まだまだ店内
舌を噛むほどではないけれど突っかかりそうな長い口上、すらりと言ってのけたリーアの長い自己紹介を、三人は黙って聞いていた。
それから一瞬の沈黙の後、互いに顔を見合わせてから、三人仲良くそろって大爆笑した。
「何よ!」
リーアの声も笑い声がかき消す。手を叩き、涙を流し、目一杯口を広げて轟かす三人の笑い声に、意識が戻ってきたばかりのダン、何が起こってるかわからずキョロキョロしてる。
「だぁーーってよぉ! このお嬢ちゃんお姫様だぁってよぉ!」
「この国来てさいっこうのうジョークだぜ! なら俺っちは帝王様だぜ!」
「えぇ馬鹿の帝国の帝王ですね」
「おぃ、お前どさくさに紛れて何調子乗ってんだよ」
「何よ! 笑うんじゃないわよ!」
リーアの声、笑いは引いたが笑顔は残り、涙を拭いながらマルクが訪ねる。
「それで、お姫様。あなた様は何故、どのようにして僕らの前に現れることになったのですか?」
「知らないわよ」
馬鹿にしてるのか真面目なのか、マルクの問いに、リーアは拗ねた声で応じ、話し始める。
「全部今日、朝、いきなりな話よ。目が覚めて、だけども誰も起こしに来なくって、それどころか着替えの従者もいないから叱りながら、食卓に向かったら、そしたらあいつがいたのよ?」
「あいつ、ですか?」
「そうよ。妾そっくりの格好で妾の服着て私のいつもの席で、女王と婿王、妾のお母様とお父様と一緒に朝ご飯食べてるあいつ、白々しく驚きながら妾を見てこの娘は誰って言うのよ。ちょっといつまで笑ってるのよ!」
「あそこの馬鹿どもは気にしないで、私だけを見て、どうぞ続けてください」
「……それで、妾こそあなた誰よって聞いてやったわ。そしたらあいつ、ハードエッジ王国ファーストフォリオ王家の、この国ただ一人の姫その人だって、自分こそがこの妾だって言うのよ。それを妾を前にして堂々と、偽者のくせに。白々しい」
「ちょっと待てよ。それってつまり王も女王もいる前でって話だろ? なら本物偽物の話は別にして、姫っぽいのが二人いるって騒ぎじゃねぇの?」
「知らないわよ」
トーチャの問いに対するリーアの答え、その声には落ち着きと共に悲しみが混ざり始める。
「お母様もお父様も、大臣も従者も近衛の騎士たちも、あいつが本物で、妾を知らない、見たこともない、何者だーって、それでひっ捕らえろーって、怖い顔で、追っかけてきて、だから逃げてきたのよ」
「そりゃあ下手な嘘だぁな」
沈むリーアの顔をガバリと上げさせたのは爆笑からにやけ顔まで回復したケルズスだった。
「王族ってぇのはだ。権力が集中する分狙われやすい。特に洗脳や記憶操作はひっきりなしに飛んできやがらぁ。当然その備えも万全でよぉ。大抵は王冠にその手の防護魔法賭けたアーティファクトにしてあんのよぉ。つぅうかそれができなきゃ王族なんてなれねぇし、従者相手までならまぁだあり得るが、王様女王様となりゃそりゃ」
「ほんとだもん!」
もう何度目かになるリーアの絶叫、だけども今度のはこれまでの怒りや苛立ちをぶつけるものではなく、悲しみを吐き出す声だと、流石の四人にも聞き取れた。そしてそれで笑える四人でもなかった。
続く沈黙、泣きそうなリーアにどうするか悩む中で一人、目線で互いになすり付け合いながら、その中で現状をいまいちついていけてないダンがそろりと手を上げた。
「そこまで、自分を姫と申すのなら、印籠とか、王族の証になるような何か持っていないのか?」
「ないわよ。逃げ道に使ったのは対革命用の脱出プロトコル、持ち物検査で身分がバレるようなものは一切置いてきたわ」
ダンの比較的まともな問いに、沈んだ表情で応えるリーア、だがそれが突然ぱぁっと明るくなった。
「あるわ! 妾が王家だと示せる証が一つ! 魔法よ! 王族にのみ継承されるとっておき! 王家秘伝の魔法! 今見せてあげる! だけどその前に、解いて!」
言われて目配せ、肩を竦め、結局誰も動かなくて、無言で押しつけあった後、ダンが後ろに回ってシュルリとテーブルクロスを解いた。
「やっと解いたわね。遅いわよ」
礼ではなく嫌味、口にして、自由になった両手をほぐすリーア、文句が返ってくるより先に右手を胸元のペンダントへ、重ねて目を閉じ、意識を集中させる。
ぽぉ。
ほのかに静かに、リーアの胸のペンダントが青色に光始める。
それを固唾をのんで見守る四人、そして呪文が発せられた。
「bomba!」
弾ける光、駆け抜けて、変化を感じる三人、感じられない一人だった。
ケルズス、右手の籠手を見る。
マルク、一歩引く。
トーチャ、落ちる。
ダン、何も変化なかった。
「……おいマジかよ」
「私に訊かないでください」
「いっっちぃ」
「何を遊んでる? 気でも狂ったのか?」
「どうよ!」
鼻高々、自慢げなリーアに、四人が向ける視線はこれまでとは違っていた。
「カウンターマジック。いや発動も消したからアンチマジックだな。それも俺っちの飛行の魔法にも影響入ったってことは呪文じゃなく魔力干渉系、一言の呪文で対象指定は無理だから、こいつは高出力の広範囲型、初めて食らったぜ」
「あらよく知ってるじゃない」
トーチャに応えながら、その角度ならスカートの中が覗けると気がついてリーア、慌てて両手を足の間に挟み入れる。
「で、いくらだ?」
「安いです」
ケルズスの疑問にマルクが即答する。
「魔法の中でもカウンター系、アンチ系は全同盟国で禁術指定です。ですが禁呪の中では一番簡単で」
「簡単って何よ! 私のは精霊王経由の由緒正しい王族専用魔法で」
「どこで習得し、何と契約したか云々は関係ないですよ。要は許可無く禁術を使った。使えた。だけどもそれだけだと罪に問えても賞金は安いです。そもそもできることの証明自体が面倒ですし、これでせめて何か悪事を働いてくれたなら良かったんですが」
「良かったって、ちょっと待ちなさいよ」
「ありゃどうだ。王宮に忍び込んでたんだろ?」
「待ちなさいって言ってるでしょ! 何で妾が悪者になってるのよ!」
「それは今、僕が説明した通り、あなたが許可無く禁術の魔法を使えるからです」
「俺様を無視たぁ偉くなったなこのメガネ」
「何言ってるのよ。許可ならちゃんと取ってるわよ」
「いつ、どこからです?」
「習った時から、この国からに決まってるでしょ。だって妾、姫だもん」
「最初に戻ってますよ。これは姫だったら許される魔法が使える証明であって、あなたが姫である証明ではありません。ただの賞金首です」
「上等だ。俺様を無視した勇敢さ、その背中に刻んで永遠に残しやらぁよ」
「ってぇことはよぉ。こいつ売っぱらっちまえば金になんだろ?」
トーチャの一言に、視線が集まる。
「言いましたよね? 安いって」
「そんなこと言ってられんのかよ。俺っちら、ここの飯代に全額つかっちまったんだろ?」
「遊んでやったやつらの迷惑料はどんなだぁ? 貧乏ギャングって風にゃ見えなかったし、そこそこあんじゃね?」
「こちらのほうがもっと安いです。小銭は僅か、装飾品無し、売れそうなのは斧ぐらいですが、やつらの紋章らしきものがあって、買い取るのはやつらぐらいでしょうね」
「背に腹は代えられぬ、か」
「しゃあない、ちょっくら社会奉仕すっかぁなぁ。安くても贅沢我慢すりゃ腹は膨れるだろぉうさ」
男四人、自分を売ろうとしている相談前にして、リーアは馬鹿にしたように鼻で笑った。
「何よ。腕っぷしが強いだけで、中身はあのスキンヘッドどもと同じじゃないの」
リーアの一言、狙ってたまぐれか、四人のプライドに刺さった。
「何よ。そんな目で見たって事実でしょ? 姫とはいえ、困っている少女を助けるどころか何よ賞金って、あなたたちには誇りってものがないわけ? しかも襲ってきたとはいえ、相手から金品奪うとか」
「言ったろうがぁ、こいつは迷惑料だってよぉ」
「そうですよ。普段の僕でしたらこんなことしないで真面目に働いてます」
「モンスター討伐、キャラバンの護衛、山賊対峙、未知のダンジョン攻略に素行調査、ま、ほとんど俺っちの手柄だけどな」
「それに私は誇りを重んじている。現に厨房を漁らず、空腹に耐えているのだ」
「おい、ちょっと待てよ。ひょっとして誰もキッチン覗いてきてないのかよ。コソ泥は泥棒猫の仕事だろ」
「だれが、コソ泥だと?」
「つまり今、あなたたちはお金に困ってて、お金さえくれたら護衛の仕事をするってことで、いいのね?」
リーアの一声、質問に、四人は急に黙って、それから目線をかわして相談する。
「……高いですよ?」
否定とも肯定ともとれるマルクの返事に、リーアはフンと鼻を鳴らしてから、ずっと邪魔だったけど忘れてた背中の赤いリュックサックに手を突っ込み、引き抜いて、投げた。
ジャラリ。
四人のちょうど真ん中あたり、音を立てて落ちて重なったのは、四枚の金貨だった。
デザインはバラバラながら、ピカピカに磨かれて、その一枚がトーチャの半身よりも大きく、膝丈よりも厚く、かなり高額だと、輝いて見せている。
「これは前金よ。依頼内容は妾の護衛、及び一切の生活の世話、買い物から食事、寝る場所まで、期限は妾が姫として認められるまで、具体的には元の地位と名誉に回復するまでよ。成功報酬はそれの十倍、なんならおまけにどこかに記念碑の一つも作ってあげても良いわ」
「いや待て、待つのだ。姫として認められるまでと簡単に言うが、私は国家転覆などに手を貸すつもりはないぞ」
「その心配はないわ。妾が歩むのはいつだって王道よ。全部合法、非合法なことは命じないわ。逆に、犯罪を犯さないことも契約の一部ね」
「それで、あの魔法以外に身元を証明できる手段がおありなのですか?」
「モチロンよ。ここにはないけどある場所はいくつか心当たりがあるわ。そこまで連れて行ってもらうのも仕事ね」
「期限は? 成功報酬つったって、俺様はこんなはした金じゃあ一週間しか持たねぇぞ」
「それで十分よ。早ければ今日中、長くても一週間はかからないわね」
「ちょっと待てよ」
「モチロン。その間は食費も含めて必要経費は妾が出すわ。ただし事後承諾なし。事前確認と承認が前提よ。もちろん買い物では領収書を、リーア様当てに切ったのを、お釣りは返金ね。他に質問は?」
あっさりと、手慣れた感じて契約を口にするリーアに、四人は何も言えなかった。
「なら決まりね。じゃあさっそく」
そう言ってリーア、もう一度リュックに手を突っ込んでもう一枚金貨を引っ張り出し、次いで右足に残っていた靴を脱ぐと中に押し込み、ドチャリ、金貨四枚の上にと投げ乗せた。
「最初の仕事よ。妾の新しい靴を買って来て。白色の革靴でサイズはその靴と合わせればわかるでしょ。それからもう一人、喉が渇いたわ。厨房に行って水を持ってきてちょうだい。ちゃんとした水瓶から汲んだきれいな水よ。この国じゃあ水は豊富で無料が普通だから遠慮することはないわ。それから言うまでもないでしょうが二人は残って、常に妾を守ること、いいわね」
両の素足を床に触れぬよう浮かべながら傷の具合を見て顔を向けず、馴れた口ぶりで一方的に命令するリーア、唖然として動かない四人に気が付いて、もとより吊り上がってた目じりを更に吊り上げる。
「何よ。じっとしてたって仕事は減らないわ。雇われたんだからちゃんと仕事しなさい。ほら!」
上から一方的に命令してく態度と口ぶり、それだけは間違いなく姫のものだった。
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