第172話 キルト王国

 大峡谷を抜けた北の出口に要塞を建築した俺は、次の目的地を北の大地中央北東部に位置する旧キルト王国に定めた。

北の帝国が滅んだ今、北の大地――中央山脈に隔たれた大陸の北側の意味――での対魔物の拠点として、旧キルト王国の存在が急浮上していた。

今では北の帝国に占領され、国としては存在しないが、その地を活用しようという案が出たのだ。

これはキルト族の悲願である祖国奪還も視野に入れた案だ。

地理的なものを訊くと、氷で閉ざされた北部山脈と中央山脈の間には砂漠地帯があり、その砂漠の北東側に広がる大地が旧キルト王国となる。


 北の大地の西側半分は北の帝国固有の領土だ。

彼らは陸上戦艦を手に入れ自らの手で改造を加え戦力化に成功したおかげで、砂漠から東へと侵略の手を広げ、ついに全ての東の小国群を占領してしまったのだ。

砂漠地帯が緩衝地帯になっていたのだが、それを陸上戦艦で越えることで侵略が容易となったのだ。


 侵略の順番は中央山脈に近い小国からで、これはその部分の砂漠が比較的狭かったことで侵略が容易であったことと、大峡谷からのリーンワース王国との取引が可能となる経済的な利点、そして見逃せない宝があったからだった。

それは遺跡だった。旧ガイア帝国が残した遺跡が中央山脈に近いところから発見されていたのだ。

北の帝国では遺跡は自分たちの所有物であり、他国に存在していても手に入れる大義が発生するため、その遺跡を取り戻すためだけに他国を侵略していった。


 これは近年陸上戦艦を手に入れたことによって実現したことであり、更なる遺跡の確保のより北の帝国の陸上戦艦は増え、それが更なる侵略の手駒となっていった。

ザール連合国やルナトーク王国も、この中央山脈に近い国々だったが、遺跡があるわけではなかった。

最初は言葉巧みに不可侵条約を締結し、遺跡への通過点として通行許可だけが条約により取り決められただけだった。

そのように安心していたところに、北の帝国はついにその本性を現す。

陸上戦艦の電撃侵攻で残った小国も刈り取られてしまった。

ついに東の果てで商国が軍門に下り、東海岸の強国ルナトーク王国が落ちたことで、北の帝国は東の海を手にすることになった。

それは南の大地へと向かう第3の通路を手に入れたということであり、北の帝国の野心を表すものだった。


 キルト王国は王都が存在しているものの、国民は牧畜を生業とし、放牧で生計を立てているような素朴な国だった。

そのような酪農国を攻め滅ぼすのは北の帝国にとって特に旨味はなかったが、南の大地へと進出するのに背後に敵を抱え続けるのは面白くない。

ただそれだけで国を滅ぼし、奴隷として売ろうという安易な決定がなされ、平和に暮らしていたキルト族は国を滅ぼされることとなった。


 なぜこのような決定がなされたのかは、占領後のキルト族への扱いで判明した。

彼らにとってキルト族は穢れた血の持ち主という扱いだったのだ。

北の帝国にとって、勇者の末裔であることが最高の誉れだった。

それ以外、特に人種から違うキルト族は、彼らから劣等民族と蔑まれていたのだ。

滅ぼすのに手間がかかる価値のない連中、そのような判断で最後まで残されていただけだったのだ。


 その無慈悲な侵略者、ガイアベザル北の帝国は魔物のスタンピードで滅ぼされた。

理由はわからないが、北の帝国が魔物に狙われたかのようだった。

魔導レーダーのパッシブモードにより捉えた結果によると、魔物は北の大地の北西部から西部の帝都まで、帝都から大峡谷までに多く分布していた。

帝国内を蹂躙し、進路を大峡谷に向けたかのようだった。

つまり砂漠から東には魔物はほとんど到達していないということだ。

魔物の軍勢も砂漠越えは問題があるのだろう。


 つまり北の大地の砂漠こそが魔物を寄せ付けない天然の緩衝地帯になっている。

その砂漠の東側に面した最も西の国こそが旧キルト王国なのだ。

この選定には戦略的な要素もあるが、当然キルト王国奪還の悲願を実現させるためでもある。

サラーナ達キルト族に戦争の傷跡を見せるのは酷かもしれないが、故国を奪い返すことはキルト族にとっては何にも代えられない尊いものとなるはずだ。


 弾着観測機VA52によってアクティブレーダーの探知範囲が広がり、旧キルト王国をレーダーで細かく探知することが出来た。

その結果、あれだけ小国群に駐留していた陸上戦艦の反応は全く見受けられなかった。

魔物が砂漠地帯に少しいるようだが、脅威になるほどではない。

どうやら北の帝国の陸上戦艦は帝都防衛のために占領地を出て帝都に向かったようだ。

パッシブレーダーを王国内は向けてみても魔物と魔導機関の魔力反応が無い。

これはもしかするとザール連合国も奪還可能かもしれない。

魔物を退治すれば、国民達に国を取り戻してあげられる。

北の帝国民の生き残りとか、商国のような率先した協力者の存在で面倒事が多そうだが、国民達の喜ぶ顔が浮かんで来る。

やるしかないだろう。


「待たせたな。

大峡谷要塞は完成した。

ここには新造された駆逐艦を2艦配備する。

魔導砲も重力加速砲も配備した。

ベヒモスやワイバーン如きには落とされはしないだろう」


 俺は遠征艦隊15艦の前で演説をする。


「全艦これより魔物を殲滅しつつ北上する。

目的地はキルト王国王都。

そこを対魔物の拠点とする」


「「「うおー」」」


 艦隊にはキルト族の乗組員も多い。

キルト王国を奪還出来れば、次はザール連合国だということもわかっている。

全ての乗組員の士気は最高まで上がった。

キルトの王城も要塞化するつもりだ。

倒したベヒモスは材料としてインベントリに収納していこう。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 砂漠には砂漠特有の魔物が存在していた。

代表的なのはサンドワームだろう。

砂漠に潜っているため魔導レーダーに反応が出ないのは盲点だった。

このサンドワームは文明的は兵器を持っているわけではなく、一見それほどの脅威ではないように思える。

しかし、陸上戦艦の装甲をも噛み砕く牙と、火薬砲や蒸気砲程度なら弾き返す装甲が全身に施されていた。

対人では恐ろしい相手だが、空中に浮いている陸上戦艦にはその牙も届かなかった。

キルト王国の土地の地下は硬い岩盤らしいので、そこへはサンドワームも進出して来ていなかった。

砂漠には大型のサソリレッドスコーピオンもいて毒液を針から発射していたが、そのサソリもキルト王国までは進出していなかった。


『主君、あれを!』


 ティアンナが乗るエルシークから魔導通信が入った。

その艦首が向く先には北の帝国のものと思われる陸上戦艦の残骸があった。

そこにはサソリの魔物レッドスコーピオンが纏わりついており、撃墜された後なのにも関わらず執拗な攻撃を受けていた。


「なんだこの光景は……」


 考えられるのは、魔物の目的が陸上戦艦の排除にあるということ。

残骸でさえ許さず攻撃し続ける。

だからベヒモスも対陸上戦艦用の大砲を背負っているのか。

ワイバーンの爆装も対陸上戦艦の装備だと思えば納得がいく。

サンドワームの牙やスライムの溶解液も陸上戦艦を無に帰するのが目的だったのだ。

その考えると辻褄が合う。いや、合ってしまう。



「もしや俺たちがキルト王国に陸上戦艦を持って行った結果、魔物をキルトの大地に呼び込んでしまうのか?」


 俺は一抹の不安を覚えた。

大峡谷にも抑止力として駆逐艦を2艦残して来た。

それが魔物を呼ぶのならば逆効果だったのかもしれない。

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