第8話 ルーティン

 翌日。朝から家畜の世話。牛と羊の放牧はプチが牧羊犬モードで先導してくれる。

牧羊犬モードなのはチワワのままだと羊に舐められるからだそうだ。

あいつらは大きさでひとを見るらしい。

俺は水桶と家畜舎内の掃除をする。

糞を自動拾得でインベントリへ。これは諸々の廃棄物と一緒にして肥料化工程へと回す。

あとは生活魔法の【クリーン】が威力を発揮する。

生活魔法のおかげで重労働から多少は解放されて助かっている。

生活魔法【ウォーター】で水桶に飲み水を満たして行って家畜舎は終了。

ラノベでは魔法水は時間経過で魔力に戻るため飲用に出来ないという設定もあるようだが、この世界では空気中の水分を凝集しているようで普通に飲むことが出来る。

家畜用の水桶は丸太を半分にして中をくり貫いたあれだ。

今後この作業をゴーレムにさせるわけだが、ゴーレムは魔法を使えるんだろうか?

まあ、魔法水を溜めたタンクから運ばせればいいか。


 家畜の餌は放牧地の牧草を与えている。

昨日生えたばかりの牧草も、かなりの量が家畜たちに食べられ斑になっている。


「さてと、家畜が食べたところから【促成栽培】をかけていかないとな」


 おそらくこれが毎日のルーティンとなるのだろうと思いながら、俺は【促成栽培】をかけていく。

ただ、一度作物を収穫した土地は土中の栄養素をその作物が使ってしまっているので、徐々に土地が痩せていき、作物は次第に収穫出来なくなっていく、と聞いたことがある。

だから、そこへ肥料なり土壌改良なりを行わなければならないのだ。

ただ、俺の場合は、そこに【農地回復】の魔法が使える。

この魔法は、おそらくインベントリ内にある物資を土壌の回復に使っている。

家畜の糞をインベントリに収納しているのは正にそのためなのだ。

なので、何回かに1回は土地に【農地回復】をかけてやる必要がある。


「うん。これぞスローライフだな」


 だが、インベントリ内の物資を使う魔法となると、ゴーレムには無理なんじゃないか?


「あれ? ゴーレムが動けるようになっても、俺の代わりは出来ない?」


 いや、今後は遺跡探索で何日も戻れないこともあるだろう。

家畜の飼料は牧草以外の穀物でも用意すればいいか。

それを運んだり掃除したりの力仕事ならゴーレムに任せられるはず。

生き物の世話は毎日休みなく発生するのだ。


 家畜の世話の次は畑の管理。

畑の作物を【自動拾得】で収穫し、【農地耕作】【農地回復】【種召喚】【広域種蒔】【促成栽培】をかける。

今回は小麦を収穫したので、次は大豆にしてみた。小麦→大豆→米→大麦→トウモロコシ→小麦とループさせようかと思う。

1日で収穫できるのは大きい。もし不足するものがあったらその日に植えて翌日収穫が可能だ。

この作業だけは俺でなくては出来ないので、遺跡探索中は畑を放置せざるをえない。

魔導の極と生産の極で魔導具を作れば自動化できそうだが自重する。

数日農業をしなくても問題がないぐらいの収穫は既に得てしまったからだ。


 この地に転生した直後は、ハードモードだと思って神を呪っていたのに、今は食うに困らずデザートの果物まであるのだ。

曲がりなりにも雨風を凌げる住居もある。

後は衣食住の衣のみだが、それも近いうちに綿花や羊毛を収穫出来れば生産の極でどうにかなりそうだ。


 畑仕事も終わったので、果物の収穫に向かう。

果樹は塀沿いに防風林的な植え方をしているので、塀の上から作業を行う。

ついでに塀の上を歩きながら塀や堀が破壊されていないかをチェックする。

【自動拾得】で果樹を採取し、果物をいただいたお礼に【ハイパー肥料】を追肥してまわる。

そんな作業を続けていたところ、塀の外の空堀に巨大イノシシが落ちているのを発見した。


「猪に見えるけど、大きいな。

魔物なのか獣なのか俺の知識では判別つかないな」


 この巨大イノシシがどちらなのかは、この後の処理に影響した。

魔物なら危ないし食べられないかもしれないが、獣ならたぶん食べられる。

まだ生きていそうなイノシシを殺すにしても、魔物か獣かで安全度が違うので扱い方も違うのは言うまでもない。

どうしようかと悩んでいると、はたと気付いた。


「あ、【鑑定】って使えるかな?」


 【鑑定】がラノベでは定番の魔法だということを俺も知っていた。

しかし、神様からはもらっていない分野の魔法だ。

俺がもらった初期魔法が進化した結果が今の魔導の極なら、もしかすると俺には【鑑定】は使えないかもしれない。

大賢者のJOBを持っている俺だが、全てを知っているはずなのに、何を知っているのかそれを全て把握しているわけではない。

だから、このように必要だという認識をしない限り、その知識を手にすることが出来ない。

何かしたいなとか、何か出来ると便利だなとか、きっかけが無いと知識が浮かんで来ないのだ。

だから俺の常識の範囲外のことは、意識することすら出来ないので情報も得られないのだ。

なので大賢者とは名ばかりでイノシシの名前すら頭に浮かばないわけだ。


 とりあえず駄目元で【鑑定】をかけるとイノシシの名前がわかった。


『ワイルドボア。獣。肉が美味しい。瀕死』


 レベルやスキルなど今は必要と認識していないものは浮かばない。

むしろそれが有難い。

考えてみてほしい。全てを知っている大賢者の知識が延々と説明を始めたらどうなるか。

逆に必要な知識が埋もれてめんどくさいことになるだろう。


 【鑑定】によると、ワイルドボアは空堀に落ちて瀕死状態のようだ。

とどめを刺して新鮮なお肉にしよう。

そこで俺は初日の大惨事を思い出した。火系統の魔法ではワイルドボアを消し炭にしてしまう。

一番無難なのは【風刃ウインドカッター】単発だろう。

風刃ウインドカッター】はプチが使ったところを見ているのでイメージしやすい。

だが、おそらく単発を意識しないと【風刃ウインドカッター】の嵐で猪肉がズタボロになって食えなくなる。

単発なら威力がありすぎてもワイルドボアが半分に分断される程度で済むだろう。


「【風刃ウインドカッター】」


 風の刃が飛んで行き、ワイルドボアの首が飛んだ。

ワイルドボアは【自動拾得】でそのままインベントリに収納され、【自動解体】でお肉になった。


 夕方、家畜たちを家畜舎に戻し、俺とプチは住居としている遺跡へと戻った。

夕ごはんはワイルドボアのソテーと野菜サラダにパンだ。

小麦粉でパンが出来た。収納の極さんが焼いてくれたのだ。

ここはスローライフ定番のパン窯やピザ窯を作るところだろうに、インベントリ内でなんでも出来てしまう。

未だ手に入っていないチーズがあれば、石窯焼きピザが出てきても不思議ではない。

塩とマヨネーズも使えるので充実した夕食になった。

そしてついにカレー粉が手に入った。

米、小麦粉、肉、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、カレーを作る材料は全てそろった。

あ、プチに玉ねぎは食べさせないよ。

塩分も過多にしないように気を使っているし、カレーもだめ。

プチにはプチ専用でごはんを用意してあげる。

異世界生活でドッグフードがここまで完全食だったと気付くとは思わなかった。

栄養のバランスが難しい。


 実は牛乳がまだ手に入っていない。

乳牛を飼ったから即牛乳が得られるというわけではないのだ。

乳牛が乳を出すのは子供を産み育てるためだ。

つまり妊娠、出産を経て初めて乳牛は牛乳を出す。

人間はそのおこぼれを頂いているというわけだ。

うちの牧場のジャージー牛はまだ妊娠していない。

つまり牛乳が出ることはまだないのだ。

こればっかりは魔法でどうこうできるものではない。


(作者注:主人公は牛乳でもカレールーでも何でも召喚出来ることに気付いていません)

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