はっちゃける四人

 吊るされてる屈辱も、じゅくじゅくと痛む足も忘れて、リーアは身構えるギャングとそこへ向かって行く四人とを交互に見比べていた。


 ギャング、突然の氷の壁に驚き、狼狽してるも人目があるからか一応の平常心を演じていた。


 対する四人、最後の宣言を最後に無言、ただただ一歩一歩を彷徨うように、ギャングたちへと迫っていく。


 その威圧感、言葉にできないけれどはっきりと感じられる、強いものだ。


 そんな四人に気圧され崩れかかるギャングの一番奥、ドアの前にいた一人が前にいた一人を小突いた。


「何してる! 早くやれ!」


 命令、見た目での区別はつかないけれどこの男がこの中で一番偉いらしい。


「こっちはこれだけの人数、あっちはたった三人、負けるわけないだろ!」


 はっきりと聞こえた間違い、遠くにいるから見えなかったのか数え間違い、それを誰かが指摘する前に、灯った。


 ボ。


 紅蓮の炎、照らされる店内、頬を撫でる熱風、店の真ん中で、四人の中の右から二番目、トーチャが赤々と燃えていた。


「……お前、俺っちを数え忘れたな?」


 炎の中からの、それでもリーアの耳まではっきり聞こえる怒りの声、残して、爆ぜた。


 そして残るは残像だけ、少なくともリーアの目ではとても追いつけない速度でトーチャは突き抜ける。


 ちゃんと見えたのはギャングたちが反応も出来なかったという結果と、拳なのか蹴りなのか、数え間違えた男がドアも氷の壁も突き抜け店外へ吹き飛ばされたという結末だけだった。


 崩れ落ちる氷の壁とそれにやっと反応できたギャングたち、遅れて熱風が店内の全てを撫でる。


「どうだ? 今度はちゃあああんと見れたか? ここに一番強ぇえ男がいるのがわかったか? あ?」


 そんな只中、ゆらりゆらり、見せつけるように揺れて飛んで、トーチャが言い放つ。


 そこへ小突かれてた男、遅れながらも手の斧振り回し襲い掛かる。


 が、段違いの速度、カクカクと最低限の動きでかわすトーチャに斧はかすりもせず、逆に旋回しての一撃に男は吹き飛ばされた。


 チッチッチ、小さな体の小さな人差し指を小さく振って見せると、残るギャングも我れ先にと襲いかかった。


「困ったことをしてくれましたね。これで逃げ道ができてしまいました」


 追いかけっこを見ながら、マルクため息をつく。


「だったらもっと強固な壁をこさえることだな。あの程度、ただの時間稼ぎにしかなるまい。無論、貴様にできればの話だがな」


 そこにかみつきながら前に出たのはダンだった。


 ゆるりと前に出る歩く姿、肉食獣の風貌、だけど素手素足で鎧もない姿、威圧感は感じられても隙だらけで、斧の一撃等防ぎようがないだろうと、リーアの目には見えた。


 そう見えたのは他も同じらしく、ギャングの一人が正面より襲いかかる。その右手には斧、まっすぐ振り被るやダンの眉間めがけて全力で振り下ろす。


 これにダン、歩みを止めず、代わりに左手を前に、中指と人差し指を軽く伸ばした拳を突き出し横に振るい、迫る斧に交差させる。同時に捻る手首、巻き込む指先が斧の柄に絡み、引っ掛け、巻き上げると、いとも簡単にすぽりと手からはぎ取った。


 何が起こったのか、見ていたはずのリーアでさえ理解の及ばない技、それもこれで終わりではなかった。


 跳んでった斧、斧を失ったギャングの右手、奪ったダンの左手、どちらも外へ開いてできた内の空間を、風を切って跳ね上がる影一線、ダンの左足がつき上がった。


 右足軸に、左足突き上げ、ほぼ直線に伸びた両足が直線に連なっての力の連動、不可思議な蹴り、斧を失ったばかりの男の顎をかち上げ、意識を吹き飛ばした。


 短くない時間の後、ドシャリ、落ちたギャングにダンは満足げなまなざしを向ける。


「あいっ変わらずみみっちい攻撃だなぁおいぃ」


 それを背後から否定する声、ケルズスだった。


「斧の振り方も知らねぇような雑魚相手にカウンター、それも二撃必要とか、イメージトレーニングのやりすぎでなまってんじゃねぇか? 雑魚。どけ、見てろよ、手本を見せてやるぜぇ」


 ダンの反論も聞かず更にズカズカ、ケルズス前へ出る。


 その巨体、落ちたシャンデリアの逆光でより巨大に見える影に、それでもギャングたちは退かなかった。


 その勇気、勇敢さを見てニカっと笑うと、ケルズスの右手、黄金の小手がバチリと煌めき、そしてそれを合図に全身の筋肉が泡立った。


 メキメキともボコボコとも表現できる肌の隆起、つるりと丸みを帯びていた肌に陰影が作られ、血管が浮き出て、そして真ん丸だったからだが、ムキムキの、筋肉の怪物へと変貌した。


「待たせたなぁ。今度はきっちり、本当の暴力ってぇやつを見せてやるよぉ」


 宣言、同時に構える。


 軽く左半足を前に、腰は深く足は広く広げ、両手で握るロングソードは垂直に立てて持ち、腰は限界まで捻じり引き絞る。


 その姿、その構え、ただ全力で真横に降りますよと言っていた。


 ここから予測できるのは天災、それに抗うことも、逃げることも、祈ることも許さなかった。


「うぉりゃああああ!!!」


 掛け声同時に振るわれるロングソード、ただ無粋に、力任せのスイング、刃を立てて腹で打ったのは手加減か、その分の空気抵抗を加味しても異常すぎる速度で、撃ち込まれたギャング三人の体を軽々と吹き飛ばし、更に吹き飛ばされた先にいた四人を巻き込んで、壁際の椅子とテーブルとカップルと食べかけの前菜の横へと叩きつけた。


 遅れて、目が痛くなるほどの強風が少女にかかる。


「どぉでぇ。自慢したけりゃこれだけやってみせなぁなぁ」


 自慢げに言い放つケルズス、だけども言い放たれたダンはそれらを見ておらず、ただ背後を振り返っていた。


「危ないですよ」


 静かに響く声、見ればマルクだった。


 最初の横並びから一歩も動いていないように見える。


 代わりに、前後左右、床から生えて天井に届きそうな長さの、無数の触手が取り囲んでいた。


 ブニブニと流動する太さは大人の頭ほど、色は透明でこれまでの魔法と合わせて水を思わせた。


 それが無数、十は超える本数、それぞれ石があるかのように蠢いていた。


 その中でマルク、最後の呪文を唱える。


「Sprida ut」


 呪文の完成、その命令に触手は迅速に動いた。


 まるで手元の灯りで動いた影のように、触手はそろって高く伸び、そして雨のようにギャングたちに降り注ぐ。


 その内の一本が降りてきて、逃げようとしたが腰が抜けたギャングの一人の頭に届くとすっぽり、飲み込んだ。


「がばばぼがぼば」


 口より泡吹き暴れるギャング、だけどもその両手がいくら触手を叩こうとも、まるで垂直の水面を叩くように波紋が広がるだけで形も変わらない。なのに腰を落として力を込めても首は抜けず、逆にそのまま宙に吊り上げられた。


 そんなギャングが増えていく。


 一人二人、次々に触手が捕らえると抵抗無視して吊り上げて、そしてブンブン振り回した後に興味を失くしたのかポイと投げ捨てていく。


 一方的な蹂躙、最早ギャングたちに戦う意思は残っていない。


 だけども逃げるにしてもダンにケルズスにトーチャ、暴れる三人を掻い潜り外へ出るのは至難、立ち止まった先から触手に吊り上げられる、正に蹂躙だった。


 と、その触手二本がそれぞれ、ダンとケルズスにも伸びていく。


「ホワッチャ!」


 先に反応したのはダン、体を丸めてネコ科らしい跳躍、転がるように触手より逃れる。


 一方のケルズスは振り返りながらのロングソード一閃、切断どころかミンチにして、触手を水へと戻した。


「これはこれは、失礼しました。どうも弱い方はみな同じに見えてしまって、僕の悪い癖ですね」


 言ってのけるマルクを、触手から逃れた二人がにらみつける。


 そんな三人を見てたリーア、接近する触手に反応できなかった。


「ごぼぼぼぼーぼぼーぼぼ、ぼぼぼ」


 できない息、目に染みる水、微妙な生温かさ、感じてる間にまた吊り上げられる。


 何とかしなきゃ、とっさの判断、胸に吊るしてたペンダントを掴むリーア、だけどその口に何か硬いものが入ってくる。


 いきなりの異物、吐き出そうとしたら動いて驚いて、噛もうとしら熱くなった。


 異物に混乱、してる間にすとんと、下ろされ触手が消える。


 いつの間にか椅子の上、座らされ、とやかく見回す前にシュルリと、テーブルクロスが胸の前にかけられると、そのままぐいぃっと縛り付けられた。


 ちょっと!


 叫ぶ前に口の異物をとリーア、べぇと自身の膝の上に吐き出すと、それはびしょびしょのトーチャだった。


「さて、と」


 ガタリ、どこからか椅子を持ってきてリーアの目の前に置き、座ったのはケルズス、その横にダン、そしてリーアを縛り上げたマルクが前に出る。


「わりぃいが嬢ちゃん、もう少し付き合ってもらおうか」


 にぃー、そろって笑う三人、前にして、声の出せないリーアの膝の上で、トーチャがベグシュとくしゃみした。

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