まだ店内

 暴れに暴れ、客も店の人間も、ギャングさえもいなくなった店内に、顔を真っ赤にリーア、鈴が鳴るような澄んだ声をぎゃんぎゃん響かせる。


「あなたたちは知らないでしょうが、これも立派な犯罪なのよ! 罪名は監禁罪! それと運んだから誘拐罪も入るわ! この国で未成年相手だと少なくとも五年の労働刑! だけど今、安全に解放したなら減刑もあり得るわ! それにもしそうしたなら、この暴れたのは正当防衛だったと証言してあげる。だからさっさと解きなさい!」


 水で掴まれたのが頭だけだったからか、服は乾いていて、その頭も吹いてもないのにほぼ乾いていて、だけどそんなの気にする様子もなく、椅子に縛られた時からこの調子、喋りっぱなし、喚きっぱなしだった。


 いくら鈴が鳴るような澄んだ声であってもこうまでぎゃんぎゃんやられたら耳に刺さる。だからか、四人は四人、リーアを無視して各々自由にしていた。


 ケルズス、リーアの前に座ったまま、どこからか引っ張り出してきたナプキンで黄金の籠手を、それが終わったらロングソードを磨いていた。相変わらず盛り上がった筋肉、だが疲労か空腹か、その切っ先は床に突いたまま、持ち上げるのも億劫な様子だった。


 ダン、暴れて椅子やテーブルが無くなった入り口側の広い場所で突っ立っていた。自然体、だらりと垂らした両腕、呼吸静かで背筋も正しく、揺れもない。一見すればあのイメージトレーニングの延長かとも思えるが、生気のない目からは何も考えてないと伺い知れた。


 トーチャ、残ってた誰かのピッチャーの水で水浴びした後、自分たちが座っていた席、シャンデリアに潰されたテーブルの上にいた。腕を組み、口を固く結んで、だから何するわけでもなくその上に浮かび、テーブルクロスにしみ込まれて乾き始めたレモネードをじぃっと静かに見下ろしていた。


 マルク、店の奥側、まだ片付いている辺りにペタリを座り、ギャングから剥いだ身ぐるみを仕分けしていた。斧、革のジャケット、そしてズボン、それぞれ区分けし並べている。そして服はポケットの一つ一つをひっくり返して中身を確かめ、取り出した小銭や金目のものを集めては、持ってきていた大きな鞄の中に詰めていった。


 そうして四人、あれからずっと店内にいた。


 ぐぅー。


 ……誰かの腹の虫が鳴る。


 これに四人、それぞれがそれぞれと顔を見合わせて、だけども軽口も悪口もないまま、またそれぞれに戻っていった。


 そこへ再びリーアが叫びつける。


「だったら最低限誘拐の要求ぐらい教えなさいよ! 無いなら解放して! 早く!」


「そりゃあ、そしたらお前、逃げちまうだろ?」


 意外、返事、答えたのはいつの間にかふよふよとリーアの近くに飛んできていたトーチャだった。


「当たり前じゃない。あいつら出てく時の言葉忘れたの? 覚えてろよって言ってたのよ? 今度は全力で叩き潰すって」


「その前に俺っちが全部やっつけたじゃねえか」


「それはあなたたちの話でしょ! 妾には関係ないじゃない!」


「わら、わ?」


「そいつを俺様は待ってんだよぉ。お嬢ちゃん」


 不慣れな一人称に混乱するトーチャの代わりに答えたのはケルズスだった。磨いたロングソードを背中に背負いなおし、拭いてたナプキンでチーンと鼻をかむ。


「何でお嬢ちゃんが追われてたかは知らねぇが、やつらは俺様と喧嘩になって、大衆の前で無様に負けた。挙句、狙ってたお嬢ちゃんを横取りされたとなりゃ、面子丸つぶれ、ギャングじゃなくても恥ずかしくて恥ずかしくて、リベンジ一つもしなけりゃ生きてないのさ」


「だからそれこそ妾には関係ないじゃない! 喧嘩だったらあなたたちだけでやってればいいでしょ! いいからさっさと解いて自由にしなさいよ!」


「馬鹿言うな。これで自由にして、俺様のいないとこでとっ捕まっても、向こうは勝手にリベンジ成功って言えるじゃねぇかぁ。それを否定しに回んのも面倒だし、そもそも長引かせたくねぇ。だからここで決着つけようって待ってんだ。なぁに、全部終わって安全になったらお家まで送ってってやるよ」


 ケルズス、気さくに話しながら鼻をかんだナプキン、丸めたはいいがその先の処理に迷って、最終的にはトーチャに向かって投げつけた。


 それをひらりとかわして、トーチャはケルスズの目の前をくるりと旋回した。


「下手くそ。剣の腕もへなちょこだけどこんなんもへなちょこなんだなぁ」


「わざと外してやったんだ。当たっちまったら大怪我するからなぁ」


「あぁ?」


「そうよ衛兵よ。警察衛兵隊よ」


 リーア、法律云々言ってたのに今更なことを思い出し、踏ん反り返る。


「これだけ暴れて騒ぎになって、彼らが動いてないわけがないわ。今頃警察隊総出でこのお店囲ってるに違いないわ。あんたたち、逮捕された時に心象良くしたかったらさっさと妾をほどきなさい。最後の警告よ。ほら早く!」


「それは当分なさそうですね」


 リーアの喜びの声を遮ったのは、身ぐるみ仕分け終わったマルクだった。


「何よ。何でよ」


「何よもなにもありませんよ。そもそもの話、ここは首都の表通り、真昼間から堂々、集団が斧を持って少女を追いかけまわしていた。目撃者多数、なのに警察組織は出てきましたか?」


「それは……」


 リーア、言葉詰まる。


「大方、忙しいからと目を瞑ってるか、あるいは手回し、賄賂受け取り済みか、不真面目な警察組織では良くある話です」


「何よ! 衛兵たちがそんな賄賂なんか受け取ってるわけないでしょ!!!」


 これまでよりもいっそう喧しく、更に突き刺さるようなリーアの一声に、片眉上げた視線が集まる。


「なんでぇ。お嬢ちゃんは警察の関係者ってかぁ」


「違うわ。衛兵の上の存在よ」


「上って言いっちゃあ、将軍? 所長?」


「おい燃やすしか能のないのが訊いてるぜぇ」


「おい調子乗ってんじゃねぇぞ」


「僕に訊かないでくださいよ」


「王族よ」


「王族? はあぁん。それがお嬢ちゃんとどぉいう関係があるんてぇんだぁ?」


「俺っちを無視して話進めてんじゃねえよおい」


「妾こそが王族、この国の姫なのよ!」


 突然の告白に、三人は固まり、その変化にようやくダンの意識も戻ってきた。


「ハードエッジ王国ファーストフォリオ王家次期女王後継者、七代目女王のレイア女王とその婿王ブラッドの娘、第一姫リーア・ファーストフォリオ、それが妾の名前よ! わかったらこれ解いて! そして跪きなさい!」

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