挑戦者は一日六十人まで
聖剣広場の名の由来にもなった『ソード・コロシアム』は、この国でも上位に入る人気観光地だった。
石造りすり鉢状天井無し、最大収容人数はなんとか一万人という他国に比べても珍しくもなく、むしろ小さい方に入る。
元は闘技場兼要塞として建築されたが、国民性に剣闘が人気なく、長い平和により要塞として用いられたことは一度もなかった。代わりに演劇、演奏、式典、災害時の避難場所として流用されて来たが、何もない平日でも多くの人が集まるのは、リーアとケルズスが揉めた原因でもある『聖剣』があるからだった。
『王族のみが引き抜ける剣』がどのような経緯で『聖剣に選ばれたものが引き抜ける』に変容していったかは定かではないが、地元民、観光客、参加する意思さえあれば何者でも挑戦できたため、試みるものは後を絶たなかった。
その際、立会人の関係や公正さ、警備の問題のため、挑戦者は朝に三十人、昼に三十人と決められていた。
その内の昼三十人、申し込むため外周に作られた受付に通ずる列に並ぶ一人と四人、嫌という程目立った。
その中で特に視線を集めていたのは以外にもマルクだった。正確にはマルクが運ぶ荷物、それだけでマルク本人よりも重量のありそうな大荷物が、滑るように移動する光景は、道行く人たちが足を止め、思わず見入ってしまう光景だった。
どうなっているのか、好奇心に負けて覗き込んだリーアが見たのは、荷物の下に無数に蠢く水の触手だった。それが荷物からか、あるいは地面からかはわからないけれど、虫の脚のように騒めいて、音も揺れもなく動かしているのだった。
雑に使われている高等魔法、自慢げに披露するマルク、それを面白く思ってないのか、集まる人々を二人が追い払う。
「ほーーーーふん! ふんふん! ふんふんふんふんふんふんほはーーーーーちゃーーーーーー!!!」
トレーニングだと言い張り奇声をあげるダン、見えない椅子に腰掛けているかのように腰を曲げ落とし、両手は前にまっすぐ伸ばし、人差し指中指立てて体動かさず口だけ騒ぐ姿は、はじめこそ滑稽に見えるが、その体から汗が吹き出し、足元に水溜りを作っているのに気がつくと、これは見てはいけないものだと、そそくさと人々は離れていった。
「おい。ヨダレだらけの手で俺っち触ろうたぁいい度胸じゃねえか。赤ちゃんだからってバブバブ言ってりゃ何でも許されるわけじゃねんだよ。おいどこ連れてくきだおい。話はまだすんじゃいねぇんだろおい! 逃げてんじゃねぇぞごら!」
子供だろうが赤ちゃんだろうが誰彼構わず喧嘩売るトーチャ、小さな妖精の可愛らしいイメージに近寄ってみれば凶暴な内情、しかも抑えない余熱が物理的にも人々を遠ざけて、完全な危険人物だった。それも、蜂のような理屈が通じない危険生物としての認識、近寄る命知らずはいないようだった。
人を集めたり散らしたりしている三人を無視して、あるいは無視されている最後の一人、ケルズスは怒っているのか笑っているのか、ともかく興奮していた。
そんなケルズスの相手をできるのは、この場ではリーア一人しかいなかった。
「いいかぁ嬢ちゃん、上に立つには何よりも強くならなきゃならねぇ。それもただ強くじゃダメでぇよぉ。誰よりも何よりも強く、強く、強くってな。そうすりゃ人はついてくるもんなんだよ。少なくともうちの一族はそうやって君臨して来たんだぜぇ」
「野蛮な理論、どこの集落の話ですか」
「田舎なのは否定できないがぁ、立派な貴族領よ。領主は俺様のオジキ、立派な男爵様よぉ。そしてその後継ぎな俺様は驚くなかれ、何を隠そうちゃんとした準男爵の貴族様なんだよなぁ、これが」
「……へぇ、そうなんですか」
「はぁん。その目は信じてないって目だなぁ。だがな、俺様はお嬢ちゃんとちがって準男爵たる証を常日頃持ち歩いてるんだなぁ。それがこいつだ」
言ってケルズス、リーアの前に突き出したのは右手の黄金に輝く籠手だった。
「我がロックソルト家に代々伝わる家宝、その名も『ミダス』強力だがなぁ、こいつを手に入れるにゃ苦労したぜぇ。先ずは試練に合格しなきゃならなくてよぉ。オバんとこの家が管理してるダンジョンもぐんなきゃならねぇんだが、これがまた面倒でなぁ」
ニンマリ笑いながら右手籠手の指をワナワナと動かすケルズスを、リーアは興味のない眼差しを向けながら巻きピザを一口、指でつまんだくらいの少量、かじった。
「おいぃ、お嬢ちゃんよぉ。それいつまで食ってんだよぉ」
黄金籠手で指差してくるケルズスを睨み返しながらも、リーアは口に入ってる間に話すつもりはなかった。
一噛み一噛み丁寧に、全ての歯で満遍なく嚙み潰し、ペースト超えてジュースになって、それを一度舌の上で転がしてから喉を通す。
物心ついた頃から、テーブルマナーより先に教え込まれた食事の仕方、よく噛みよく味わうことは消化にも良いだけでなく食材への感謝も示すことができる。
姫の立場を疑われているこの緊急時にあっても食事の仕方は変えるつもりはなかった。
その結果、リーアが食べれたのはこの巻きピザの半分だけだとは、騒いでいた四人は気がついていない様子だった。
ゴクリ、飲み込みこれでやっと半分、空腹は免れたけれども満腹には程遠い腹つもり、やっと開いた口でケルズスに言い返そうと思うも、そのケルズスの方がすでにリーアから興味を失っていた。
「はぁん。あいっ変わらずおめぇの魔法は床掃除ばっかだなぁ。もうちょっと戦えるやつ練習しろよ」
「すみませんね。どうも僕の前ではみんなゴミみたいなものですから、お掃除ばかり上手くなってしまって」
「おい。誰がゴミだって? 生意気言ってるとチリトリサイズまで焼き尽くすぞコラ」
「勝手に入ってくんじゃねぇよぉ」
「ほうわったーー!!」
騒がしい四人に人々は逃げて避けて、気がつけば順番待ちしているのは前に一人、痩せた男だけとなっていた。
これなら余裕で入れそうね。
そうリーアが思ってまた巻きピザを一口齧るのと同時に鐘が鳴り、そして受付が始まった。
出てきた係の男に、痩せた男が進み出る。
「聖剣チャレンジ参加ですね?」
「そうです」
「何名ですか?」
「三十名、後から来ます」
「わかりました。はい挑戦券をどうぞ」
ジャラリ、木の札を束ねたものを受付が差し出すと、痩せた男は全てをまとめて抱え上げた。
「午後の部の受付終了しました」
「ちょっと待ちなさいよ!」
口の中の一口こぼしながらもリーアは叫ばずにはいられなかった。
これにキョトンとする受付と痩せた男、一瞬目を合わせ、肩をすくめあって、それでまた行こうとする。
「だから待ちなさいって!」
「あ、定時なので」
受付、リーアを無視して受付奥へと消えていってしまう。
その隙に行こうとする痩せた男の前、必死にかけてリーア、立ちふさがる。
「……何か?」
「何かじゃないわよ! あなた! 妾が並んでたの知ってるでしょ! なのに独り占め! 何考えてるのよ! 挑戦券一枚こっちによこしなさいよ!」
「何をも何も、人数制限のための行列でしょ? それでこっちが先に並んでた。数が足りなかったからって文句言われる筋合いはないね」
「何よ! 一人で三十人分も持って行って何言ってるのよ!」
「これは友達に頼まれた分だよ。それに一人一つってルールないし、文句はあの受付に言うんだね。ここで揉めてる暇があるなら、今から並んだ方が早いと思うよ。そしたら明日の昼ならなんとか間に合うんじゃないかな?」
そう言って痩せた男が見た先、リーアが振り返ると、いつの間にか閉じた受付の前に小さなテントが出来上がっていた。
夜通しの列、リーアが驚いている隙に痩せた男はまた立ち去ろうとする。
その背に、リーアはキレた。
「あなたたち、命令よ。あの男を打ち倒しなさい」
ゾッとするほど冷たい命令、加えて並んでいる間の喧騒を知る痩せた男も流石に立ち止まり、振り返る。
……けれど、それに従うものは一人もいなかった。
「何よ!」
「嫌だね。たかだか雇い主ってだけで俺っちを使えるって思ったら大間違いだぜ」
「ほわ! ほ、ほ?」
「僕たちは犯罪行為に加担しないよう契約してます。それと今の発言は矛盾しているのでは?」
「何よ! じゃああいつは正しいって言うの!」
「まぁそう言うことになるなお嬢ちゃん」
そう笑いながら前にケルズス、それに痩せた男は一歩引く。
「一応、国がやってるイベント、その受付が正しいと言ってることに一般人が疑問を持てってぇほうが告ってもんよ。もしそうなら事前に一筆あるべきだし、もっと言やぁ、こんな変な場所じゃなく入口で直接やりゃあ良い話だ。なのにこれってこたぁ、値段がついてんだろ?」
ケルズスの一言に、緊張してた痩せた男の表情が解けた。
「良かった。保護者の方は話が通じるようですね」
「そりゃどうも」
「お察しの通りです。なんならこのままオークション会場まで案内しますよ」
「頼むぜ」
ケルズスの返事に先へ進む痩せた男、その後ろに四人がぞろぞろついていく。
「何よ置いてくんじゃないわよ!」
リーアは最後に続いた。
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