第13話 街に入る

 しばらく進むと町、いや街が見えて来た。

市街を堅牢な石の城壁でぐるりと囲んでいる、所謂いわゆる城塞都市だ。

この街はどやら交通の要衝のようで、東西に走る街道と南へと向かう街道が丁字路で交わる中心に造られている。

ちなみに遥か北は俺が住んでいる森で、そっち方面への道は存在しない。

街の北東側にはそこそこ大きな森もあり、森林資源をそこから調達していることが伺える。

南の街道沿いには広大な農地が広がっている。

二本の大河に挟まれた地――それでも東の大河までは180kmはある――なので井戸を掘れば水も豊富なのだろう。

風車が見られるので、それで水をくみ上げているのかもしれない。


「これだけ畑が潤っていると、俺が農作物を持って来ても売れそうに無いな」


 ちょっと当てが外れて残念だ。俺の促成栽培能力なら農作物も売り物になるかと思ったのだが、供給過多のところに持って来ても安く買いたたかれるだけだろう。

いや、逆にここに無い作物や時期がズレた珍しい作物なら売れるかもしれないな。


「良し止まれ」


 俺は装甲車を草原の中に隠して止めると、プチを抱いて装甲車を降りる。

装甲車はインベントリにしまって隠し、歩いて街道まで出ると、西側から街へと向かうことにした。

西の城門は開かれているが、衛兵が出入りする人をチェックしては通すを繰り返している。

そこそこの人数が列をなして順番を待っているようだ。


「良かった。人の国だった」


 俺はまさかのパターンを危惧していた。

この世界の住人が俺以外全員人外という可能性もあったのだ。

普通に人間がいて本当に良かった。


 俺は列の最後尾に並ぶと前を並ぶ人達の様子を伺った。

異世界初会話になるのだ、きちんと言葉が通じるのか、俺の知らない常識は無いのか、こっそり確認させてもらう。


 列の何人も前で、徒歩の村人と思われる女性に衛兵が質問している。


「こんにちは、身分証明書を……。街へは何が目的で?」


「買い物に」


「それなら、入街税銅貨1枚です。

はい。お通りください」


 次は荷車を引いた農民の男性。


「こんにちは、身分証明書を……。街へは何が目的で?」


「野菜の納入に来ました」


 農民の男性は身分証明書とともに何やら紹介状のようなものを見せている。


「オーランド商会への納品ですね。入街税銅貨5枚になります。

はい。お通りください」


 随分丁寧な衛兵だな。

これなら難なく通過できそうだ。

そう思っているうちに俺の順番が来た。


「こんにちは、身分証明書を……! 街へは何が目的で?」


「身分証明書は無い。買い物に来た」


 俺の返答を聞いた衛兵が、俺の髪と目の色を見て急に態度が変わった。

完全に不審者扱いだ。


「どこから来た? なぜ身分証明書を持っていない」


 衛兵は完全に詰問口調に変わっていた。

そうか、身分証明書があったから丁寧だったのか……。

拙いな。どう言い訳しようか。

そこで俺は、身一つ+抱えたプチのみということを利用することにした。


「実は魔物に馬車が襲われて身一つで歩いて来たんだ。

幸い金目の物は少し持っているから旅の必需品を手に入れようと思ってな」


「身分証明書は失くしたのか?」


「ああ」


「どこの国の出身だ?」


 拙い。ここらの国の名前なんて俺は知らないぞ。

どうする?

適当に言うか、真実である日本だと言うか……。


「これに手をあてろ!」


 衛兵がタブレット状の板を示すので俺は何も考えずに手を置いた。


「出身国を言ってみろ」


 俺は正直に日本と言うことにした。

衛兵は日本を知らないだろうが、嘘をつくよりはマシだろう。


「日本です」


 衛兵は俺が発言する間、タブレット状の板の表示を見て、俺を頭からつま先までジロジロ見てから納得したのか態度を軟化させた。


「嘘はついていないか。犯罪歴も無しだな。

しょうがないな。保証金銀貨1枚で入れてやる」


「え?」


 危なかった。嘘を見抜く道具だったのか。

ここで嘘をついていたら終わっていたかもしれない。

しかも、犯罪歴まで調べられていたのか。

というか、異世界から来たというのに、俺の情報をいったいどこから手に入れたというのだろう?

銀貨1枚か……。そこで俺ははたと気付いた。

俺はお金に類するものをガイア金貨とガイア銀貨しか持っていない。

魔物の素材を持ち出すのはインベントリがどのぐらい一般的かわからないから拙い。

インベントリを隠したまま対応するには、せいぜいポケットから出せる大きさの物を出すふりをするぐらいしかやりようがない。

いや、ガイア帝国が軍事国家だということは、もし敵対している国でこの硬貨を使ったら明らかに拙い。

この国がその敵対国だったとしたら、大変なことになりかねない。

どうする……。あ、これなら手のひらサイズか。


「これでもいいか?」


 仕方ないので俺はサイの魔物の魔石を出した。

プチが狩って来た角が二股に分かれた巨大なサイから出たやつだ。

衛兵は受け取ったその魔石を何かの装置に翳す。

すると見る間に衛兵の顔が強張った。


「ツインホーンライノの魔石じゃないか!」


 衛兵の険しい顔に何か拙いことになりそうだと俺は思った。

慌てて取り繕う。


「お金は財布を落としたので無いんだよ。

田舎者でわからないんだが、この国ではツインホーンライノの魔石は銀貨1枚の価値がないのか?」


「いや、そうじゃない。ツインホーンライノといえばランクBの魔物だ。

貴重な魔石なんで驚いたんだ」


 ああ、そっちか。

でもそれでも悪目立ちしてるとしたら拙いな。

衛兵が続ける。


「とりあえず、冒険者ギルドで身分証明書さえ発行してもらえば、この魔石は後で返せる。

預かり証を書こう」


 なんだかんだ言って職務に忠実な親切な人らしい。

俺が貴重な魔石だとわかってないことに付け込んで、そのまま誤魔化して懐に入れることだって出来るだろうに。


「ほら、後で身分証明書と銅貨1枚を持ってくれば返してやれる。

皆に話は通しておく。この預かり証を無くすなよ」


 衛兵は預かり証に何かの判子を押して渡してきた。

どうやらその判子は魔法証明らしく、偽造防止になっているらしい。


「わかった。すまないな」


 俺は衛兵に礼を言うと街へと入った。

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