意思の疎通
横柄で口が悪くて不躾で。でも、麗亜はそんな璃音を受け止めていた。
「汗はかかないかもしれないけど、やっぱり汚れるのは汚れるよね。拭いてあげるよ」
ぬるま湯で湿らせたガーゼを手に、麗亜が微笑みかける。
それでも、璃音は、
「いい! 自分でやるから!!」
とガーゼをひったくってバスルームに引っ込んでしまった。まだ体を見られるのは嫌なようだった。
それはたぶん、興味本位で体をじろじろと見られたことが苦痛だったのだと思われる。そういうことが何度もあり、彼女は自分の体を見るに堪えないものだと思っていたのかもしれない。
だけど麗亜にはそんなつもりは全くなかった。単純にスキンシップというか触れ合いたかっただけだった。両親にそうしてもらったように。
麗亜の両親は、望めばいつでも抱き上げてくれた。抱き締めてくれた。その度に愛されているのだと実感できた。それと同じことを璃音にもと思ってるだけだった。
けれど、璃音はそういうことに慣れていなかった。これまで彼女が見てきた人間達は璃音のことをただの奇妙な人形としか見ておらず、そこにはいつも壁があった。
『お前は人形。私は人間。お前と私は違うものだ』という壁が。
璃音が人形なのも主人達が人間なのも確かに事実だった。でも、生まれたばかりで自他の区別がまだ曖昧だった頃の璃音には、最初からそうやって切り分けられたことは強い孤独感を生むことになったのだと思われる。ましてや彼女は本当に他に同種の存在と言えるものがない<生きている人形>。それを思い知らされる度に彼女の孤独は深まっていったのだろう。
彼女が人形なのは事実でも、同じように考え、感じ、それを自分の一部として積み上げていける存在という意味では、璃音は人間と同じだった。まずそこを認めてあげるべきだったのではないだろうか。
そして麗亜は、ただそうしているだけだった。
人形と人間という違い以前に、お互いに<心>を持っているのなら、まずはその心を認めたいと麗亜は思っていたし、両親からはそう教わってきた。
だから麗亜は、璃音を<自分と同じように心を持つ一つの存在>として認めようとしているだけである。
その想いはすぐには届かないかもしれない。それでも麗亜は諦めようとは思わなかった。
言葉も通じない赤ん坊として生まれ、物心がついて辛うじて意思の疎通ができるようになるまでの間、辛抱強く自分のことを待ってくれた両親と同じことをしようと思っただけなのだった。
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