眼鏡がないとダメなんだよ

尾八原ジュージ

眼鏡がないとダメなんだよ

「幽霊って、眼鏡ナシでも見えます?」


 そう尋ねた僕に、加賀美さんは「見えるよ」と答えた。

「てかいきなり何よ」

「スイマセン。加賀美さんの眼鏡見てたら気になって」

 喫茶店の小さなテーブルを挟んで座った加賀美さんは、太い黒縁の眼鏡をかけていた。よく見ると真っ黒ではなく、灰色と黒の細かい市松模様だ。それを眺めていたら、ふと疑問が浮かんだのだ。

 加賀美さんは実家が神社で、その霊感には定評がある。そして常に眼鏡をかけている。こんな質問をするのにはうってつけだ。

「まぁ、見えるよ普通に」

 だから何? という顔をしながら、彼は片手を挙げて「すいません」と店の入り口の方に声をかけた。

「何だあの店員、全然来ねーな」

「あのー、眼鏡なしだと幽霊もボヤケます?」

「いや、そういうのじゃないから」

 そう言われても、霊感のない僕にはどういうものかよくわからない。

「むしろ、眼鏡なしでもはっきり見える奴は幽霊だね。こうやって……」

 加賀美さんは両手でフレームを持ち、眼鏡を少し下げて辺りを見回した。と思いきやパッと眼鏡をかけなおし、何事もなかったかのように僕の方を向いた。

「やべっ、本当にいた」

「えっ」

「さっきから来ないと思ってた店員、店員じゃなかった」

「どこですか?」

 キョロキョロする僕に、加賀美さんは「レジ横」と短く答えた。

「帰りに絶対通るとこじゃないですか!」

「しっ! 無視しろ」

 幽霊と酔っ払いは無視に限ると言って、彼は別の店員に声をかけた。注文を済ませると僕たちはなんとなく安心して、そろって溜息をついた。

「幽霊はともかく加賀美さん、凝ったフレームのやつしてますね」

「ああ、俺眼鏡好きだから」

「眼ぇ悪いんですか?」

「うーん、両目0.6かな。実は裸眼でも過ごせるんだけど、俺は眼鏡がないとダメなんだよ」

 その言葉には、妙に重たい実感があった。

 確かにそうかもな、と僕は思った。眼鏡がなければ、加賀美さんには幽霊の存在がはっきりわかってしまう。あえて曖昧な状態にしておくことで、彼は精神を安定させているのかもしれない。

 加賀美さんと知り合って何年も経つが、飄々とした彼のナイーブな一面を垣間見た気がした。この人も大変だな、と思っていると、


「俺、顔がすげぇ薄いから。眼鏡がないと外見の個性が死ぬんだよ」


 そう言って加賀美さんは、一瞬眼鏡をきちんと外してみせた。僕が正直に「なるほど」と言うと、彼はムッとした。

 意外とめんどくさい一面を垣間見てしまった。

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