エピソード2.5 11人目

 大分市佐賀関(さがのせき)は、関サバ、関アジの水揚げで知られる港町である。小さく突き出た半島の先端に位置し、四国の佐田岬との間に、豊予海峡を成している。


 古代の人々は、この海峡を速吸之門(はやすいなと)と呼んだ。潮流の激しい海域である。


 当然、狭野尊(さの・のみこと。以下、サノ)ら天孫一行も、この海域を進んだ。


 ここで、本編の主人公サノが作者に噛みついた。


サノ「おい!作者よ。今回の物語は、台本にある話やろう?それなのに、なにゆえ2.5なのだ。おかしいやろうが!」


 確かに、今回の物語は「記紀」に書かれた話であるが、この物語に付随する伝承を見つけてしまったのである。


 ここで、筋肉モリモリの日臣命(ひのおみ・のみこと)とマロ眉の天種子命(あまのたね・のみこと)がツッコミを入れてきた。


日臣(ひのおみ)「とか何とか言っとるが、前回のエピソード2も、まるまる台本には、なか話やったぞ。小数点の意味がなくなっとるんじゃなかか?」


天種子(あまのたね)「せやな。結局、3.5も4.5も作るつもりなんやろな。作者、開き直ったんやおわしまへんか?」


 そうです。開き直りました。今後も、3.5、4.5と作っていきますので、そこのところ、よろしくお願いします。


 さて、話を戻そう。


 速吸之門を通過していた時のことである。


 一艘の小舟が近付いてきた。よく見ると、釣り人が乗っている。


 そこで、サノは釣り人に声をかけてみた。


サノ「汝(いまし)は誰や?」


釣り人「うわ!びっくりした!挨拶もなし?げさきいなあ(下品だな)。」


サノ「仕方なか。台本通りにやったら、こうなるっちゃ。」


釣り人「じゃあ、うちも台本通りに・・・。うちは、国津神(くにつかみ)で、珍彦(うずひこ)って言います。曲(わだ)の浦で釣りをしてたら、天孫一行が来るって聞いたんで、お迎えにあがっちゃいました。」


サノ「国津神?」


珍彦(うずひこ)「またまた、わざとらしいなあ。知っちょるでしょ?土着の神っちゅうことです。」


サノ「知っちょるが、読者のためや。他意はないぞ。それと、曲(わだ)の浦ってどこ?」


珍彦(うずひこ)「よく分かりません。近くの海のことかな?」


サノ「まあ、ええか。台本に戻ろう。じゃあ、汝(いまし)に水先案内人をお願いしたいんやけど、ええか?潮流が激しくて、たいへんなんや。」


珍彦(うずひこ)「えっ?うちを、かてちくれんの?(私を仲間に入れてくれるんですか?)」


サノ「ちょっ、何言ってんのか分かんないっす。」


珍彦(うずひこ)「仲間にしてくれるんですか?って意味ですぅ!ホントにいいんですか?」


サノ「いっちゃが、いっちゃが!(いいよ、いいよ!)この椎竿(しいさお)につかまって、わしらの船に乗り込め。」


珍彦(うずひこ)「椎の木で作った竿ってことですね。では、お言葉にあまえて・・・。」


 こうして、地元の神である珍彦が、水先案内人として、仲間に加わったのであった。サノは、感謝の気持ちとして、珍彦に名前を与えてやることにした。


サノ「では、椎竿につかまったことを記念して、椎根津彦(しいねつひこ。以下、シイネツ)という名前は、どうやろう?」


珍彦(うずひこ)「えっ!?ちょっ・・・まっ・・・。」


サノ「ど・・・どんげした?(どうしたんだ?)」


珍彦改めシイネツ「いえ、あまりにものかたじけなさに、言葉もなく、心中お察し上げ願いとう存じ申し上げ奉りまする。」


 ここまでが、台本・・・もとい「日本書紀」の記述である。


 だが、ここに付随する伝承がある。


 それは冒頭に紹介した佐賀関に鎮座する、早吸日女神社(はやすひめじんじゃ)の伝承である。


 シイネツが仲間になった直後のこと、一行は急激な風雨と荒波に襲われた。


 シイネツが海面を覗くと、海底から異様な光が差している。シイネツは、すぐさま、従えていた姉妹の海女、黒砂(いさご)と真砂(まさご)に潜って確かめるよう命じた。


黒砂(いさご)「えっ!?自己紹介もなしに?」


真砂(まさご)「人使い荒くない?名前もらったからって、調子に乗ってんじゃないの?」


 文句タラタラであるが、主人の命には従わざるを得ない。姉妹は海中に潜った。


 すると、そこには大蛸(おおだこ)が待ち受けていた。


 二人を見て、大蛸は、嬉しそうに呟いた。


大蛸「天孫一行が来たんだね。これでようやく、こいつをお返しできるって訳ですな。」


 そう言うと、大蛸は、一本の剣を取り出した。光の原因は、この剣であった。


黒砂(こ・・・これは?)


大蛸「これは伊弉諾尊(いざなぎ・のみこと。以下、イザナギ尊)が絶えず佩(は)いていた神剣だよ。ミーがずっと預かっていたのさ。」


真砂(イ・・・イザナギ尊って、国生み神話で有名な、あの?)


大蛸「そうだよ。黄泉(よみ)の国から戻ってきて、禊(みそぎ)をおこなった地が、ここなのさ。禊の最後に、この神剣を海底に沈められたんだけど、畏(おそ)れ多くて、ずっと守護していたんだよ。」


黒砂(ここって、佐賀関のすぐ目の前にある、権現礁〔ごんげんべい〕っていう岩礁〔がんしょう〕ですよね?まさか、ここが禊の場所だったなんて・・・。)


大蛸「禊っていうのは、体と心を清める儀式のことだよ。前回、説明したよね?」


真砂(ちょっ、何言ってんのか分かんないっす。)


大蛸「今のは、読者向けに言った台詞だよ。では、ミーは使命を果たしたので、ここらで退場させてもらうよ。ガクッ。」


黒砂・真砂(おおだこぉぉ!!)×2


 大蛸は神剣を返すと、燃え尽きたように、海底へと沈んでいった。満足そうな笑みを浮かべていたとか、いなかったとか。


黒砂(いさご)「そういうことで、この神剣をお返し致しますとのことで・・・ガクッ。」


サノ「えっ!?どういうことや?」


真砂(まさご)「我ら姉妹、長く潜り過ぎたようです。お会いできて光栄でし・・・ガクッ。」


 姉妹もまた、長時間の潜水がたたって息絶えたのであった。


 気が付けば、暴風雨と荒波は静まっていた。


サノ「初めての死亡者やじ。それも一気に二人も・・・。」


シイネツ「二人とも、お役に立てて本望やと思っちょるでしょう。」


 サノは、姉妹を厚く葬り、神剣を御神体とする小さな祠(ほこら)を建てた。そして、八十禍津日神(やそまがつひ・のかみ)らを祭神として、建国の大請願を立てたのであった。


 これが、早吸日女神社(はやすひめじんじゃ)の起源であると伝わる。


 ちなみに、八十禍津日神(やそまがつひ・のかみ)は、イザナギ尊が、禊をおこなった時に生まれた神である。


 この神社は、地元で「お関様」と呼ばれ、拝殿には、多くの蛸の絵が貼られている。参拝者は願い事と、その成就のために蛸を食べない期間を書いて貼るのである。


蛸断(たこだち)祈願という信仰で、同神社の禰宜(ねぎ。神職の一つ)は代々、一生涯、蛸を食べないそうである。


 なお、佐賀関の港町では、黒砂(いさご)通り、真砂(まさご)通りとして、姉妹の名が残っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る