第79話 開戦

 ズイオウ租借地にリーンクロス公爵が訪れたのは、俺の国の人口が2万4千人に増えた頃だった。

蒸気砲20台の代金として集められた分のルナトーク王国とキルト王国の民がこの人数にまでなったのだ。

奴隷解放した民のうち、ここに残らないという選択をした者たちがいくらか去って行ったうえでの人数だ。

キルト王国の民の残留率は100%、ルナトーク王国の民の残留率が90%だった。

つまり元奴隷だったルナトーク王国の民の1割がここを去って行った。


 現在、直ぐに救うことの出来る近隣の奴隷商に在庫していた民の救出はほぼ終了した。

次は遠隔地の奴隷商の在庫や販売ルートの怪しいもの、そして既に誰かの手に渡ってしまった者たちの救出へとシフトしていた。

そのため解放奴隷の運搬は一時滞ることとなっている。


 リーンワース王国には、まだ蒸気砲80台分の貸しがあるのだが、その分の国民が一気に増えてしまうと我が国の財政が破綻するという状況のため、かえって手間取っていることで助かっている部分がある。


 そんな状況でここにリーンクロス公爵が現れた。

いったい何があったというのだろうか?


「此度はクランド陛下にお願いがあってまかり越した次第ですじゃ」


 屋敷の応接室に通されたリーンクロス公爵は開口一番頭を下げた。

その突然の行為にいったい何があったのかと戸惑う俺に、リーンクロス公爵は畳み掛けるように言葉を発した。


「ついに北のガイアベザル帝国と開戦してのう」


 そこからリーンクロス公爵は、開戦後の戦況を包み隠さず話してくれた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◆



開戦一日目


 場所はリーンワース王国とガイアベザル帝国との国境にあるリーンワース王国側の北の要塞。

そこにはガイアベザル帝国とリーンワース王国を繋ぐ三つの街道のうち一つがある。

リーンワース王国で北の山脈と呼ばれている急峰が、大陸の東西を横断するように聳え立っている。

大陸の北から南、南から北へと渡るためには、その山脈の端となる東西の海岸部と、唯一途切れるこの峡谷を通る必要があり、三つの主要街道はまさにそこにあった。

ただ東西の海岸は大きく迂回を強いられる街道であり、一番移動距離が短くなる峡谷の街道には、そこを塞ぐようにリーンワース王国の北の要塞が存在していた。

その北の要塞を突破しなければ、ガイアベザル帝国はリーンワース王国側の国境の街ボルダルには辿り着けなかった。

それはまさにリーンワース王国国境防衛の要だった。

陸上戦艦ニムルドが国境を越えた方法がそれ以外だったようなのだが、その方法はまだ判明していなかった。

だが、それは陸上戦艦であるからこその方法であり、それ以外ならこの要塞を突破しなければ国境を越えられないものと思われていた。


 その北の要塞にガイアベザル帝国軍の陸上戦艦が迫る。

陸上戦艦は悠々と北の要塞に近づくとその右舷側を北の要塞に向けた。

舷側にある火薬砲の艦砲射撃で北の要塞を破壊しようというのだ。

今まではこれで全ての国の要塞、城塞が落ちた。

陸上戦艦には弓矢も大型弩弓も効かない。

ガイアベザル帝国が動けば勝てる国など無いという驕りがそこにはあった。


「蒸気砲、発射用意。目標敵陸上戦艦砲門。撃て!」


 陸上戦艦の艦長が砲撃命令を出す前に、北の要塞から蒸気砲の一斉射撃が開始される。

この戦法は陸上戦艦唯一の弱点である砲門を狙ったものだ。

この弱点の情報はニムルドと接触したクランド王から齎されていた。

曰く、ガイアベザル帝国の陸上戦艦は舷側装甲を錬金術で強引に開き、そこに火薬砲を設置している。

そこは陸上戦艦の魔法防御が働かないので蒸気砲で狙うならそこだと。

この情報によりクランド王がニムルドを撃墜したことはほぼ間違いないが、リーンワース王国では知らないふりをすることに閣議決定していた。



 パンという情けない音とともに撃ち出された砲弾が、狙い違わず陸上戦艦舷側の砲門に吸い込まれる。

狙いはゴーレムが光学観測で付けているのだから正確だ。

尤もキルトタルであれば魔導レーダーの情報を蒸気砲のゴーレムに送って統制射撃を行うのでもっと正確なのだが、それは別の話。


 その砲弾が着弾と同時に火の属性石に付加された爆裂魔法を放つ。

そこには陸上戦艦に搭載されている火薬砲の炸薬が樽に入れられて大量にあった。

爆裂魔法はその爆発力に加えて大量の火薬に引火し大爆発を引き起こす。

だが、陸上戦艦自体は遺跡から出土したロストテクノロジーだ。

その計り知れない耐久度は、火薬の誘爆をも防いでしまっていた。

敵の砲は破壊出来ても陸上戦艦そのものは破壊出来なかったのだ。

慌てて撤退していく陸上戦艦。限定的ではあるが蒸気砲の有用性が証明された瞬間だった。



◇  ◇  ◇  ◆  ◇



「北の帝国も陸上戦艦を失うのは避けたいようじゃ」


 確かに。陸上戦艦が遺跡から発掘された数少ない貴重なものならば失う危険性は避けたいところだろう。


「すると北の要塞に配備した蒸気砲で、帝国の侵攻は防げたのですね?」


 リーンクロス公爵の顔が渋い顔になる。

そう上手くはいかなかったらしい。


「それが、そこは北の帝国。戦上手だったわ」



◇  ◇  ◇  ◆  ◆



開戦二日目


 北の帝国の陸上戦艦が今度は高度を上げて現れた。

北の要塞の蒸気砲が狙うには不利な位置だった。

砲弾を撃ち上げるのと砲弾を撃ち下ろすのとでは射程距離に有利不利が出てしまう。

その利を生かして陸上戦艦は砲弾を撃ち下ろそうというつもりのようだった。

北の帝国の大砲は火薬で撃ち出す丸い砲弾の炸裂弾。

蒸気砲は蒸気で撃ち出す椎の実型砲弾の爆裂弾。

実はこの距離でも射程は蒸気砲の方が上だった。

性能で上回る蒸気砲だったが、位置の有利が北の帝国側に働いた。


 陸上戦艦の火薬砲は射角を得るために舷側に空いた穴から人力で外にせり出して撃っている。

そのプラットホームとして舷側から切り出された装甲版がバルコニーのように舷側からせり出していた。

それが下から狙う蒸気砲に対して盾の役割を偶然にもしていた。

撃ち上げの体制にも関わらず、射程距離が長いため直線で陸上戦艦に弾が届いてしまった。

そのため放物線軌道で艦内に飛び込むという弾道が取れなかった。

一方陸上戦艦の火薬砲は仰角を付けた最大射程の放物線軌道だ。

撃ち下ろしの分、射程が長くなる。


 その後は一方的に要塞が叩かれた。

蒸気砲にも被害が出た。

特に圧力容器が傷つくと蒸気圧により破裂の危険から安全装置が働いて撃てなくなってしまった。

仕方なく蒸気砲を要塞内部に下がらせる王国兵。

要塞は天然の岩盤を利用していたため、炸裂弾に天井が耐えることが出来たため膠着状態になる。


 しかし、それで終わるガイアベザル帝国ではない。

強力な蒸気砲を抑えることができたので、地上軍が進出して来た。

その光景に守備隊を率いる騎士団長は恐怖したという。

矢面に立たされているのは、占領地から連れて来られた戦闘奴隷だった。

要塞側は占領されるわけにはいかないので蒸気砲の爆裂弾で排除する。

吹き飛ぶ戦闘奴隷たち。死屍累々阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

逃げようとする戦闘奴隷に後ろから矢が飛ぶ。

戦闘奴隷の後ろにいる督戦隊が戦闘奴隷を追い立てているのだ。

督戦隊とは呼んで字の如く、戦いを督促する部隊のことだ。

戦闘奴隷の後ろから武器を持って追い立て、戦わない者には死を与える、そんな恐怖の部隊だった。

戦闘奴隷たちは戦わなければ督戦隊に殺されてしまうので死地とわかっている要塞へと突撃するのだ。

督戦隊を狙って蒸気砲を撃つも、逆に陸上戦艦から砲撃されて蒸気砲をを失う。

陸上戦艦をどうにかしなければ、反撃も厳しかった。




三日目


 蒸気砲の残弾が尽き、守備隊の撤退が決まり、ついに北の要塞は落ちた。



◇  ◇  ◆  ◇  ◇



 なるほど、ゴーレムに全てを任せたために、射程を抑えた放物線軌道を取らせることが出来なかったのか。

これは俺の設計ミスだな。

そして、対人攻撃には爆裂弾は向いていない。費用対効果が悪すぎる。

帝国は占領地の反乱分子を始末するついでに王国の消耗を計っている。

そこにはルナトーク王国やキルト王国のような占領地の民、特に男手が含まれているのだろう。

本来は敵ではないのに、戦わなければならないとは……。

何とか彼らを助けられないだろうか……。


「現在、国境第二の砦が主戦場になりつつあるのじゃ。

そこでリーンワース王国からクランド王にお願いじゃ。

蒸気砲の増産と改良をお願いしたいのじゃ」


「それは高空の陸上戦艦を狙う蒸気砲の改良と、地上戦力に対する効率的な攻撃手段ということでしょうか?」


 俺は自らの推論を交えてリーンクロス公爵に問う。


「それと北の帝国に渡った蒸気砲対策じゃな」


 そうか、要塞の蒸気砲がガイアベザル帝国に鹵獲されたか。

だが、そこは対策済みだ。


「もし、ガイアベザル帝国が鹵獲した蒸気砲を使おうとすれば、それは無効にできます。

自壊プログラムが組み込まれていますから」


 リーンクロス公爵が初耳だというような少し厳しい顔をする。

確かに、俺が勝手にリーンワース王国の武器を使えなくする手段を持っていたとなると気分が悪いだろうな。

だが、リーンワース王国がいつ俺の敵に回るかもしれないのに、こちらの最強武器を安易に提供するわけがないだろ。

それも理解しているのかリーンクロス公爵はそこを追求しなかった。


「問題はガイアベザル帝国の技術力ですね。

彼らが蒸気砲を模倣コピーする可能性は否定できません。

あれには火薬砲の射程を伸ばす技術と砲弾の威力を上げる技術も含まれています。

それらを自らの物にされると困りますね」


 リーンクロス公爵の眉がピクリと上がった。

おそらくリーンワース王国でも蒸気砲の模倣を試みたのだろう。

おいそれと模倣出来ないことは理解しているはずだ。

だが、それがガイアベザル帝国の技術なら可能ではないかという危機感を持ったのだろう。

それ以前にそのまま蒸気砲をこちらに向けられる危機感の方が上だったかもしれないが……。


「北の帝国の目的は遺跡のある魔の森の掌握、ならびにリーンワース王国の占領なのじゃ。

魔の森から王都までのルートを北の帝国が取るとなると、このままではここズイオウ租借地も戦場となりましょうぞ」


 このおっさん、俺を戦争に担ぎ出す気か。

しかも、奴隷解放されたばかりの国民は、やっとズイオウ租借地に落ち着いたところだ。

またどこかに避難して、同じ生活水準まで上げるのは至難の技だ。

つまり、ここで迎撃するしかない。俺達でズイオウ租借地を守らなければならない。

これは戦いを避けられない状況だろう。

まさか、このおっさんはそれを見越してこの地を俺に租借したのか!

王都への進軍ルートに俺の国がある。最初から盾にする気かよ!

狸だ。古狸だ。

となるとリーンワース王国になんとか頑張ってもらうのがベターだな。

ここの国民と戦闘奴隷の旧領国民、同じ国の民同士が戦うなんて避けなければならない。


「戦闘奴隷をなるべく殺さずに解放するのが、今後の我が国のためでもあります。

そのためには陸上戦艦の撃破が急務でしょう。蒸気砲に陸上戦艦対策の改造をしましょう。

人手で撃つ蒸気砲の簡易版を丁度考えていたので、対人兵器としてそれも提供できるかと思います」


「おお。頼めますかの」


 リーンクロス公爵の顔がほころぶ。

一応は、こちらと友好関係を持つつもりはあるようだ。

利用できる間だけかもしればいけど、少なくともここから戦う人員を出せとは言って来てはいない。

今血を流しているのはリーンワース王国の兵だ。

こちらに出来ることはしなければならないな。


「その代わりと言っては何ですが、敵の戦闘奴隷はなるべく殺さずに保護していただきたい。

おそらく、ルナトーク、キルト両王国の民も含まれているでしょう。

戦闘力を奪うが人命を奪わない武器を作ります。

それで倒れた民は戦闘終了後助けてあげて欲しい」


「善処しようぞ」


 俺の出した条件にリーンクロス公爵は大きく頷くと了解を示した。

さて、簡易版蒸気砲は構想が固まっているので直ぐに量産できる。

戦闘力を奪うが人命は奪わない武器はゴム弾の散弾でいけると思う。

命さえ奪わなければ部位欠損ぐらいならば俺の魔法でどうとでもなる。

ゴムはスライムの粘液で似たものが作れるはずだ。

あとは音響爆弾スタングレネードかな。

魔物素材の麻痺毒もいけるか。しかし、これは化学兵器だな。帝国に模倣されたら逆に危険か。

督戦隊を無効化する狙撃手段もいるな。

後は蒸気砲のゴーレムのソフトをバージョンアップさせるだけか。

あ、これって俺が最前線に行かないと無理だわ……。


「蒸気砲の改造は俺が現地に行くしかなさそうだ。

となると製造時間がもったいない。

現地で蒸気砲を作るから、材料をなるべく集めて欲しい。

無から作るのと材料有りで作るのとでは魔力の効率が違うからな。

鉄とスライムの粘液、後は使い終わった燃料石を用意してくれ」


「手配しよう」


 こうして俺は国境第二の街、要塞都市ルドヴェガースに赴くことになった。

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