第85話 三国それぞれ

 ルドヴェガース要塞での防衛戦で助けた戦闘奴隷とボルダル奪還の際に捕虜となった者たちを加えて、ズイオウ領は人で溢れることになった。

とにかく住人に食糧を増産してもらい、共同食堂で供給していくしかなかった。

技術のある者には率先して仕事をしてもらおうとしてはいるのだが、まだ食と住の確保でいっぱいいっぱいの状態だった。


「主君、現在のキルトの民の総数は9,512人で、女7,367人、男2,145人になる。

各氏族毎に責任者を決め住居と担当の畑を割り振った。

氏族数は今のところ37あるが、現段階で人数が少ない氏族は共同で1か所の担当とした。

これは後に人数が増えれば均等化されていくと思うのだが、最後の民が解放されるまで、まだどうなるかは不明だ」


 ターニャの報告によるとキルト族は元々の氏族に分かれて代表者の選出と仕事の割り振りを決めたようだ。

元々氏族による統治を行っていたため、そのまま引き継ぐのが自然だし効率が良いのだろう。


「主君、今は食料が必要なので、その生産に大きく人員を割いているが、元々キルト族は牧畜を生業としていた。

今後は羊を飼って羊毛を採取し、そこから服飾産業へと繋げて行きたい。

キルト族はそのようなスキルを豊富に持っているので、主君にはその産業育成を考慮願いたい」


 そうだな。元々俺とキルト族の縁は家畜の世話が出来る人材を求めたことから始まっている。

国としても畜産と服飾産業の育成は推進して行きたいところだ。


「わかった。今後キルト族が最終的に10万人ほどに増えると考えると、羊は百万匹ほど必要かな?」


 おいおい。自分で言っておいてなんだが、とんでもない数だぞ?


「10万人全員が牧畜に携わるわけではないぞ。

羊毛から糸を紡ぎ、各種織物や服を生産する人員は別だからな。

だが、それでも牧畜に携わる人員の5倍の家畜を世話することが可能だ」


 そういやナランとゴーレムで牛十頭と羊二十匹の世話をしていたんだった。

しかもゴーレムは重量物を運ぶだけで実作業はほとんどナランがやっていたな。


「それとは別にキルト軍となる人員は半軍半畜になる。

奪われた家畜が無事ならば奪い返さないとならないが、出番が来るまでは普通に牧畜仕事をするつもりだ」


「わかった。必要なのは羊と?」


 俺が必要な機材を教えてくれるように促すとターニャが続けてくれた。


「糸車と織機と編み針や裁縫道具だな。羊毛を切るハサミと洗うタライも必要だな」


「その方向で進めるつもりだ。将来的に全てを用意することを約束しよう。

ところで自治の事なんだが、出来ればキルト族の中のことはキルト族の警備隊に任せたいのだが、どうだろうか?」


「それも仕事の片手間でやれることだ。

キルトは民族の結束が違う。それで問題ない」


「その仕事なんだが、警備隊員には肉ダンジョンでの肉確保も専従してもらいたいんだ。

他の国の民に肉を頼りきりだと変な力関係が出来かねないからな。

なので常任の警備隊兼肉ダンジョン担当という人員を確保して欲しい」


「なるほど。承ろう」


 よし、これでキルト族の方向性はなんとなく決まったぞ。



◇  ◇  ◇  ◇  ◆



「主君、ルナトークの民は総数21,548人、女性13,212人、男性8,336人です。

戦闘奴隷に取られた男性が多かったため、家族と巡り合うことが出来た者もおり、大変喜んでおります。

一部の男性は専門職を持っていたので、その職への復帰を希望しております。

残り男性の半数は軍人と傭兵であり、国軍への編入を希望しており、その他は農作業に従事する予定です」


 職業軍人と傭兵か。

ウェイデン伯爵を総指揮官に任命して編成させよう。


「国軍希望者はウェイデン伯爵を総指揮官に任命して彼の下に付けよう。

専門職の方達には聞き取り調査をして、その職に必要な道具などを揃えさせよう。

ただし、道具を持っての出奔は固く禁ずる。それは残る者への裏切り行為とみなす。

皆で協力しなければならないのに、その共有財産を自らのものにしようとする者は許さない」


 俺はつい余計なことを口に出してしまった。

ルナトークの民には奴隷解放されたとたんに、ここには残らずに自らの道を選んだ者が1割ほどいた。

その行為によって、ルナトークの民は民族としてのしがらみや国に対する帰属意識が希薄な感じがしてしまい、つい口に出てしまったのだ。


「それは当然です。出ていく場合は規定通りの金貨1枚のみとします」


 リーゼが苦笑いしつつ俺の気持ちを汲んでくれた。

まあ、ここで待っていればいつか家族も解放されて会えるかもと思って残ってくれればいいのだが。


「国軍と農業希望の方々はとりあえず開墾に回してほしい。

農地が圧倒的に足りていないので未開地を開墾してくれれば、俺がズイオウ川から水路を引く。

農地さえ確保できれば、後は魔道具でなんとかなるはずだ。

食料確保が軌道に乗ったら人手による農作業に移れるだろう」


「はい。そう指示します」


「ところで、代表者の選出はどうなっている?」


「はい。旧居住地域毎にまとめてみましたが、うまく行きません」


 ああ、元住んでいた地域が同じだからといって仲が良いわけではないもんな。

逆に上に立ちたがる人物で嫌われるタイプの人もいるんだよな。

それと家族と離された者が多くて孤立してしまっているのも問題だな。

これは職業毎の班でも作って強制的にくっつけるしかないかな?


「食事の調理に行っている者たちの仲はどうだ?」


「大変上手くやっているようです。あっ!」


 リーゼも漸く気付いたようだ。


「そうだ。同じ仕事の仲間で班を作って共同生活させてみろ。

うまく行かない者はすぐに別の班に移せばいい。

そこで班長を決めさせて代表候補とするんだ」


「そうします」


 ルナトークの民は人数も多いのでまとめ役も大変だ。

そうだ【鑑定】の結果でリーダーの素質があり利己的でない者をピックアップしてしまおう。

さっそく【鑑定】スキルを使うと、ズイオウ領全域に魔力が広がりそこに居る人々をサーチできてしまった。

魔導の極にそんな能力があったとは俺自身思っていなかったのだが、出来たのだから良しとしよう。

俺はさっそく【鑑定】結果から最適な人物を抽出してメモをとった。


「ちなみに、この連中がリーダーの素質ありと出ている」


 俺はリーゼの手にそっとリストを握らせた。


「主君、感謝します」


「なるべく早く、他人に仕事を任せてしまえよ」


 さて、ルナトークはこんなものでいいかな?



◇  ◇  ◇  ◆  ◇



「クランド、にゃんでミーニャにゃのかにゃ?」


 ザール連合国の民の報告をしにミーナが来たが、開口一番文句を言われた。


「それはザール絡みの民に獣人が多かったからだよ」


「あいつら傭兵にゃ。たまたまザールに雇われただけにゃ」


 俺の説明を聞いてもミーナの機嫌は直らなかった。


「獣人の国のガルフ国もザール連合の一国なんだろ?」


「元々はそうにゃ。でもみんな傭兵として各国に渡ってからは国は捨てているにゃ。

まあ、あいつらはいいんだにゃ。でもザール王国の奴らはミーニャの管轄じゃにゃいにゃ!」


「わかった。わかった。

これが終わったらザール王国?の者にやらすから、今回だけは許してくれ」


 俺がそう言うとミーナは「仕方にゃいにゃ」と呟きながら許してくれた。

どうやら、ザールは連合国家であるために、首長国のザール王国と獣人国のガルフ国とは同一視してはいけない微妙な関係らしい。

ミーナが多少機嫌を直したようで、渋々ながら報告する。


「ザールの民は獣人も加えると総数5,913人にゃ。首長国のザール王国の民が総数2,978人、男2,895人、女83人にゃ。

獣人国のガルフ国出身の傭兵が総数2,935人、男1,834人、女1,101人にゃ」


「また随分男女比が偏っているな」


 俺の疑問にミーナが説明を返す。


「仕方にゃいにゃ。全員戦闘奴隷だったからにゃ。

ザール王国の女は飯炊きで連れて来られて、現場でそのまま戦場に出されたらしいにゃ。

男で満足にゃ武器を持たさていにゃかった者も荷車を引かされた後で戦場に出されたそうにゃ」


 また随分と酷い扱いだな。

荷車はおそらく兵站物資、ほとんど食料だろう。

それが戦場に着くと飯炊きも荷車を引く労働者も必要なくなったのだろう。

つまり戦場で全員消耗させるために連れて来られたということだ。


「ザール王国の奴らはリーンワース王国に嫁いだ王女が産んだ姫を、クランドが妻にしたことで忠誠心が半端にゃいにゃ。

彼らは祖国奪還の師団を作ると息巻いているにゃ」


「獣人の方は?」


「戦闘奴隷から解放されたことを感謝しているにゃ。

北の帝国を恨んでいるからそのまま国軍に協力するそうにゃ」


「ギャラは要求されたか?」


「そんにゃもの傭兵の矜持をくすぐったから必要にゃいにゃ」


 ミーナがニヤリと笑う。

どうやったかは不明だが、最高の仕事をしてくれたようだ。


「とりあえずザール師団は、以前に俺に交渉を仕掛けて来た男に任せよう。

ただし、戦う機会が来るまでは肉の調達と開墾に勤しんでもらうからな」


「開墾は訓練ということでいけるにゃ」


 しかし、ザールも男女比の片寄りがひど過ぎるな。

そうだ。市場にはまだザールの奴隷がいるんじゃないか?


「ダンキン、いるか?」


「クランド様、ここに」


 ダンキンがさっきから俺の執務の状況を見ていたのは知っていた。

おそらく、俺が用事を言いつけると確信して側に控えていたのだろう。


「ザールの民も奴隷として売られているのか?」


「はい。左様でございます」


「それも王国への武器代金で調達してくれ」


 ダンキンが二ヤリと笑う。

その笑みは新たな金儲けができるという笑みなのか、それとも……。


「クラリス姫がここにやって来られたのを知った時に既に手配をかけておりました。

あと数日で陸上輸送艦が到着する予定です」


 やられた。こうなることを予想していたのか。

まあザールの戦闘奴隷を俺が連れて来たこと、俺がザールの血縁の姫を嫁に貰ったという状況を見ていれば簡単な推理かもしれない。

だが、それだけで直ぐに実行に移すというのは、やはりダンキン、出来る男だ。


 これでまた人が増えると俺の仕事も一緒に増えるんだが、それも仕方がない。

そのための魔導の極、生産の極だろう。俺がやれることはやってしまおう。

ただいつまでも俺頼りは困る。せめて自分たちの衣食住は自ら賄えるようになってもらいたい。

まが何人の国民が奴隷解放されてくるかわからないのだ。

新しい人たちを受け入れてもやっていける体制を築くことで国として成立するようにして欲しい。

それにしても、俺はスローライフを目指していたのに、また実現が遠退いてしまったな。

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