聖剣を前にして
オークション会場、そう言いながら痩せた男が案内したのは、なんてことはないソードコロシアム内部、聖剣の真ん前だった。
ただ石を並べただけの硬くて簡素な観客席に囲まれた、広々とした円形の中心には砂ジャリが敷き詰められている。南東と南西には大きな出入口、そしてそれらを二点とした正三角形の最後の点、北側の一段高く盛られた台座の上に『聖剣』が鎮座していた。
灰色の石段に突き刺さった銀一色の片手剣、名を『女王の栄光』といい、ここで開かれるイベントに王族が参加しない場合はその分身として、参加する場合は引き抜かれることで開始の合図とするのが恒例だった。
そんな聖剣の前まで、イベントがない場合は日が暮れるまでの間は自由に無料で入ることができ、だから人気の観光地なのだと、リーアは知っていた。
しかし、今リーアが見るスタジアム内は、想像もしてなかった有様だった。
「何よ、これ」
思わずつぶやいたリーアの一声をかき消すほどの大盛況、ただしそれは観光客からのものではなく、その観光客へ向けての呼び込みだった。
「さぁ合法だよ合法だよ! 何が合法かは買ってからのお楽しみだよ!」
「とれたて新鮮、出来立て産地直送の聖剣入ったよ! 本物とおんなじ鋳型から作り出した完全コピーの聖剣レプリカでこのお値段! 今買わなきゃ損! 損!」
「筋肉増強に神経過敏、骨格延長に心臓肥大、明日を捨てて今日を勝て! ドーピング薬揃ってるよ!」
「さぁさぁ、旅の土産に故郷に自慢に、爵位! 男爵に伯爵、位の高い順に早い者勝ちだよ!」
これまで見てきた屋台村の規模ではない。
しっかりとした店舗、丸太を積み重ねた小屋が何件も立ち並ぶ。その規模は村、それも怪しげなものばかりを売っている怪しい村ができあがっていた。
「何よ、これ」
もう一度呟いたところでリーアに応えるものはおらず、案内する痩せた男に、その後ろをついていく四人、躊躇なく奥へと向かって行く。
周囲には怪しい人たちが溢れている。姿格好は普通なはずなのに、リーアの目にはどことなく普通ではない、怪しい雰囲気を漂わせている人ばかりに見えた。
はぐれるのは得策じゃないわ。
思い、巻きピザを握りしめ、後に続く。
そうやってたどり着いたのは、村の真ん前、丸太の柵で区切られた、部屋としては広く、広場としては狭い空間の前だった。
その外壁を辿って北側へ、まっすぐ伸びた先に聖剣の刺さる台座、その前には聖剣を守護する番兵が五人、いずれも鎧に槍斧、完全装備ながら守護しているという緊張感は無く、まるで休憩中みたいに目の前に立つ、目立つ大男と談笑していた。
その前まで、痩せた男は案内する。
「社長、午後の分です」
「おうよ」
痩せた男が差し出した挑戦券を受け取ったのは社長と呼ばれた大男だった。
ケルズスに負けないほどの巨体、盛り上がった筋肉に欠陥が浮き上がり、ぶ厚い鳩胸にしゃくれた顎、耳の先がとがっているからエルフの血が入っているのかもしれない。たっぷりある茶色い髪が前に垂れてまるで葡萄の一房のように垂れ下がっていた。ズボンだけの半裸に近い格好で、なのにイヤリングやら指輪やら腕輪やらネックレスやらと、アクセサリーをじゃらじゃら身に着けて、リーアには真っ当な人物には見えなかった。
そんな大男が葡萄を揺らしながら挑戦券を数える
「あなたがここの責任者?」
その前に躊躇いなく出るリーア、止めようとしたダンの手に巻きピザを持たせて進み出る。
「これはこれは可愛いお嬢さん、サインはもう少し待ってくれないかな」
数える手をわざわざ止めてまで見せた大男のにこやかフェイスに、リーアは睨みで返す。
「話があります。その挑戦券もそうですが、ここに集まっている店舗を取り除き、速やかに解散なさい。これらは違法です」
きっぱり言い切るリーアに、今度の大男はしかめ面を見せ、それからまた笑顔を見せる。
「これはこれは可愛い弁護士さん、ですがご安心を、ここで行われている行為は全部合法、ちゃんと商売の許可証はとってあるんですよ」
「建物は? 公共の内部に勝手に店舗を建てて、あれも許可を取ったっていうの」
「いやいや、あれらは全部ハリボテ、杭も打ってないただの箱なんだよ。だから
数人がかりだけど動かせるんだ。実際、ここが締まるときは出してるしね。これでご満足かな?」
「緊急時移動通路確保義務」
「……なんだって?」
「災害など非常事態が起こった時に避難場所などに速やかに移動できるよう、邪魔にならないように通路を確保して商売を行う義務が発生することですこのスタジアムは内部全体が非常時の避難場所に指定されてます。ここは通路どころかその避難場所を占有している、違法とまではいかなくても注意勧告が出る状態です。。商売の許可証がどれのことをおっしゃてるかわかりませんが、そのどれにでも記載されていること、監査があればきっと取り消されることでしょう」
さらりと出てきた、あってるのかどうかもわかりかねない難しい法律用語に、大男の表情が変わった。
「……それは、国が勝手に言ってることだ」
「何よ。国を無視して商売いてるって自白するわけ?」
大男は、笑顔はそのまま、だけどもいら立ちを隠しきれてない、危険な表情を浮かべる。
そんな顔を見せられたぐらいで引くリーアではなかったが、代わりに、その身を引かせたのは、ケルズスの大きな手だった。
「何よ! 止め、放しなさい!」
まるで子猫の首根っこを掴むかのように襟首掴んで釣り上げ引き上げるケルズスは、大男とは似て非なる笑顔を浮かべていた。
「はぁん。長ったらしぃ御託はどぉだって良いんだよ俺様はぁ」
楽しみを目の前にして我慢しきれない子供のようはち切れそうな笑みを浮かべながら、ケルズスが入れ替わりに前に出る。
「俺様が訊ねてぇのは三つ。まず一つ目、その券を手に入れて聖剣に挑戦するにゃあ何人ぶったおせばいぃんだぁ?」
ケルズスに、大男の笑顔が緩む。
「保護者の方は話が分かって助かるよ」
「まぁなぁ」
「あんたの想像してる通りだよ。この挑戦券を手に入れる方法は三つ、一つは大金をかけて買う。競りだからいくらかはこの場じゃ断定できない。二つ目はくじ引き、確率は企業秘密だ」
「で、最後がコロシアム、この建物のことじゃぁなく、動詞としてのコロシアム、もちろん国も噛んじゃいない、ひょっとすると命がけか?」
にっこりと笑うケルズスに、大男もにっこりと返して肯定を示す。
「参加費無料、ただし死のうが手足捥げようが文句なし、警察に密告したらぶっ殺す」
番兵を前にしての物騒な発言、だけども気にするのはリーアだけのようだった。
「何よ」
「で、二つ目の質問だ。ルールは?」
遮り続けるケルズスに、大男はなれたように返す。
「時間はすぐにでも、時間無制限、判定無し、戦いは一対一、決着は死ぬか戦闘不能か降参だけ、武器は聖剣の前故に剣のみだ」
この発言に聞いてただけの残り三人、がっかりの悪態を吐く。
「うるせぇぞおめぇらぁ。刀剣相手は俺様だって決めてたろぉがぁ」
一人だけ嬉しそうなケルズス、肩を回し背中を解し、準備万端だった。
「それじゃあ最後の質問だぁ。俺様は誰をぶったおしゃあいいんだぁ?」
歯をむき出しのケルズスに、輝く白い歯を見せて大男が応える。
「おまえは幸運だ。相手は一人、この俺、社長にして聖剣チャンピオン、無敗の王者のローズ『ハイパワー』マヂズモ様、ただ一人を倒せばそれで全部が手に入るぞ!」
「よっしゃああ!!! ぶったおしてやるぜぇええ!!!」
「聞いたが野郎ども! 四か月ぶりの挑戦者が出たぞぉおおお!」
胸の肉をビグンビグンさせて叫ぶローズに、周囲の男たちが雄たけびで応え、そこにケルズスは両手の拳で胸を叩いてセッションした。
筋肉の獣二匹、集う野蛮人共、彼らを前にして、リーアはただあんぐりと口を開くばかりで何も言えなくなっていた。
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