一話 シロツメクサの香り

笑い声と食器の音が乱雑に音楽を奏でている


そんな中、先ほど出会った男と向き合って座っていた。

……なんでこの男と食事することになった?

目の前に広げたメニュー表の文字を追いながらこれ迄の経緯を思い出す。



―――――――――――――


「飯、食うか?」

「……いいです。」


家族を奪った奴らの施しを受けるつもりはない。そんな恥をかくぐらいなら餓死の方がましだ。

緩んだ男の手から刀を抜き、鞘に納める。

さっさとこの場から離れよう。この男と一緒に居ると変に苛立ちを覚える。


鮮やかな緑の木々を足早に歩いていく。

とにかく男から距離をとりたい。



なのに、男は後ろからついてきた。


「おーい。どこ行くんだぁー?飯食うんだろー?」

間抜けな声が聞こえてくる。

…俺が言った言葉は聞こえなかったのか?はっきりと断ったはずだ。


男の声を無視して更に歩くペースを早くした。だが男はついてくる。


まさか、ついてくる気か?冗談じゃない。


……仕方ない。無視してもついてくる気なら拒絶していると示せば消えるだろう。

「施しは受けないと言ったはずだ」

振り向いて男に言った。


「そんな事言ってたか?」

男は首を傾げた。

こいつとぼけてやがる…。

別に可愛くもない仕草とにやついた顔にイラッとくる。


そのまま男は続けた。

「いいです。とは言ってたがな。


つまりは、YESってことだろ?」

言い終わって男はニヤリと笑って見せた。


「というわけで、食事にでも行こうや」


――――――――――


こうして俺は無理やり店に連れていかれたのだ。抵抗したが力の強い相手には無力だった。

抵抗虚しく店まで肩に担がれて運ばれ、席に座らせられたのだ。


「まだ注文決めれないのかぁ?」

男の声に回想から現実に戻る。いつの間にか止まっていた音が流れ始めた。


数分も時間は経っていないはずなのだが…

男はすでに注文を決めていたようだ。

早く注文するように急かしてくる。


仕方ない。さっさと注文して食べよう。

こいつとこれ以上一緒に居たくない。


…とはいえ、奢りならば沢山食べねば勿体ない。腹いっぱい食べてさよならしよう。

とりあえず肉料理全部注文しとくか。


男が店員を呼び注文をしはじめた。

男は酒とつまみをいくつか注文すると、俺に注文を聞いた。


「ここにある肉料理全部で」

俺は店員に向かって注文した。

男は驚いた顔をしていた。ざまーみろ。

店員も驚いた顔していたが、承りましたと厨房へ消えてった。



料理が出来るまで時間がかかる。

沈黙。

そもそも、よく知りもしない二人が食事に行って何を喋ればいいのだろうか。

しかも、恨みがある奴との食事とあれば無言にもなる。


男は店員の女性を目で追うことに忙しいようだ。

自分もつられて店をみまわす。


騒がしい店を一通り見回した。まだ時間はかかるようだ。

……そういえば、この男のことしっかりと見れなかったな。周りを見ている振りをしながら、チラリと視線を男に向ける。


その男は、60~70代だろうか?白髪にシワのある顔。鋭い目にいかつい髭。口角は常に上がっていて人を馬鹿にしてるような顔。


ここまで観察して名前を聞いていない事に気づいた。

名前を聞き出すか?いや、聞いてどうする。

頭の中で考えていると、視線に気づいたようで男がこちらを見る。


目があってしまった事にびっくりして、慌てて目線を戻す。

が、男はじっとこちらを見てくる。

会った時と同じような目線に落ち着きが無くなりそうになる。


「な、何だよ」

耐えきれず男に聞いた。

本当は口もききたく無いが、この視線が多少でも柔らいで欲しかったのだ。それほどまでに男の視線は苦手だった。


「あぁ、いや。お前の名前聞いてなかったと思ってな。名前は?」

男はそう言ってお酒を店員から受け取った。

多少柔らかな視線になって安堵を覚えた。

だが、名前を男に教えるつもりは無かった。

男の言葉を無視した。


「俺は、ランジス。」

目の前の男はそう名乗った。

…相手が名乗ったのに答えないのは失礼になってしまう。

相手が誰であろうと失礼な事をしてはいけない。それが父の教えであった。


「…俺はクロガネ。」

渋々俺は名乗った。

男はニコッと笑って言った。

「クロガネな。じゃ、これからよろしくな。」

「は?」


思わず口にでていた。

これからってどういう事だ?

これからなんてある訳がない。

どういう事か男に聞こうとした時、

「鹿のワイン煮込みです。」

注文した料理が机に運ばれてきた。

質問のタイミングを逃してしまった…。


どんどん出てくる肉料理。

すぐに机が肉料理に埋まってしまった。


夢中で肉料理を貪っていく。

ガツガツムシャムシャカチャカチャ

久しぶりの食事。しかも贅沢な肉料理に心を奪われていた。


全て食べ終わった頃には、お皿が天井に届く程に高く積み上げられていた。

店に居る人達は高く積み上がった皿に歓声をあげた。

「すげぇな兄ちゃん!」

等と店の人達に声をかけられる。


「いい食べっぷりだったな!」

男も笑顔で言った。酔ったのだろうか?馴れ馴れしく肩を抱いてきた。

なんとか離れようとしたが、やはり力が強い。


男に捕まえられながら店を出る。

「それじゃあ、これで。」

体をひねって男の腕から逃れる。

あっ!と驚き顔をした男から走って逃げた。


「おい!待てって!」

後ろの方から声が聞こえた。

追っかけているのだろう。

だが、こちらは全速力。お酒を飲んだじじいが追い付けるはずがない。


走って、走って、走っていく

人をけがをしている人を泣いている子を龍の紋の軍人を抜いていく

崩れた家を焼き焦げた店を鳴らない時計塔を抜いていく


夢中になって走り、限界まで足を使った。

何故なのだろうか。あの男、ランジスから離れなければならないと強く感じた。


そうしてたどり着いた先は、帰ろうとしていた森の反対側。街の真ん中、城が見える大きな広場だった。


広場の中では、沢山のテントが建っていた。

怪我人や子供等大勢の人々で埋まっている。

そして、龍の紋の軍人が巡回していた。


ここはドラグゥエルの拠点なのだ。

その証拠に、黒地に金の龍の旗が掲げられている。ドラグゥエルの国旗だ。


無我夢中で走ってたらこんな所まで来てしまった。戻ろう。

もと来た方向へ足を向けて立ち去ろうとした時、声をかけられた。

「おい、何処へ行くんだ?見たところ孤児だろう?保護するから、こちらに来なさい。」


しまった。もう疲れて走れない。

いや、走るしかない。走れ!


棒のようになってしまった足を無理やり動かす。走れ!


「あ、何処へ行くんだい!!戻っておいで!」

追いかけてくる。ダメだ、追い付かれる。

もっと早く、早く、早く……


…あっ!

足を酷使したせいだろう。小さな石に引っ掛かり、足がもつれた。

転ぶっ!!

思わずギュッと目を瞑る。


…………

…………………?


しかし、いつまで経っても地面に衝突しない。

何かが体を支えている。


目を開けると、ランジスが居た。

腕で体を支えられていた。


「ランジスさん!何処へ行ってたんですか?」

声をかけてきた軍人が敬礼して言った。

どうやら、ランジスはそれなりの階級にいるようだ。


「おう、ちょっとこの子を探してたんだわ。」

ランジスはそう言って俺の肩を叩く。

「こいつは知り合いの子でな。個人的に引き取ろうとしてたのよ。」


個人的に引き取る…?軍人としてでなく?

一体なんなんだ…。

頭の中は疑問でいっぱいいっぱいだった。

訳が分からないうちに二人の話しは終わったようだ。

軍人は敬礼して元の道へ戻って行った。


……………。

また沈黙。


この沈黙を今度は俺の方から破った。

「な、なぁ。貴方は一体何者なんだ?」

おずおずとランジスに聞いた。

「何者ってか?

…俺はランジス。見ての通りドラグゥエルの軍人だな。」

さらりとランジスは語った。

確かに何者と聞いたが聞きたいのはそうじゃない。


「知り合いって誰だ?…何で貴方が俺を引き取るんだ?」

じっとランジスを見つめる。

聞きたかった事はこれだ。

何故。俺の頭の中をいっぱいにした疑問。


ランジスもじっと俺を見つめる。

時間が経ち、ランジスは少し目線をずらした

それから、口を開いた。


「口から出任せだよ。お前が暴れそうだったからな。とりあえず、あいつを追っ払いたかったんだよ。」


「口から出任せ…?」

「……それじゃあ、何故こんなに俺に構うんだ?」


無言。

ランジスは俺の問に言葉を悩んでるようだった。

少しの間。だが、長く感じた時間。

何故か、凄く気になった。何だか懐かしい香りを感じた。


「…お前が気になったからかねぇ?」

やっと口を開いた。

疑問系ではあったが、本心なのだろう。


「お前が森の中で刀を振ってたのが気になってな。」

「何か理由があって刀を振ってたんだろう?強くなりたい理由が。」

口が一旦開くとスラスラと言葉が出てきた。


じっと俺を見つめ直してランジスは言った。

「……だったらよ、俺に着いてきてみな。強くなれるように鍛えてやる。

これでも強さには自信があるんだ。滅多にない機会だぞ?」


「強くなりたい。」


この男に近づくなと頭の何処かで訴えてきていた。

でも、懐かしい香りがしたんだ。父が愛したシロツメクサの香りが。

……何故か、ランジスは父を知っている気がしたんだ。


だから、ランジスについて行こうと思った。


「付いていくよ。よろしく、ランジス。」

「おう、よろしく。クロガネ。」

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