第80話 要塞都市ルドヴェガース

「それじゃあ、行って来るわ」


「わんわんわん(ご主人、さんぽか?))」


 プチが尻尾をブンブン振りながら胸に飛び込んで来た。


「うん。プチも一緒に行こうか」


 久しぶりにプチをモフりながら、俺はプチの同行を歓迎した。


「主君、ちょっと待ってください!」


 俺とプチだけでルドヴェガースに向けて旅立とうとすると、リーゼから待ったがかかった。


「主君一人で行かせるわけにはまいりません」


 まあそうだろうけど、危険なことは俺だけでいいんじゃないかな。

いや、俺だけじゃない。プチもいるんだ。


「え? そうなの?」


 俺は彼女たちを巻き込まないために惚けることにした。


「ルドヴェガースは言わば最前線です。護衛も連れずに王が向かう場所ではありません」


 うーん。護衛ならプチがついて来るし、俺とプチだけなら【転移】で簡単に逃げられるんだよな。

それに北の帝国と戦うような事になれば、俺は早々に逃げさせてもらうつもりだ。

俺がそのように思っているとリーゼが寄ってきて耳元で囁いた。


「主君、警戒すべきは北の帝国だけではありません」


 ああ、そうか。リーンワース王国が、俺の力を独占しようと動く可能性もあるわけね。

リーンクロス公爵はまだ信用出来そうだけど、他の王国関係者の人柄を俺は知らない。

呑気に作業している俺が、後ろから襲われて拉致されるかもしれないというわけだ。

となると監視の目が多い方が良いのか。難しい所だな。


「嫌だと言っても付いていきますよ?

どうせ私達を危険に晒したくないって思っているのでしょう?」


 リーザは、全てお見通しだった。

それならば、きちんと協力した方が危険は少ないか。


「わかった。護衛を同行させよう。人選は……」


 いや、単純な人選じゃだめだ。


「一つ条件がある。敵側の戦闘奴隷にルナトークやキルトの同胞がいる可能性が高い。

彼らも戦いたくは無いだろうが、戦わないと帝国の督戦隊に後ろから殺されるそうだ。

死に物狂いで向かってくる彼らとリーンワース王国は戦わなければならない。

リーンワース王国の兵も命がけだ。

護衛達は目の前で同胞が殺されるところを目にすることになるだろう。

それに耐えられる人選をして欲しい」


「わかりました」


 リーゼが沈痛な面持ちで頷いた。


「これは、もしもの話だからな。リーンワース王国には非殺傷兵器を渡す。

それで戦闘不能にして助けてくれるように爺さんリーンクロス公爵には言ってある」


「さすが我が主君。我らは主君を守る事だけを考えましょう」


「ああ、いざとなったら全員【転移】で逃げる。

なるべく俺に触れる位置にいてくれ。

あまり人数を増やさないように」


 リーゼは俺の気遣いが嬉しかったのか、ニコリと笑うと同行人員の選任のために部屋を出ていった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◆



 リーゼが同行護衛として選んだのはリーゼ、ターニャ、ティア、ミーナの他にルナトークの元騎士3名にキルトの戦士3名の合計10名だった。

全員がワイバーンに乗れて戦えるという人選だった。


「全員ワイバーンに騎乗! これより、ルドヴェガースに向かう!」


 リーゼが全員に号令をかける。

俺はいつものようにブルーに騎乗する。

一緒に行くのは案内役として訪れたリーンワース王国外務局所属のワイバーン騎士ウォルフレッド。

彼の先導でルドヴェガースに向かう。


「それでは、陛下、私に付いて来てください」


 リーンワース王国の若き騎士ウォルフレッドは俺を王として丁重に扱ってくれるようだ。

騎士ウォルフレッドのワイバーンが空に舞う。


「出撃!」


 リーゼの号令で11頭のワイバーンが同時に空に舞い上がる。

俺を中心に前後左右上下全てを囲むガチガチの護衛編隊だった。

ちょっと過剰ぎみだと思ったのだが、俺の右側を飛ぶリーゼが真剣な目をしているので、突っ込もうとした言葉を飲み込んだ。


 リーゼ、ティア、ターニャと騎士3名がフルプレートの騎士鎧と長剣装備。

ミーナと戦士3名が革の軽鎧と短剣に弓装備だ。

俺は革の軽鎧に魔銃(ハンドガンタイプ)装備。どうせ剣は使えないのでインベントリ内にしまっておいた。


 買ってからすっかりインベントリの肥やしになっていた魔銃だが、今までは身元を隠そうとしていたから、この目立つ武器を持ち歩くわけにはいかなかったのだ。

リーンワース王国には身バレしたので、もう身元を隠す必要がなくなったので、やっと出番が来たというわけだ。

ただし、ガイアベザル帝国人と間違われないように、髪の毛は茶色のままにしている。

髪の色一つで面倒ごとが回避できるのなら元の髪色に拘ることもない。



◇  ◇  ◇  ◆  ◇



 途中の街で宿屋に泊まったりしながら二日、道中無事にルドヴェガースに到着した。

ワイバーン達は笛で呼ぶので空中待機――と言っても近場の森で休むようだが――してもらう。

ガイアベザル帝国は徒歩移動の戦闘奴隷に陸上戦艦も進軍速度を合わせているそうで、まだルドヴェガースには辿り着いていなかった。

国境から人の足でおそらく十日。国境が破られてから七日が経っているので、俺は残り三日で街の防衛装備を充実しなければならなかった。


「作業場は? 材料はどこだ?」


 俺の問いかけにルドヴェガース要塞都市防衛の責任者らしい大男が奥からやって来る。


「なんだおまえは?」


「こちらのお方はルナトーク=キルトの王、クランド陛下だ。控えろ!」


 リーゼが長剣の柄に手をかけて威圧する。

だが大男は顔色一つ変えずに口を開く。


「このちんけな皮鎧の小僧が王だと? 笑わせるな」


 ああ、そういや、この装備ってただの冒険者に見えるようにしていたんだった。

素材から特別製のUR装備なんだけど、見た目じゃわからないか。

こういった場では見た目重視の王らしい恰好をしないと舐められるというわけだな。

豪華なマントでも作るか?


「俺はここの防衛力増強のために協力しに来たつもりだが?

武器供与が必要ないなら帰らせてもらおうか。

それに言い争っている余裕が今あるのか?」


 大男がギロリと俺を睨む。

全く。助けに来て反感を持たれるなんて、爺さんリーンクロス公爵も話ぐらい通しておいてくれよ。


「ブラハード将軍、控えてください」


 俺達の険悪な雰囲気に慌てた案内役の騎士ウォルフレッドが割って入った。


「なんだ、外務局のウォルフレッドではないか。また爺さんリーンクロス公爵の使いか?」


「ええ、そうですとも。これを見て自分が何をしたのか理解してください!」


 騎士ウォルフレッドが示したのはリーンワース王からの勅書だった。

勅書を読んだブラハード将軍の顔色が見る見るうちに青くなっていく。

そこには俺の事、なぜ俺が此処に来たのか、俺に失礼のないように最大限の便宜をはかれという内容が書いてあったそうだ。


「ご無礼をお許しください」


 ブラハード将軍が小さくなって謝罪をした。

もう面倒なので、さっさと仕事をさせてください。


「時間がもったいない。作業場と材料の準備を」


「ハッ! おい、陛下を作業場にご案内しろ!」


 ブラハード将軍は掌返しで迅速に動いた。

従卒が呼ばれ、俺達は作業場に案内された。


「御用がありましたら、私に何なりとお申し付けください」


 従卒が丁寧に挨拶する。


「それなら遠慮なく。これから簡易型蒸気砲を製造する。それを運ぶ人員を手配してくれ」


「了解しました」


 俺は材料の燃料石と鋼材をインベントリに収納すると人力操作の簡易型蒸気砲を製造した。


「兵器の操作をする者を一人呼んでくれ。後で他の者に教える教官になれる人物がいい。

こいつの操作方法を説明するので、その人物から他の者に教えさせてくれ」


「了解しました」


 俺は簡易型蒸気砲の砲弾を量産しながら教官となれる人物を待つ。


「この者に教えてください」


 俺の目の前に屈強な兵士が現れた。古参の鬼軍曹といった雰囲気の人物だ。


「名前は何という?」


「ハッ。ダロスであります」


「蒸気砲を扱ったことはあるか?」


「はい。ゴーレムに照準を命じ蒸気砲を発射しておりました」


「なら、簡単だ。この蒸気砲は量産性を上げた簡易型だ。

ゴーレムの補助が一切無いと思え。

射出体を手前に引き戻し、この穴から砲弾を入れ、照準をつける。

そしてこの属性石に魔力を通すと発射だ。前方に蒸気が排出されるから気をつけろ。

次に前に出た射出体を手前に引き戻し、砲弾をセットし……と繰り返す。

わかったか?」


「ハッ。ゴーレムの腕がやっていた作業と照準をつける仕事を人力で行えば良いのですね?」


 ダロス軍曹(厳密には軍曹ではない)は、さすがゴーレム式蒸気砲の担当だったことはある。

呑み込みがやたら良かった。


「その通りだ。これを量産するからブラハード将軍に言って城壁に配備させろ。

お前は担当の兵に操作方法を教えるんだ」


「了解しました!」


「あと、この弾だが、新兵器の暴徒鎮圧弾だ。

殺しはしないが、戦闘能力を奪う。

敵の督戦隊に追い立てられている戦争奴隷はこれで撃て」


 俺が用意したのはスライムの粘液から作った疑似ゴム弾だ。

スライムの粘液から作れるのはゴムではなく、ゴムのような弾力のある謎物質だった。

ゴムとしてタイヤ等には使えないが、暴徒鎮圧用の軟弱弾としては使えるものだ。

弾力的にはお菓子のグミみたいな感じかもしれない。

発射された軟弱弾が空中ではじけると小さな軟弱弾に分かれて散弾のように撃ち出されるようになっている。

戦争奴隷を非殺傷弾で鎮圧する。彼らにはこれぐらいしか今はしてあげられない。


「爆裂弾には赤の帯をつける。この暴徒鎮圧弾は青の帯だ。間違えるなよ?

あの戦争奴隷は俺の国の国民になるのだからな。

この兵器の代金はあの戦争奴隷で払ってもらうことになっている。

金だと思って気を付けろ」


「ハッ。徹底させます」


 ダロス軍曹が敬礼して去って行った。

しばらくすると簡易型蒸気砲を受け取りに次々と兵士がやって来た。

ブラハード将軍にまで話が行ったようで、スムーズに運び出しが始まった。


 材料が無くなるまで、200基の簡易型蒸気砲を製造した。

次はゴーレム式蒸気砲のソフト改修だ。


「ゴーレム式蒸気砲の改修を行う。案内してくれ」


 従卒がゴーレム式蒸気砲の元へ案内をする。

ゴーレム式蒸気砲はリーンワース王国では虎の子であるため、みな陸上戦艦の砲撃から守れるように掩体壕に入っていた。

俺はインベントリからゴーレム230号を出して、予め用意してあったソフト改修を手伝わせる。

ゴーレム230号を記録媒体にしたアップグレード作業だ。

俺の作ったゴーレム式蒸気砲も基本ソフトは230号と同じなため、相互通信によるソフトのアップロードが可能なのだ。

あ、俺もうここに居る必要ないわ。この後は全部ゴーレム230号がやってくれる。


 ということで俺はゴーレム230号の横で新兵器を開発していた。

督戦隊をピンポイントで狙う狙撃兵器だ。

以前、レールガンを作るつもりで失敗しているのだが、その時の技術を流用しよう。

技術的な――というか俺のあいまいな記憶の――問題で断念したものだ。

磁力反転で推進力を得る部分の細かい制御が知識的にどうしても無理だった。

生産の極は、地球の技術の詳細を俺が把握していなければ、どうやら再現できないようなのだ。


 ただ、この失敗が俺の糧になっていた。

今作っているのは雷魔法の魔道具だ。

レールガンを作ろうとした副産物の雷魔法技術でライフル式の魔銃を作っているのだ。

引き金を引くと銃口から高電圧の雷魔法が発射される。

ただし、1発で属性石の魔力が枯渇する。

再利用するには魔力充電するか属性石を交換しなければならないという使い捨てに近い仕様だ。


「ほい。これで敵の督戦隊を狙い撃ってね。広範囲魔法だから近距離で使うと巻き込まれるからな」


 さて、ゴーレム式蒸気砲の改修も終わったぞ。

これで敵陸上戦艦の砲門に放物線軌道で爆裂弾を撃ち込める。

戦闘奴隷対策にも簡易型蒸気砲と暴徒鎮圧弾を用意した。

督戦隊相手には雷魔法の狙撃魔銃を用意した。

今回はスタングレネードは勘弁してもらおう。仕組みがよくわからなかった。


「材料も尽きたし、ここまでかな」


 さあ、これでガイアベザル帝国と再戦だ。


「俺らはもう帰ってもいいよね?」


 そう思って撤退準備をしていると再度材料が届いた。


「だめですか。まだ材料が届きますか」


 そういやリーンクロス公爵に簡易型の納入数の約束をしていなかったな。

まだ作れと言うなら作りますとも。

どうせ弾薬が無くなればただのオブジェだし。


「なんだか、ここぞという機会に必要以上に働かされている気がするな……」


「わんわん。(ご主人、がんば)」


「ああ、プチはカワイイな。モフモフさせてくれ」


モフモフモフモフ


「ああ、癒される」


 俺はプチをモフって現実逃避すると作業を再開した。

この間、ずっと仲間の護衛達が俺を囲んで守っていてくれた。

そのせいかリーンワース王国の兵たちがビビって近づけない様子が伺える。


「皆もそんなに殺気を放たなくてもいいぞ」


「いいえ、私達ではありません。プチ殿が聖獣モードで威圧していた結果です」


 気付かない所でプチがしっかり活躍していた。

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