第134話 商国特使
「申し訳ありませんが、我が王は特使殿たちとは会えないと仰っている。
その理由は、特使殿ご自身の胸に訊くようにと」
ペリアルテ商国の特使団に面会拒否の通達をしに来たのは、キルナール王国の将軍として鎧を纏った正装姿のティアンナだった。
彼女はクランドの意向を受け、特使団に直接面会拒否を伝えに来たのだ。
「もしや、このメイドたちの事で誤解があるのならば謝罪いたします。
彼女たちには我らの処遇がいかにまともだったかを証言してもらおうと連れて来たのです。
当然、この場で解放し引き渡すつもりでした」
カムロは、ルナトーク出身奴隷であるメイドを連れて来たことで誤解を生んだのだと思い、弁明に必死だった。
まさか、奴隷の扱いが悪くなかったことの証明として連れて来たことが徒となるとはとカムロは焦っていた。
「我が王は、確かにそのことも気に病んでおられたが、そんなことが理由ではない」
だが、ティアンナは
「わかりません。なぜ話も聞かずに拒絶するのでしょうか?」
カムロは他の理由に思い至らず困惑した。
話も聞かずに拒絶されるだけの理由が理解出来なかったのだ。
「なるほど、特使殿は知らないとみえる」
ティアンナが、そこで得心したという表情を見せた。
「なんのことでしょうか?」
カムロは、そこに突破口があると察し、問い返した。
「我が王は、特使殿が知らないのであれば、
ティアンナの4人と強調する口調がなぜかカムロの耳に強く残った。
「4人とは、この中の1人と会えない理由があるということでしょうか?
それは誰で、どうしてでしょうか?」
心当たりのないカムロだったが、1人を置いていくだけでクランド王に会えるのならば、その1人を斬り捨ててでも会いたいと望んでいた。
「それは
だが、ティアンナの口からはここに居ない者の名前が告げられた。
「ハンス? こちらはハマスですが?」
カムロに思い当たるのは、似た名前のハマスだけ。
だが、なぜ名前を
「どうやら、そちらの方はその名を知っているようですが?」
ハンスと呼ばれたハマスは、迂闊にも反応を示していた。
まるで、それが自分の本当の名前だったかのように。
「ハマス、まさか!」
偽名を使っていたとするなら、それはハマスには後ろめたい事実があるということだった。
「いや、旦那、俺はハマスと呼ばれたのかと思っただけですぜ」
しかし、クランド王が排除すると言った以上、ハマスには何か裏があるということだった。
「ハマス、お前は残れ。
それにより面会が叶うなら、お前を連れて行く意味はない」
「しかし、ガイアベザル帝国との折衝絡みは俺がいないと……」
ここでカムロはようやく気付いた。
ハマスの仕事はあまりにもガイアベザル帝国と近すぎると。
つまり、ハマスはガイアベザル帝国に与するスパイの可能性があるのだ。
それをクランド王は暗に示したという事なのだろうとカムロは察した。
「かまわん。お前は待機せよ(いったい、どれだけの秘密情報がハマスから漏れたのか?)」
カムロは商国がガイアベザル帝国を裏切ろうとしている事実が帝国に漏れていないかと焦るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の予測とは違って、ペリアルテ商国の代表特使には裏が無かったようだ。
子飼いの部下がスパイだったとは知らずに、北の帝国との折衝をさせていたようだ。
北の帝国と話を付けるのが上手いのは、北の帝国の手先だったからであって、ハマスことハンスが有能だったからではなかったのだ。
ハンスを除くことで、俺は特使団と会うこととなり、彼らを応接室に通した。
ここは最前線の要塞内であり、俺が王だといっても謁見の間のような施設は作られていない。
その代わりとして一番まともな部屋が応接室だったわけだ。
「悪いが、あなた方を【鑑定】で調べさせてもらった」
俺は開口一番代表特使のカムロに事実を告げた。
これを失礼な行為と取るかは相手次第だが、結果が結果なので、この程度で怒るようならば商国と付き合っていくことは難しいだろう。
「そういうことでしたか……。
つまりハマスは帝国のスパイなのですね?」
カムロは【鑑定】を使ったことを非難せずに、自らがスパイを招き込んだことに落胆した様子だった。
「この要塞のことや、我が国の戦力を見られてしまったのは痛い。
北の帝国に情報が漏れないように商国は配慮してくれるのか?」
俺は、商国がやらないなら、こちらで処分するぞと暗に告げたつもりだ。
わざわざ会いに来たのだ。こちらと友好関係を結びたいのは間違いないと踏んでいた。
「私がここへと参ったのは、帝国に付くかキルナール王国に付くかを見極めるためでした。
この要塞や陸上戦艦の数々を拝見して、私はキルナール王国に付くことに決めました。
この決定は商国6代表から全権委任を受けており商国の総意となります。
もし、商国が裏切ることが帝国に筒抜けになっては、むしろ我ら商国が困ります。
ハマスの処分はお任せください」
カムロは、俺の予想通り、こちらとの友好関係を結びたいようだ。
今、北の帝国は、主力艦隊の大半を失い、占領地や属国への締め付けが緩んでいる。
それに加えて隣国に北の帝国の駐留軍以上の軍事力を持った国が進出して来たとなると気が気では無いだろう。
そして、その戦力を目の当たりにして、商国は俺たちに付くことに決定したということだった。
それは国を維持するための処世術なのかも知れないが、商国が北の帝国側に立ってルナトーク王国の国民を奴隷として売った事実は変わらない。
我が国のルナトーク出身者には、奴隷として売った商国のことも、それを仕入れて仲介したリーンワース王国のことも良く思っていない者たちがいる。
友好関係と言っても一筋縄ではいかないだろう。
「ご存知かわかりませんが、我が国にはルナトークの民が多い。
友好関係といっても、奴隷として売られた感情的しこりがある事は覚えておいてもらいたい」
まあ、商国が友好関係を結びたくても、何も無理してこちらが応じてあげる必要はない。
その点でもめるならば、友好関係など無理だろう。
「言い訳になりますが、我らも帝国の意向に逆らうわけにはいかなかったのです。
確かにそれで儲けた商会も多いのですが、我らはその儲けを全て賠償としてお支払いする用意があります。
これぐらいしか出来ませんが、どうかお許しください」
そして、思いだしたというような感じで2人のメイドを紹介した。
「こちらは、元ルナトークの奴隷です。
この後奴隷解放のうえ、返還いたします。
我々がけして奴隷に惨い仕打ちをしたわけではないことの証人として連れてきました。
リザベラ、マヌエラ、そうだろう?」
「「はい。私たちは酷いことをされていません」」
隷属魔法で縛っていたなら、言われた通りにしか答えられない訳だが、この後奴隷解放して返還するとなると、直ぐに嘘がバレる。
ここで嘘をつかせる意味はないので事実なのだろう。
だが、他がどうだったかは、酷い扱いを受けた本人たちが知っている。
カムロの商会が良い待遇だっただけで、他の商会まで同じだとは言えないだろう。
「賠償が受けられるなら、ルナトークの民も喜ぶだろう。
我らがさらに望むのは、売った奴隷の買戻しと解放になる。
それもセットならば、受け入れ易くなるだろう」
俺の要求にカムロは考え込み、暫くして頷きを返した。
おそらく商人としてのそろばんを弾いたのだろう。
国益とかかる経費、それを天秤にかけたということだ。
「実現に向け前向きに検討いたします」
この返事を聞いて俺は正直がっかりした。
検討しますは検討すること約束しただけで、その実現の約束ではなく、後にどう転ぶかわからないということだ。
俺は更に圧力をかけることにした。
「今後、我が国はルナトーク解放のために動くことになる。
商国にはルナトークまでのルートの通行許可をもらいたい。
だが、もしそこでルナトークの奴隷を見たならば、俺はルナトークの民を抑える自信がない」
この脅しにカムロは青くなった。
もし自分が身内を奴隷として使われている現場に遭遇したらどう思うか、明らかに今後の火種となってしまうと理解した。
「わかりました。私の責任で奴隷解放を行います」
「おおそうか。頼むよ」
こうして商国は北の帝国の支配から離れ、キルナール王国リーンワース王国連合の一員となることを約束をした。
ただし、そのためには北の帝国の駐留軍を追い出さなければならなかった。
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