にすんぞゴラ」


「そのマメ、いいですね。僕も頼めばよかった」


「当然だ。むしろ、あの中で肉魚に該当するのはこのマメのみ。栄養を考えれば当然の選択であろう」


 自慢げな言葉、残る三人はダンの顔を見て、それから前の煮豆を見て、黙ってスプーンを伸ばした。


「何をする! これは私が頼んだマメだ!」


「知るかよ減るもんじゃねぇだろ!」


「減る! 食べたら減るだろう!」


「おい、お前今俺っちごと食おうとしてなかったか?」


「してません。食べないで上げますから僕の前から退いてください」


「あなたたち! いい加減になさい! 何よこんな所で騒いで! 妾が何しにここに来たと思ってるの!」


 業を煮やして立ち上がり怒鳴りつけるリーアだったが、四人はそんなんで止まるわけもなかった。


「はぁん。知るかぁ今は豆だぁ」


「あぁくっそ、スプーン燃えちまった」


「もがああもがああもがああ」


「猫食い、食べ方汚いですね。それで十分でしょう。消えてください」


「だからお行儀よくして! 騒ぎを起こさないで! 妾が姫と証言してもらうために枢機卿様に会いに行くんだから!」


「誰だぁすーききょーってのは?」


「僕に訊かないでください。話の流れから偉い人なんじゃないですか?」


「ひょご! ご、が、が、が」


「おっしゃ糞猫! そのまま窒息してろ!」


「ジーン教会のトップ候補! 教皇様の次に偉い人よ! 上から二番目! 元だけど! 妾の洗礼とか! イベントで何度も顔を合わせてるからわかるの! 発言権抜群だし守り原住だし優しいし! これ以上ないほど完璧な証人でしょ!」


「おいぃ、そんな便利偉い人いんなら先言えよぉ。そいつふん捕まえりゃあ、もう終わりじゃねぇかぁ」


「だめに決まってるでしょ罰当たり。明日の朝なら一般の信者との面会もあるからその時に約束取り付けるの。物事には順序が、聞いてる?」


「おい、このマメ不味いぞ」


「が、が、ペッ! ごはぁああ、ぜはぁ」


「もういいです。すみませーん。追加で僕にもこの煮豆を」


「だめよ。頼むならお金出さないわ」


「なんでですか、けち臭いこと言ってるとぶっ飛ばしますよ?」


「当たり前でしょ? どうするのよこの山盛りのウマイモ、考えなしに注文しちゃって、言っときますけど、食べる分人は必要経費にしてあげるけど、残すなら出さないわ。出してほしければこれら全部食べるか、自腹にしてよね」


「……あのぼったくり値段を払えというのですか?」


「何よ。必要経費っておとで、そのぼったくりを妾が払ってあげてるのよ? それにこの値段は寄付も含めて、九割は貧民への食糧供給に回されてるの。あなたたちの大好きな強者の義務と思って文句言うんじゃありません」


 言い切ってリーア、目の前のマッシュウマイモを掬い、頬張る。


 茹でた芋を更に潰してペーストに、歯が無くても食べられる柔らかさ、噛む回数が少なくて済むからパクパク食べれた。ほんのりとした甘みに酸味、普通はマイルドにするためミルクを加えるもだけど、ここでは芋だけの味しかしなかった。


「おぃい、お嬢ちゃん、料理の独り占めは良くないぜぇ?」


「何よ。食べたいならそっちのダブル食べなさいよ。量が倍ってだけで中身は一緒よ。それから皮付きのウマイモは皮ごと食べなさいよ」


「ちょっと、出すもの出してきます」


「なんだ、雪隠か?」


「トイレです」


 そう言って立ち上がるマルク、杖を持って行ってしまう。


 その背中、垂れる長い髪を見つめて、それでリーア、思い出す。


「あなたたち、これ食べ終わったらお風呂入りなさいよ」


「あ? 何俺っちに命令してんだよ」


「あーーー呼吸が、空気が、美味い。ゲポ」


「はぁん。そういやどっかに温泉とか書いてあったなぁ。まぁ湯治も悪かねぇや」


「つかるだけじゃなくてちゃんと洗いなさいよ。正直、臭うのよあなたたち、明日はそこ枢機卿様に会うんだから、一緒に入って、金玉撫であうついでに互いに臭い確認し合いなさいよ」


 つい口に出た下品な内容、四人と一緒にいてうつってしまったとリーア、だけどもそれ以上に三人の反応に、固まる。


「……何よ」


 言っても返事ない三人、あれだけ騒いでたのが水をかけられたみたいに大人しくなって、互いの顔を伺い合う。


「だから何なのよ!」


「ちなみにだが、今の発言てのは、マルクを意識してって、わけじゃねぇよな?」


 代表してなのか進み出たトーチャに、リーアは眉を顰める。


「何、どうかしたわけ?」


「いやいい。関係ないならいい。忘れちまえ」


「何よここまで言われて忘れられるわけないでしょ。言いなさいよ最後まで」


「……無いんだよ」


「何が?」


 察しの悪いリーアにトーチャ、舌打ちする。


「何んだよ下に、股に、珍玉が、ついてないんだよ。わかるか? 珍玉」


「わかるわよそれぐらい、妾の愛読書は百科事典なんだから。それより無いって、女性ってこと?」


「違う。そうじゃない。男だけど、無いんだ。ちょん切られちまったんだとさ」


「正確には、抉り出された、ですがね」


 突然の声、驚きに跳ねる四人、リーアが振り返ればマルクがいた。


「別に隠しているわけではないんですがね」


 静かな、普通の口調だった。


「僕が赤ん坊だったころの話です。裕福な家の産まれではないんですが、地域の風習として、忙しい両親の手伝いに未婚の女性、主に少女が赤ん坊の世話をするというのがありまして、僕も世話になったんですよ。ただ問題は、その少女は僕が初めてで、家族に父親も男兄弟もいなかったんだそうです。つまり、見たことがなかった」


 そう語りながら、間違えて持って行ってたスプーンをテーブルに戻す。


「その時の状況は想像するしかありませんが、他人の赤ん坊を面倒みるという緊張と、神経を削る泣き声、可愛らしさの欠片もないおむつ替え、それでも仕事とやってみたらそこに見慣れない、自分にはついてない何か、混乱したとしても不思議ではありませんよ」


「……それで、取られちゃった」


 リーアの問いに頷くマルク、残り三人が効いてた話よりもだいぶ端折って、マイルドにまとめられていたが、幼い少女には過酷な経験談だった。


「良かれと思って行った不幸な事故、それについてた時の記憶もないので実感なくて、恨むも何もないのですがね。それに悪いことばかりじゃないんですよ」


 ここまで言って、マルクはトイレを思い出し、再び席を立った。


 残された三人と一人、知ってたとはいえ思うところのある男らと、初めて聞いたリーア、愚痴も喧嘩もなく、黙々とウマイモを頬張る。


 嫌な空気、重苦しい食卓、そこにガタリガタリ、周囲のテーブルに座っていた客たちが合図もなく立ち上がり、示し合わせたわけでもないのに三人と一人の席を取り囲む。


 年齢も種族もバラバラ、だけども座ってたから見てなかった服装はみな一緒、土に汚れた白色のゆったりとしたローブに首には二重らせんの首飾り、ここら辺では珍しくない巡礼者の服装、それが二十を超える数、ずらりと取り囲んでいた。


「少しよろしいですか?」


 進み出た一人の発言に三人、少し元気を取り戻し、睨み返す。


「はぁん。今機嫌悪ぃんだぁ。何か用か?」


「あなたたちのために祈らせてください!」


 ケルズスの凄みに、まるで聞こえてなかったかのような即答が響く。


 返したのはガリガリにやせ細っているのに目だけはやたらと見開いて、血色悪いのに興奮している様子だった。


「あ、はぁん。まぁ、好きにしろよ」


 期待外れ半分、引いてるの半分、合わせて相手したくなくなったケルズスが軽くあしらうも、ガリガリの男は更に目を輝かせた。


「はいありがとうございます!」


 ガバリとお辞儀、上げると同時に周りに身振りで合図を送る。


「それでは皆さん、この喧嘩したばかりで仲直りする勇気のない彼らに神の祝福を!」


「「「「「「祝福を!!!」」」」」」


 半端に盗み聞いた会話からのおせっかいな祈り、肩を組み、体を揺らし、そして歌い出した。


「勘弁してくれよぉ」


 天井を仰ぐケルズス、黙ってうなだれるダン、その中でトーチャが声を上げる。


「おい、ちょっと、おい」


「静かにしたまえ。彼らは私たちのために行っているのだぞ」


「黙れ偽善猫。それより、こっち見ろって」


 トーチャ、テーブルの上で体全体で指す先、リーアが俯いていた。


「かえーーーーーーーーー」


「はぁん?」


「これは」


「神経の太さだけは、マヂの姫様だな」


 祈りの歌の中、三人が見守る前で食事中、リーアは寝落ちしていた。

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