いつの日か

 母は桜前線を追いかけるように、北に向かった。

 一緒に行って欲しいと頼む母をひとり、由香里のもとに送り出した。

 私が行ったのでは意味がない。

 母は、由香里だけの母でなければならないから。

 母手作りのお弁当を持たせて。

 もちろん、おにぎりと卵焼き入りだ。

 そして、あの公園のベンチで、二人が素敵なお花見ができますようにと葉桜に祈る。

 コンビニおでんを食べながら…

 頬をくすぐる爽やかな風が、新緑の匂いを運んでいる。

 そろそろ春も終わる。


 ほどなく、私に1通の手紙が届いた。

 由香里からだった。



安藤香里様


お元気ですか?

いろいろお世話になりました。

桜の頃…

それは、私には苦手な季節でした。

母と電車に乗った2歳の記憶には続きがあります。


突然、車窓に広がるピンク色に覆われた木々。

母は、それを見て泣いていたのです。

桜は母の涙を思い出す。

だから嫌いでした。


でも、あの公園で香里ちゃんと見た桜は違った。

本当にキレイでした。


私には、自信がなかったのです。

保育士の資格を取ったのに、保育園に就職するのが恐かった。

母親の愛情を知らない私に子供たちを愛することができるのか…

だから、普通の会社に逃げてしまった。


今年のお正月、付き合っている人からプロポーズされました。

でも、恐かった。

こんな私が結婚して、いい母親になれるのか…

このままではいけない、いつまでも逃げていてはダメだと思いました。


私はあの写真を見ていつも思うのです。

私は愛されてなかったわけじゃない。

誰にも負けないくらいに愛されていたと。

ただ、心の奥深くに記憶が眠っているだけなのだと。


だから母に会って、ただ一度きりでいい、思い切り抱きしめて欲しかった。

ただ一度きりでいい、母を思い切り抱きしめたかった。

それだけで、これから先、どんなことがあっても生きて行ける、乗り越えて行けると思ったのです。


会っていただけないとわかった時、どうしてもあきらめ切れなくて、あなたの家まで行ったのです。


わかりますか?

表札に「香里」という文字を見た時の感動を。


私は母を苦しませたくない。

でも、どうしても、何ものからも逃げることのない人生の第一歩を踏み出したかった。

そんな思いがあなたの後をつけさせたのです。


あなたは、とても純粋で真っ直ぐな人だった。

それがとてもうれしかった。

あなたといるだけで、あなたがどれだけ多くの愛情で育てられたのかを感じ、それが私へと伝わって来たのです。


本当に幸せでした。

母と会う以上に、私の人生において大切な時間になったのです。

本当に心からありがとう。

そして、またいつか、会えるでしょうか。

今度は、姉として…妹として…

その日を心から待っています。

本当にありがとう。


心からの愛をこめて


椎名由香里

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春愁 ひろり @Hirori-T

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