聖剣広場
目的地
焼き冷ましのピザシート二十三枚、グリーンホットソース一鍋、豆チリソースほぼ一鍋、クリームホワイトソース鍋底に少し、赤茄子ソースほんのわずか、ブラッドソーセージ一束、レバーソーセージ半束、ハーブソーセージ三つ、サラミソーセージのクズがいくらか、丸ネギスライス四玉分、グリーンパプリカスライス一つ分、オリーブ一瓶、チーズブロックが片手ほど、タイムのハーブティーがポット一つ分。
真四角に切り取られ、敷き詰められた灰色の石畳が広がる『聖剣広場』は観光客の群れに溢れていて、その頭の向こうに辛うじていくつか石像が見えている。それら目印の方向に向かえば美術館、博物館、噴水に花畑へと出られる。この広場は観光地と観光地をつなぐ観光地だった。
そのほぼ中心、どこからどこへ向かうにしろ一度は目にする広場の顔、初代女王の石像が鎮座する噴水が近いはずなのに木が邪魔で見えない木陰、屋台村からも弾かれた辺鄙な場所の小さな巻きピザの屋台一つ、そこに並ぶ売れ残り全部を一人と四人は靴のお釣りで買い占めた。
本来はピザシートの上にソースと具とチーズを乗せて石窯で焼くピザを、それぞれ別々に火を通すことで石窯無しで提供でき、片手で簡単持ち運べるようにピザシートを丸めて花束みたいに具を詰める形の巻きピザは、この国限らず同盟内の観光地ならば必ず見るファーストフードだった。
そもそもが取り留めてご馳走、いうわけでもない巻きピザだが、薄い塩味、少ないハーブとスパイス、冷え切ったソースに、脂身ばかりのソーセージ、立地の悪さもあるが日中一番に掻き入れ時であるお昼を過ぎてこれだけ売れ残る味、味見せずに買い占めたこの屋台は絶品とは言い難かった。
それでも空腹な男四人と、思い出したら朝から何も食べてなかった少女一人は木陰を占領し、観光客の往来を大いに妨げながら、石畳にべたりと座ってガツガツと食べ進めていた。
代金を受け取った屋台の店主はもうおらず、屋台は無人、なので四人、好き勝手にピザシートをめくりとっては巻き、大鍋にチョロ火でソーセージを茹で、ソースをたっぷり流し盛り、出来上がった巻きピザを思う存分頬張る。
だけども喧嘩が絶えないのは変わらなかった。
「このソーセージ、食べて大丈夫なんですか?」
「はぁん。血を固めたソーセージも食ったことねぇってか。やっぱ魔法使うやつははダメだなぁ」
「色々関係ないですよ。筋肉ばかりで頭だけでなく舌もいかれてるんじゃないですか?」
「おめぇさんとは鍛え方が違うんだヒョロメガネ。脳筋ってぇ言葉は肉なしの僻みなんだよ。おいぃ。お前ぇよぉ、一人でパプリカとオリーブ食い過ぎなんだよ。丸ネギ余ってんだからこっち食ってろよ」
「仕方ないだろう。私たち一族は丸ネギが体に合わないのだ」
「産まれに逃げるってぇのは、感心できねぇなぁ」
「そういやあんまり人マネの芸がうま過ぎて、お前がちっちゃい子猫ちゃんだってことすっかり忘れてたぜ。悪かったな」
「ふむ。自分の非を認めて謝罪できる。貴様も成長したな」
「てめぇ。何俺っちの嫌味を大人の皮肉でうまく返してんだよ。そんなに舌焼かれて砂と土との違いわかんない味覚になりたいってか? あ?」
仲が良いのか悪いのか、騒ぎながら四人、次々と平らげていく。
雇われた四人、不服が無いはずがない。ましてや正体不確定、謎の大金を持ち歩くワガママ少女についていくほど愚かでもない。
それでも目の前に投げられた金貨と、有言実行で買い占められた食事の前で細かく考えるような内容でもなかった。
いざとなったら叩きのめして放り投げればいい、心配よりも飯だ飯、後先よりも空腹を満たすがため、ひたすら食べ続けていた。
大人の顔も隠せる大きなピザシート、ソースは冷えてるのに煮詰まって濃厚、塩味のきついソーセージは長くて太い。
それなのに齧り付くやあっという間に咀嚼し平らげて次にいく。空腹だとは言え、喋りながらなのに一切ペースを落とさない四人、その中のトーチャに、巻きピザ食べるのも忘れて、リーアは目が離せなかった。
宙に浮いた妖精の小さな体、だけど普通の人が片手で持つ巻きピザを両手で抱えて維持して、そしてまるで桶の底の穴に水が渦を巻いて吸い込まれていくように消えていく。
食べてる、のはわかる。けどだというのに体の大きさは変わらない。お腹も膨れないし、背も伸びてない。体変わらず食べ物だけが消えていく。妖精の不思議を見ていると、その視線にトーチャが気付いた。
「おい何俺っちにガンくれてんだあ?」
「何よ。そっちが妾の目の先に勝手に入ってきてるだけでしょ。何自分が注目されてるとか勘違いして、自信過剰なんじゃないの?」
負けじと言い返すリーアにトーチャの右頬が引きつる。
「んんだぁ? 依頼主だからって燃やされる前に忠告もらえるとでも勘違いしてんじゃねぇか? あ?」
「そもそもあなたたち、妾の国に何の用よ。観光なんてガラじゃないでしょ?」
「おい、俺っち無視とか、死にたいのか?」
「仕事に決まってんだろぉ。どっかのダンジョンで見つかった赤い刀をここの研究所に、金属加工すげぇんだろ? それの護衛だ」
「つまらない仕事だった。襲撃、戦闘、裏切り、トラブル、一切なし、ただ移動して修行するだけ、次は断りたい」
「ですがギャラは良かったんですよ?」
「俺っちを無視すんなお前ら」
「ほぼ私が稼いだのだがな」
「ただ突っ立って奇声あげるだけで稼げるならそこら中で皆さんやってますよ」
「まったくもってその通りだ。何故やならない? 一言言ってもらえればいくらでも手ほどきするとも」
「あんまり僕のこと、馬鹿になさるようでしたらぶち殺しますよ?」
「いぃじゃねぇか。そのつまんねぇ仕事だったがぁ、お陰でこの国これたんだ。んで俺様の新たな武勇伝が加わる瞬間に立ち会える。こいつあぁ老後の自慢話にできるぜ?」
「おいちょっと」
「あぁそうでした。この酷い国に寄り道しようとおっしゃったのは脳筋のあなたでしたね」
「何よ人の国悪く言うなら一人だけ解雇したっていいのよ?」
「おやおや、これはこれは、僕としたことがこんな子供に舐められてしまって、どこか骨を折っておいた方がいいようですね」
「それで、そろそろ私に次の目的地を教えてもらいたいのだが」
「俺っち無視とか、おい」
「そんなの決まってるじゃない。剣よ」
リーアの一声に、四人の視線が集まり、一人が笑って、残りがうんざりとした表情になった。
「なぁんでぇ、わかってんじゃねぇか。やっぱこの国来たらあの『聖剣』にチャレンジすんのが漢だよなぁ」
ガハハと笑うケルズスに、リーアは怪訝な表情を浮かべる。
「チャレンジ? 何言ってるのよ」
「いやアレだろぉ。この奥の円形闘技場、その真ん中にある石鯛に刺さった剣、引っこ抜くってぇやつ」
「そうよ。それで王の血筋だったら綺麗に抜くことができるの」
「あ? 何言ってんだ? ありゃあ剣に認められた勇者だけが抜けるんだろ?」
「何よそれ。初めて聞いたわ」
「そっちこそなんだよこの伝説は有名だろぉがよぉ」
意見の祖語に、互い睨み合う。
「妾はこの国の姫よ。自分のところのことなんだから妾が正解に決まってるでしょ?」
「馬鹿言うなよぉ。どこにそんな剣があるってぇんだ。そもそも何で王族だけ抜けるって、隠し子検査でもあるまいしぃ」
「隠っ! あの剣はね! この国の魔法技術の高さを外に知らしめるためのものなの! ピンポイントで個人と、その血族だけを判別できるハイテクな剣! 妾は抜けるし、抜いたことあるけど、あなたみたいな力任せじゃ絶対に抜けないわ!」
言い切るリーアに……なかなか反論しないケルズスを見れば、ぞっとするような、威圧感しかない笑顔を浮かべていた。
「いいねぇ。その喧嘩、買ったぜ」
「は? 何よ、喧嘩って」
引き気味に返すリーアにケルズスは歯を向いて見せる。
「お嬢ちゃんの言う通ぉり、その剣が俺様に抜けるかどうかの喧嘩だよ。いや、お嬢ちゃん無しで、これは俺様とその剣との喧嘩だなぁ。そのお目々にもわかりやすい引っこ抜き具合、見せてやるぜぇ」
「何よ。絶対無理なんだから。だったら試して打ち負かされるといいわ。でもね、剣への挑戦は日毎に人数制限があるの。もし並んで一人分しか取らなかったら諦めて仕事帰りにしなさい」
「おっとそうだったぁ。つぅうかもうすぐ時間じゃねぇか? 急いで移動しなきゃなぁ」
勝手に話を切り上げるケルズス、不服なリーア、両者を絶え難い熱風が襲った。
トーチャ、無言で放熱、発火こそしてないものの、まるで暖炉の真ん前のような熱気、傍でソーセージを煮ていた鍋が沸騰していた。
「貴様、何をしている」
「おぉおぉやっとか。やっと俺っちに気がついたか」
怒りを抑え込んでいるダンに、トーチャは不機嫌を隠さなかった。
「散々俺っち無視してなめ腐りやがって。その耳聞こえてねぇなら焼き落としちまった方がスッキリするな!」
「そんなことどうでもいい。見ろ。貴様が過剰に煮立てたせいでソーセージが全て弾けてしまっている。この落とし前、どうつけてくれる」
「やっと口利くようになったかと思えば何か? 無残に殺して下さいってか?」
「黙れ。何人たりとも食料を粗末にするものは許さない」
牙と爪を剥くダンに、トーチャの頭髪が着火する。
本気でやりあう一歩手前、無視してマルク、ほぼ手付かずだったグリーンホットソースの中身を弾けて混ざるお湯の中へと流し込む。
「「おい」」
ダンとトーチャ、揃った声にマルクは肩をすくめながらサラミソーセージクズを鍋へ振り入れる。
「ピザシートばかり食べてて口の中がパサパサです。それにこのソースは辛すぎる。なのでスープにします。何か問題でも?」
「はぁん。良いじゃねぇかぁ。いいアイディアだ。これで味が良かったらおめぇ、俺様の専属料理人にしてやるぜぇ」
「少し待っていて下さい。これ入れてから殺してあげます」
そう言ってマルクが掴んだのは丸ネギスライス、それを手で遮ったのはダンだった。
「それを入れたら私が食べれなくなる。少し待て」
言ってダン、ほぼ空の赤茄子ソース入ってた鍋でガバリとソーセージ湯スープを掬う。
「おい肉取りすぎだてめぇ。それじゃシチューじゃねぇか」
「あ、少し弱火にして下さい」
「俺っちを便利に使うとかいい度胸だなおい」
……騒がしい四人はもめながらも残りもガツガツと食べ尽くした。
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