エピソード5 定刻の学習

 さて、サノたち天孫一行は、竹島(山口県周南市平野)の丘陵に行宮(あんぐう。仮の御所)を設けて滞在していた。


 「記紀」には書かれていないが、この地に立ち寄った一行は、半年ほど滞在したと伝わっているので、今後の進路を検討したという設定で話を進めたい。


 行宮についてであるが、現在は、神上神社(こうのうえじんじゃ)となっている。


 地名は下上見明(しもかみみあけ)といい、境内には御腰掛石(おこしかけいし)なども残っている。かつては神社の下の里あたりまで海だったといわれている。


 ここでサノは、今後の進路を決めるため、同神社の近くにある、四方を見渡せる山に登った。


 山頂に辿り着き、遥か彼方を眺めていると、四頭の熊が現れた。


サノ「なっ・・・なんや!いきなりなんや!」


 四頭の熊は、サノを見ると地に伏し額づいた。恭順の意を示してきたのである。


 この熊は、荒くれ者や未開の地の人間のことではないかという考えもある。


 この出来事をもとに、山は「四ツ熊の峯(よつくまのみね)」と名付けられた。現在の四熊ヶ岳(しくまがだけ)である。


 その後、四熊ヶ岳は神聖な場所とされ、数十年前までは女人禁制だったそうである。


 とにもかくにも、山の頂から四方を眺めつつ、定まった時刻、すなわち定刻に学習会がおこなわれた。今後についての事前打ち合わせがおこなわれたのである。


サノ「まあ、安芸国(あき・のくに。今の広島県西部)に行くの当然として、そのあとはどうするかやなあ。」


興世(おきよ)「安芸の人たちに稲作技術を伝えるんでしょ?」


サノ「それは決定事項やじ。彼の地は、まだ陸稲(りくとう)らしいからな。」


大久米(おおくめ)「それじゃあ、水稲(すいとう)耕作にするための灌漑技術も伝えないとダメってことですね?」


天種子(あまのたね)「せやな。広い土地やったら、何年もかかるやろうな。」


長兄イツセ「それと同時に、あの勢力にも接触せねばなるまいな。」


サノ「あの勢力っちゅうんわ、どの勢力っちゃ?」


長兄イツセ「あほう!出雲に決まっとろうが!」


三兄ミケ「まあまあ、長兄。サノも読者のために、とぼけたんやかい(だから)、許してくんない(ください)。」


サノ「ま・・・まあ、そっ・・・そういうことやじ。」


長兄イツセ「それから船もぎょうさん(たくさん)必要やじ。」


日臣(ひのおみ)「イツセ様、そいはどういうことっちゃ?船をぎょうさん作って何をするんです?」


長兄イツセ「こっからは、当然、戦もあるやろ。大きい船に“ひとかたまり”やと、すぐやられるかい(から)、船団にせにゃならんちゃ。」


サノ「兄上、まこち(本当に)戦になるんやろか?」


長兄イツセ「そうなった時のために準備だけはしとかにゃな。」


次兄稲飯(いなひ)「場合によっては、安芸や、そのあと訪れる吉備(きび。今の岡山県と広島県東部)からも人員を招集せにゃならんかもしれんな。」


剣根(つるぎね)「人はどうとでもなるでしょうが、船は如何いたしまする?木材をどこから調達するか・・・。」


長兄イツセ「そこやが、伊予二名島(いよのふたなのしま。今の四国)に駐在している、小千(おち)にお願いして、木材を調達してもらうんが、よかち思うんやが、どうやろ?」


サノ「おちやんかぁ!久々に会いたいっちゃ!」


長兄イツセ「まあ、その、おちやんと、何とか連絡が取れるようにして、木材調達を依頼したいんやが・・・。」


シイネツ「ちょっ、すいません。オチヤンって誰ね?」


三兄ミケ「わしらの遠い親戚っちゃ。ひいひいばあちゃんのお父さんの末裔っちゃね。」


次兄稲飯(いなひ)「大山祇神(おおやまづみ・のかみ)の末裔っちゅうことやじ。」


シイネツ「ひいひいばあちゃんって、木花開耶姫(このはなのさくやひめ)ですよね?」


サノ「簡単に言ったら、富士山っちゃ。行ったことないけど。」


長兄イツセ「まあ、とにかく、シイネツに代わる水先案内人を見つけ出し、おちやん・・・もとい小千(おち)とも連絡が取れるようにせにゃならん。」


シイネツ「水先案内人に関しては、うちにまかせてください。同族の者たちに声をかけるっちゃ。国津神スマホでピピッと。」


一同「そうか、その手があった!」×10


シイネツ「ピピッと・・・。」


日臣(ひのおみ)「ど・・・どうね?」


シイネツ「・・・・・・。」


天種子(あまのたね)「どうなんや?」


シイネツ「・・・すいません。圏外ですぅ!」


サノ「あほう!」


タギシ「父上、とりあえず安芸の地に向かい、そこで電波の届くところを探しては?」


サノ「じゃが(そうだな)!それじゃあ、出航の準備にとりかかるっちゃ。」


 こうして、竹島の「たいらの里」を去り、一行は安芸国(あき・のくに)に向かったのであった。


 この地を去る時、サノはこう言ったという。


サノ「どこに行こうと、わしの心はここにある。わしをここに祀れば、この地の守り神になるじ。」


 サノの言葉を受け「たいらの里」の人たちが築いた神社が、冒頭に紹介した神上神社(こうのうえじんじゃ)である。


 また、サノはこうも言ったらしい。


サノ「船は海を行け。わしは陸を行く。」


 陸路で安芸に向かったのであろうか?竹島の伝承では、そう語り継がれている。海の難所である周防灘(すおうなだ)を避けたとも考えられる。


 しかし、この物語では、船で赴いたことにさせてもらおうと思う。というのも、このあとで烽火伝説(のろしでんせつ)とかいうやつがあるのである。


サノ「烽火ってなんね?」


 それは一行が広島湾に入った時に起こった。


タギシ「もう少しで安芸の地ですぞ、父上。湾から岬のように突き出した森が見えまする。あそこに上陸しますか?」


サノ「そうするっちゃ。」


興世(おきよ)「ちょっと、あれ何かしら?」


長兄イツセ「なんや?」


興世(おきよ)「あそこから・・・向こうから怪しげな煙が・・・。」


サノ「なんやろう?すごい量の煙っちゃ。」


 空高く昇る煙を見据えながら、一行は安芸の地に辿り着いたのであった。

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