行くは我が道、賑やかに

きさらぎみやび

行くは我が道、賑やかに

 私たち夫婦が長らく乗ってきた相棒であるこだわりのマニュアル式の中古セダンから最新式のミニバンに乗り換えたのは、結婚してからちょうど5年目の事だった。


 結婚する前の独身時代から夫が乗っていたその車は、彼が中古で購入した時点で走行距離が4万キロを超えていたらしい。

 これはおよそ地球1周分とのこと。その後乗り換える時に走行距離を聞いてみたら、8万キロを超えていた。

 夫が車を手に入れてからさらに地球を1周したことになる。


 その内の半分くらいは、私も一緒に乗っていたような気がする。


 改めて考えると、とにかく前の車は賑やかだった。

 ギアチェンジをする際には常にガコガコという音がしたし、運転席と助手席のサイドバイザーのビスが緩んでいたからか、ちょっとスピードを出すと風を切る音が車内まで聞こえてきていた。ワイパーのゴムがへたっているからか、雨の日になるとワイパーが雨を掻きとるたびにフロントガラスからキュウキュウとまるで子犬の鳴き声のような音が鳴っていた。極めつけは速度警告音で、スピードが出すぎるとキンコンとチャイムのような音が鳴る。

 一定のリズムで刻まれるその音は最初は気になるものの、長時間聞いているとむしろだんだんと眠気を誘ってくる。だいぶ前に廃止になったらしいけど、理由の一つとして「眠くなるから」ということがあったと聞いて、深く同意したものだ。


 そういった諸々の事が、車の運転をしない私が分かるくらい、夫と一緒に車に乗っていたことになる。


 一緒に旅行をするときにはもちろん、私が実家に帰るときも乗せてもらったりしたし、友人たちと遠出するときに夫に車を出してもらったこともある。


 たわいのない話を延々続けたこともあるし、将来について真剣に語り合ったりもした。車内でこっぴどく喧嘩もしたし、あっさりと仲直りをしたりもした。


 そんな思い出が詰まった車だったから、手放すときは当然夫も感慨深そうだったけど、なんだか寂しさが込みあげてきて私の方が涙ぐんでしまった。



 前の車が私たちの前から去って1週間後に、新しい車が私たちの元にやってきた。


「とりあえず、試運転でそこらでもドライブしてみる?」


 夫の誘いに乗って、私も助手席に乗りこんだ。走り出してから気がついたのは車内がとても静かなこと。走り出していることに気づかなくらいにスムーズに動き出したので、私は思わず夫に話しかけていた。


「本当にこの車は静かなのね」

「まあ、どっちかというと前の車が賑やかだったんだけどね」

「でもなんだか静かすぎて落ち着かないかも」


 私がそう言うと、夫は運転席でハンドルを握りながら苦笑していた。


「慣れるまで時間がかかりそうだね」


 しかしその心配は杞憂だった。


 車を買ったすぐ後に私達に子供が出来たからだ。

 新しい相棒の最初の重大な任務は私の産院への送り迎えだった。

 子供が生まれて最初に我が家に帰る手段ももちろん夫の運転する相棒に乗ってだった。子供を相棒に乗せる様になってからは、私の指定席は助手席から後部座席のチャイルドシートの隣に変更になった。


 夫の運転で移動中もなにかと騒がしい子供の世話で忙しく、とても前のように助手席に乗って夫と並んでお喋りなどは出来るわけもない。


「けっきょく僕らは常に賑やかな車に乗る運命なんだね」


 そう言って笑う夫の顔をバックミラー越しに見ながら、元気な泣き声で賑やかな車内で私もつられて微笑むのだった。

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