男装する私と可愛い親友に百合はいらない

チクチクネズミ

#百合を許さない

 うっすらと寒くなってきた季節となり、長袖を着て温かい格好をする人が増えてきた。これ見よがしに手を温め合うカップルもいる。ほら、目の前のショーウィンドウにも手をつなぐカップルがいる。


 ……うん、どう見ても男女のカップルだよね。異性とのデートだよね。変じゃない。


「葵ちゃん私ちゃんと男になっているよね」

「男の子は自分のことを男だとか言わないの。う~ん私もちょっと警戒心なさすぎるのかな。それとも抱き着いた方がいいかな」


 いきなり手を離したかと思ったら、いきなりぎゅっと私の腕を抱きしめる。

 ふわぁっと女の子らしい甘い匂いがふわふわの茜色の髪から漂う。くすぐったいし、ドキッとする。やっぱり葵ちゃんはちゃんと女の子だ。

 ガラス越しに映っている男装している私を改めてみると男っぽい、逆に言えば女の子にしては地味で垢抜けない。化粧なんてどうやるかわからないし、小中の間にすくすく伸びすぎた身長と相反するように貧相な胸。そしてショートカットで直毛の髪のせいで、後姿でよく男と間違えられるなんて日常茶飯事。こうやって葵セレクトのジーパンとロンTに腰に巻いた合わせて着れば完全に男の子。


 それに比べて、葵なんて体も顔もお人形のように小さいし、女の子の成分を足の指の間から髪の毛一本一本まで染み込ませているんじゃないかってぐらいに完璧に可愛い女の子。ほらまた通りすがりの男性が葵をボーっと見てる。

 私には注目なんてされない。


「あのね。デートの相手私でいいのかな。ほら私地味だから」

「関係ない。というか、私のコーデと『ほら真正面から見ても男の子だよ』の化粧をしたんだからあかねが異性に注目されないのは私のせいだから。今回は将来男の子とデートするための予行練習デートなんだし」


 たしかに葵のメイクは本当に完璧だ。前に私が自分でやったときはお化けのメイクでもしたのかってぐらいに失敗したのに、葵がやったメイクは宝塚もかくやとは言わないけど、女の子らしい部分を完全に隠してかっこよくした。

 でもぷるんと潤んでいる桜色の口紅から、はっきりとモテないのは自分のせいと言える葵の方がかっこいいと思ってしまう。可愛いもかっこいいも両方併せ持つ親友、クラスの男子も女子も葵のことを可愛がる。でも葵はずっと私の友達で、誰から告白されて撃墜したかとか、新しい香水買ったとか大事なことは真っ先に私に知らせる。

 どうして私に優しく話しかけてくれるのだろうと考えても考えてもわからない。

 だから彼女は私の憧れで、親友だ。


「それに女の子同士でデートしてもおかしいことなんてないから。普通の普通だって。それを百合だなとかの言葉で済ませるほうクソなの。よくSNSで尊いとかいいものいただきましたとかあるけど、告白されたらキモいし、いっそ『#百合を許すな』ってタグをバズらせようかしら」

「バズるかなそれ」

「バスったら一躍インフルエンサーの仲間入りかも」

「妄想しすぎ」


 ぶーらぶらとつなぐ手を揺らしながらたわいもないことを口にする。でも葵はそんなたわいない話でも可愛く話す。きっと本物の男の子が隣にいたらメロメロだろう。どこからそんなかわいいが出てくるの? 喉から? 口から? それとも舌?

きっとどこから切っても金太郎飴のようにかわいい葵が出てくるのだろうと物騒なことも思ってみたりした。


 ぶーらぶら当てもなく歩いていると、街角でピンクに彩られるタピオカ屋を発見した。だいぶブームも過ぎているあおりでかお客は誰も入ってなく、可愛らしいテーブルや手書きの付箋が貼られたカウンターに誰も並んでいないのが余計にものさみしさをにじませる。


「おータピオカ屋まだ元気にやってるね。もうブーム過ぎているのに」

「それ皮肉?」

「応援しているの。ほら負けているチームが諦めずにプレイしているのを応援するみたいな。おねーさんミルクティー一つ。ほら、一点入った」


 小悪魔な口ぶりから一転して天使の笑みに代わる。あーまぶしい。葵が歩いた後も歩く先もみんなキラキラしていて、消えてしまいそうだ。ああ、両手で受け取る姿も様になっているなぁ。


「おー、あおちゃんもついに男の子とデートなんだね」


 ふと後ろから声が飛んできた。いつも葵を可愛がっている女の先輩だ。名前は知らないから先輩とする。相手も私のことを男の子だと思っているからお互い知らない知らないようだからお互い様ということで。


「そうですよ。私も女の子ですから」


 わざとらしく腕を抱きしめていつもの強気な葵の口調の中に、こわばりがあった。まるで小動物が大型犬におもちゃにされないように必死に威嚇しているかのような、怯えが。


「あの時のこと引きずっていたんだ。ちょっと指摘しただけなのに、葵は行動力の化身だね」


 いつもの葵ならここで何か言い返すはず。だけど口を歪ませながら何も言わずいる。


「葵ちゃんは僕の方から誘ったんですよ」


 何も言えない葵に代わって男の子になっている私は低い声でしゃべってやった。ここまで来たら男の子になってやろう。


「彼氏君、かっこいいこと言うね。でもその子、男の子と遊ぶことなんて全くなかったんだよ。そんなに惚れる要素あるの?」


 まるで全部知っているかのように彼女の罪を告発する先輩。

 うん、知っている。私は親友だもの。毎日毎日誰の告白を蹴ったとかこんなことあったと葵の口から聞いたこと全部覚えているよ。だって私は――


「好きですよ。葵ちゃんのことは好きになっていますよ。だって葵ちゃんはこんなに可愛いですから、女の子でも男の子でも好きになっちゃいますよ」


 あっけにとられる先輩に、私は葵の手を引っ張りさよならして駆け出す。やっと先輩の姿が見えなくなると、葵が膝を折ってぐずっていた。


「ごめん見え張って。前あの先輩に、いつも告白されているのに一度も男の子と付き合っていないのは変と言われて悔しくて。あかねなら私のお願い聞いてくれるって甘えて。嫌なのわかっているのに、私ひどい人間だ」


 ぼそぼそとさっきまでの勢いが消えてしまった葵の目にはキラキラの元が零れそうになっている。


「平気だよ。言い返してやったもの」

「よくないよあかね。私に怒ってよ。私みたいにならないでね」


 初めて見る自責の念に打ちひしがれながらすがりつく葵は、必死にに怒ってほしいと懇願している。


 でもごめんね葵、私もひどい人間なんだ。あの日、校舎裏で葵がさっきの先輩に告白したところを見ていたの。葵が初めて私の前で泣いていた姿も見ちゃった。悔しかったんだよね。やっと自分が本当に好きと思える人がいたのに相手がその気じゃなかったからだよね。

 でもそれだけじゃないんだ。葵が華麗に撃沈してしまったとき私、ああよかったって思ってしまったんだ。私と居る時間を奪うな! 振られてしまえって祈っちゃったから。

 だからこれは贖罪。私の憧れで親友を悲しませないように、私がまた嫉妬してしまわないように。


「うーんそれは無理。だって葵は私の憧れの女の子だから」

「っぷ、なにかっこいいこと言ってんだよ」


 ぼすぼすと痛くない可愛らしい音でわき腹を叩く、いつの間にか葵の目からきらきらの元が消えていた。


 だいぶ歩くと、目の前にユニクロが見えた。安くて簡素で美的センスが壊滅している私がいつもお世話になっているこの店。葵を待たせると、私はモノトーンのスカートを一着買って、試着室に入る。寒い日の中を温めてくれていたジーンズを脱いで素肌をさらすと少し寒い。そして鏡に太い足にそんなにくびれてない腰まわりと女の子にしてはだらしない下半身が映る。


 女の子らしくない。可愛くない。でもこれが私なんだ。大好きな葵といられるのはこの私なんだ。お世話になったジーンズを折りたたみ紙袋に入れて、税抜き千九百円のスカートに履き替える。私が戻ってくると葵はぱっちりつけまつげとアイシャドウが入った大きな目で、地味なスカートを見る。


「スカート履いてる」

「こっちの方が涼しいからね。ズボンあんまり穿きなれてないからきつくて」

「そっか」


 葵はそれ以上何も言わずに短く答えて手を差し伸べる。 

 男の子の時間はお終い。

 これからは二人の時間。だって私たちの間には男の子も女の子も関係ない。残っていたタピオカミルクティーをずずっと飲みながら私は聞いた。


「ねえ葵から見て私ってどう?」

「きれいだよ。私が保証するもの」


 そっか。葵から見て私はきれいなんだ。

 ちょっと自信が出てぎゅっと再び手をつないだ手を強く握る。ふわふわであったかい大好きな親友の手を握りながら二人っきりのデートを続けた。

 さっきのショーウィンドウを通ると、私は、私に向かって言う。


「変じゃないよね。女の子でデートなんて」

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