第86話 政治情勢2
リーンワース王国城内の国王執務室でリーンワース王とリーンクロス公爵が密談していた。
「してご老公、首尾の方はどうであった?」
リーンワース王の問いかけに、リーンクロス公爵は渋い表情を見せた。
「良い報告と悪い報告があるのじゃが、どちらから話せばよいかの?」
リーンワース王は、そんなの何方でも良いと思いながらも、良い方を選んだ。
「良い方からであろうな」
「良い方からじゃな?」
リーンクロス公爵は王の方へと少し身を乗り出して話し始めた。
「クラリス姫はクランド王に受け入れられた。
これでリーンワース王家とクランド王が縁戚となったからには彼の者もリーンワース王国を見捨てようとは思うまい」
「ふむ。これで一先ずバカな貴族によるクランド王暗殺未遂の件はどうにかなったか」
リーンワース王は安堵の表情を見せた。
このままクランド王からの武器供給が止まれば、リーンワース王国は北の帝国に屈することになりかねない。
武でもってクランド王を従わせようとすれば、おそらく北の帝国以上の脅威となる可能性があった。
そんな危険な相手に敵対するアホな貴族家は取り潰しとすることで、これ以上迷惑をかけないように抑えた。
「それと、ダンキン商会の会頭からザール奴隷の解放を引き受けたとの報告があった。
これでクランド王への武器代金をザール奴隷で支払うことが出来るのう」
それはこちらの狙い通りだった。
わざわざザールの血筋の姫を選んだのは、そういった思惑があったからだ。
戦争は人の命の他に国の財力と経済力を削る行為だ。
戦争に勝っても武器弾薬や出兵費用で金を使い過ぎれば国の経済が傾く。
その代価は負けた国から賠償として取らなければずっと赤字のままなのだ。
北の帝国との戦争は、今のところ全て持ち出しである。
兵の損耗ならば予め想定していた防衛予算でどうとでもなる範囲だが、クランド王から得た高性能兵器の代金だけは別問題だった。
その支払いが北の帝国との不可侵条約で押し付けられた奴隷により穴埋め出来るのは有難かった。
何しろ奴隷はリーンワース王国が北の帝国に押し付けられたものであり、クランド王には儲けを乗せて販売しているのだから。
しかも、先の戦闘で得た戦争奴隷の捕虜も一律10万G換算でクランド王に引き渡せるのだ。
「そこは想定通り、うまくいったようであったな」
「して、次は悪い報告じゃ」
リーンクロス公爵が渋い顔で報告する。
「あれだけの奴隷を解放し国民として抱えれば、クランド王も我が国に食料援助を求めると思っていたのじゃが……」
「求めて来ておらぬのか?」
「初期に肉が足りないとダンキン商会会頭に調達を要請したらしいのじゃが、直ぐに肉ダンジョンがみつかってキャンセルされたそうじゃ」
「肉ダンジョン! そんな資源があんな所にあったのか!」
リーンワース王は彼の地を割譲してクランド王に与えたことを後悔した。
肉ダンジョンは無限に肉を生むいわば金の生る木だ。
そんな資源がある場所だと知っていたら王国直轄地として独占していたことだろう。
「既に割譲して渡してしまった土地じゃ。
肉ダンジョンが出たから返せとは今更言えぬわ」
確かにそんなセコイことをしてクランド王に逃げられる方が、今のリーンワース王国にとって国益を損ねることとなるだろう。
「しかし、肉以外も食料は必要であろう」
「それがじゃな。クランド王は錬金術で創造した魔導具で農作物の促成栽培が可能なのじゃ!
昨日の午後に蒔いた種が今日の午前中には収穫出来るという驚愕の魔導具じゃ」
リーンワース王はその情報に愕然とするのだった。
つまり収穫まで4か月必要な作物であればクランド王の農園では120倍収穫出来るということだ。
どんなに向いている土地でも年に2回収穫出来れば良い方の作物が、クランド王の農園では毎日収穫出来る。
その魔導具、是非とも我が国に欲しい。いや、その魔導具を得るために戦が起きるレベルだった。
「つまり、野菜や穀物を輸入しようなどとクランド王は思ってもおらん。
これは我が国にとって損失となり悪い報告じゃろう」
リーンクロス公爵の言葉にリーンワース王は否を唱える。
「いや、その魔導具を手にすれば我が国の益となろう。
クランド王が望むものを無条件で与えてでも我が国が魔導具を手に入れる価値がある。
ご老公、悪い報告と申したが、これはむしろ最良の報告であろう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◆
一方、ガイアベザル帝国では名もなき技術者達が得体のしれない超兵器を目の前にしていた。
「これがリーンワース王国が使った超兵器なのだな?」
「はい。リーンワース王国の国境要塞で鹵獲したものだそうです」
そこにはリーンワース王国で北の要塞と呼ばれている要塞にて鹵獲されたゴーレム式蒸気砲の残骸が運び込まれていた。
「見ろ、この兵器はゴーレムだ。魔宝石と燃料石が組み込んである」
技術者の1人が見たことも無い微細な光を放つ魔宝石を拡大鏡で眺める。
「こんなに細かい術式は我らの技術では刻めぬぞ」
「となると遺跡からの出土品だろうな」
これを調べて技術を盗み量産しろと上層部が言って来ていた。
「量産は無理だな。上には遺跡の出土品だと報告を上げておけ」
次に技術者が手にしたのは椎の実型の砲弾だった。
「この形状が弾速と直進性を生む技術のようだな」
これは模倣出来る。これにより帝国の火薬砲も性能が上がることだろう。
「見ろ、この先端を」
そこには火の属性石が埋め込まれていた。
術式専門の技術者が拡大鏡で属性石を眺める。
「爆裂術式が刻まれている!
このサイズにこの細かさでなど我らの技術では不可能だ」
「これも遺跡の出土品か!
それにしてもリーンワース王国の奴らはこれを惜しげもなく使ったというぞ」
「つまり彼の王国にはこれを製造できる技術があると……」
「由々しき事態だな」
「ああ、これによりリグルドが沈められたそうだ」
「陸上戦艦は遺跡よりの出土分しか存在せぬ。
それを沈めることの出来る兵器があるとなると、我が軍はリーンワース王国を攻めあぐねることとなるな」
「ここでこの兵器を量産して対等となるか、それを凌ぐ兵器を開発せねば、我々はどのような処罰を受けるかわからぬぞ」
頭を抱えた技術者が思考を巡らせある解決策に行きつく。
「火の属性石に術式を刻み爆発させるという技術は模倣出来る。
我らではその術式が爆裂術式より劣ることになるがな。
そこで爆発力を上げるために火薬を併用すれば対抗可能かもしれぬ」
「しかし、属性石を使い捨てにするとはコストがとんでもないことになるぞ」
「そこは俺達じゃなく上層部が判断することだ」
技術者たちは、砲弾の製造コストを棚に上げることにした。
これが後に帝国の財政を傾けることになるのは技術者たちの管轄の外の出来事だった。
「あとは、椎の実型の砲弾を撃ち出す大砲の製造だな。これも火薬式で代用出来よう。
ただ、この砲身の内側にに刻まれた溝はどのうように刻んだものか?」
更なる技術の壁に技術者たちは頭を悩ませるのだった。
後に技術者の知恵が技術の壁を突破、それによりガイアベザル帝国の再侵攻が始まるのだった。
その暫しの間、クランドは内政に励む時間を手に入れたのだが、その原因となった理由を知る由も無かった。
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