四話 最初の訓練

「では、早速始めようかね。」

ランジスは立ち上がり、玄関の扉を開いた。



「ちょっと外に出るぞ。」

「外ですか?」

「そうだ。まさか屋内で剣を振るのか?」

ランジスはからかうように言って外に出る。



追いかけて外に出るとそこは何もない小さな広場だった。何もないと言っても、地面は芝生で覆われていて綺麗だ。

その中央に少し開けた場所があり、そこには木でできた人型の模型があった。


「ここは訓練場だ。普段はここで訓練をしている。といっても、俺が作った専用の訓練場だけどな。」


なるほど、ここが俺の訓練の場所ということか。



「まずは軽く体を動かしてみるか。」

そう言うと、ランジスは持ってきた刀を構える。

「今からこの模造刀で俺が攻撃する。反撃せずに受けきれ。」



ランジスは上段に構えた刀を振り下ろしてきた。

咄嵯に反応し、体を捻りながら左手を添えて右手で持った鞘を受け止めようとする。

しかし、予想以上の衝撃を受けて吹っ飛ばされてしまった。


「ぐッ!」

何とか空中で体制を整え地面に着地するが、腕が痺れて動かなかった。


なんて力なんだ。あの老体の何処からそんな力が出るのだろうか。



「ほほう、今の一撃を耐えるか。結構本気でやったんだがなぁ。」

ランジスは感心したような声を出しながらも追撃してくる気配がない。


ふっと息を吐いて呼吸を整える。

今度はしっかり見極めてから攻撃を受け止めるのではなく弾くようにして軌道を変えようとした時、目の前に刀が迫っていた。



「え?」


「一瞬意識を俺から外したな?その隙が命とりになるぞ。」

ランジスはそう言いながら一歩下がり再び振りかぶった。


「ちぃッ!!」

体勢が崩れたままだが、無理矢理横に転がって避ける。

ランジスは空ぶったが、そのままくるりと回転し二撃目を放ってきた。


「ーーーつっ!!」

なんとか避けようとしたが、反応が遅れたせいで左腕が切られ、血が流れる。



「あーあ、避けられなかったな。これで終わりだ。」

ランジスはそう言うと、刀を構えたまま近づいてきて俺の首筋に当てた。


「まだまだだな。動きは悪くないが、集中力が足りていない。それに反射神経も良いとは言えない。まぁ、実戦経験が少ないから仕方ないか。」


ランジスはそのままゆっくりと刀を引いた。

「……ありがとうございました。」

俺は礼を言うと、ランジスは刀を納める。



「さて、次は…といきたいところだが、怪我してるしなぁ。」

ランジスが俺の腕を見る。今も左腕の傷から血が流れている。


「大丈夫です。続けてください。」



確かに怪我しているが、こんな傷で休む暇はない。

少しでもはやく強くなって両親の敵を討ちたいのだ。そのためならば多少の痛みなど気にしない。



「馬鹿言っちゃいけねえ。切り傷だけじゃなくて腕の痺れも残ってるだろ。そんな状態じゃまともに訓練できねぇよ。

今日はこのくらいにして明日からまた始めるとしようぜ。」

そう言ってランジスは家に戻ろうとする。


「待ってください!痺れ位すぐに治ります。」



このままではダメだ。一刻も早く強くなりたいと言う焦燥感だけが募っていく。


「駄目だ。ロニードに診て貰え。焦っても良いことなんてねぇぞ。」

ランジスは振り返らずに言った。



「……わかりました。」

流石に医者に診てもらった方がいいというのは分かる。

これ以上我を張って迷惑をかけるべきではないと判断し、戻ることにした。



とりあえず腕をロニードに診て貰おう。


家を案内して貰った時、ロニードが借りている部屋も教えてもらっていた。多分その部屋に居るだろう。




ロニードの部屋の前まで行って扉を叩いてみた。しかし、返事がない。


居ないのだろうか?少し考えてから、扉をそっと開けてみる。



すると、少女が一人椅子に座って本を読んでいた。


レティだ。

どうやら読書に夢中で気づいていなかったようだ。


邪魔しても悪いと思い静かに立ち去ろうとした時、レティがこちらを向いて目が合った。


レティは無表情のまま首を傾げる。

「……」

何か言わなければと思ったが、咄嵯には言葉が出てこなかった。

暫く沈黙が続く。



「……あの…」

レティが口を開いたことで何とか言葉を絞り出す。


「あ、いえ。すみません。勝手に開けてしまって……」

「ううん。大丈夫。」

レティは小さく首を横に振る。


それから、それで?と首を傾けた。

「その、訓練でちょっと怪我して、ロニードさんに治療して貰おうと思って。」


「……ロニードなら畑の薬草摘んでる。多分もう少しで来る。」

そう言えば家の裏手に畑があったな……。



「わかった。ありがとう。

邪魔してごめん。」

それならば、ダイニングで待ってた方が良いだろう。


部屋を出て扉を閉めようとしたとき、レティが声をかけてきた。

「……ランジスに鍛えられるの大変だと思う。頑張って。」

レティの言葉に驚く。


まさか、この子から励ましの声を掛けられるとは思わなかったからだ。


「ありがとうございます。」

励ましの言葉に感謝を告げる。

レティは相変わらず無表情だったが、微かに微笑んだ気がした。



それから扉を閉めダイニングへ向かった。

ダイニングに着くと、丁度ロニードが帰ってきたようだった。


「ただいま帰りました。あ、クロガネ君。ごめん、待たせてしまったようだね。」

「ランジスから聞いたよ。怪我したそうだね。」


ロニードの後ろにランジスがいた。どうやら怪我した事を伝えて連れてきたようだ。



そして、早速診察を始めるようで席に着いた。


腕を出すと、血が流れ出している傷口が見える。

傷口自体はそこまで深くはないが、かなり腫れていた。これだと痛むはずだ。


クロガネの腕を手に取ると、ロニードの顔つきが変わった。真剣そのものといった様子で、手際よく止血をし、消毒する。

次に、ガーゼを当て包帯を巻いていった。


ちなみにランジスは先程まで酒瓶片手にソファで寛いでいたが、いつの間にか向かいのテーブルの椅子に座り、頬杖をついて興味深げにその様子を眺めている。



手当が終わると、ランジスがおもむろに口を開いた。

「クロガネ、お前さん、明日俺と一緒に出掛けるぞ。」


唐突な誘いに驚く。


ランジスに付いていくのは不安しか無いのだが、今の状況では断る訳にもいかない。

仕方なく同行することを伝える。


ランジスは満足気に笑った後、何故かとても楽しげに酒を煽っていた。



……何なんだ一体……

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シロツメクサの約束 @rapanndorune

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