傍若無人

『今日からあんたは私の面倒を見るの。それがあんたの役目よ!!』


 ロクな挨拶も前置きもなくいきなりそんなことを言われて、麗亜は呆気に取られるしかできなかった。そんな彼女の前で、璃音りおんと名乗ったその人形は、バッグをごそごそと漁り、中から何かを取り出した。それは彼女が今着ているのとよく似た白いドレスと、小さな布団のようなものだった。

「取り敢えず布団と着替えはこれだけあるから、あんたはまず寝床を用意して頂戴! 私、眠いの。こんなバッグの中じゃ寝られない」

 そうは言われても、目の前で起こってることの状況が掴み切れず、麗亜はただ口を開いたまま璃音を見ていた。すると璃音の叱責が飛ぶ。

「こら! ボケっとしてないでさっさと動く! 大人なんでしょ!? きりきり動きなさい!」

 家でも学校でも会社でもここまで怒鳴られたことはなかった。彼女は大人しく真面目で、目立たない代わりに問題も起こさなかったからだ。なのに、璃音はそんなことはお構いなしだった。

「グズグズすんなっ!」

「は、はいぃっ!!」

 怒鳴られてようやく我に返ったが、寝床を用意しろと言われても何をどうすればいいのかも分からない。だから彼女は尋ねるしかなかった。

「あ…あの……寝床ってどうすれば……?」

 その問い掛けに、璃音は心底呆れたと言いたげな顔をして頭を掻いていた。

「あんたねぇ、大人なのにそんなことも分からないの? 寝床と言えば寝床よ! 私のこの布団を敷く場所を用意しろって言ってんの!!」

 そこまで言われて彼女はようやく、自分のベッドの脇に折り畳みの小さなテーブルを出してきた。この上に布団を敷けということなのだろう。

「は…! しけた寝床だこと。でもまあいいわ。今日は眠いし。じゃあこの布団を敷いて頂戴」

 そう言って璃音が差し出した小さな布団を手に取り、麗亜はついそれを眺めてしまった。どうやら絹でできているらしいそれは、大きさこそ人形サイズだが非常に手の込んだ造りで、少なくとも自分が使ってるスーパーのセール品の布団とは大違いだった。なのにそれに感心する時間すら、璃音は与えてくれなかった。

「だ~か~らぁ~! さっさとしろって言ってんのよ!!」

「はいっっ!!」

 再び怒鳴られて体が飛び跳ねそうになりつつ、麗亜はテーブルの上に璃音の布団を敷いた。それを見て璃音はポンとリビングダイニングのテーブルから飛び降り、折り畳みテーブルの上へと飛び上がった。

「じゃ、私は寝るから。邪魔しないでね」

 そう言って布団に横になってしまった璃音を見詰めて、麗亜はやはり途方に暮れるしかないのを感じていたのだった。


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