第2話 レンドアビリティ
町の一等地に建てられた一軒家のひとつ。それがこの家、僕たちが生活の拠点としている物件である。
冒険者は基本的には根無し草の旅生活を送っているもので、家を所有してそこに住むなんてことはしない。だが、全くいないわけでもなく、資金が豊富にある人間の中には土地を購入して家を建てる者もいる。常時そこで生活しているわけではないが、任務がひと段落したら帰る程度には利用しているらしい。
この家は、ジュリアたちが資金を出し合って共同で建てた一種のシェアハウスのようなもので、現在はパーティの仲間全員が此処で暮らしている。
そのうち自分たちの国を作ったらそっちに移住するから此処は売りに出す……みたいなことを言ってたけど。庭付きの屋敷じゃないから貴族からの需要はまず見込めないし、こんな一等地に建てられてるんじゃ金額的に冒険者たちにもそう簡単に手を出せるような物件じゃないだろうし。大丈夫なのかな?
まぁ、僕が気にするようなことじゃないか。
「ほら、あたしたちからの餞別よ。感謝して受け取りなさい」
これから独り立ちする僕の見送りと称して一緒に出てきたジュリアは、薄汚れた小さな布の袋を僕へと渡してきた。
中を覗くと、金貨が五枚と銀貨が十枚入っていた。
可もなく不可もなく……まぁ、庶民一人分の生活費として考えるなら、無駄な出費を極力抑えて一ヶ月は暮らしていけるかな、程度の金額だ。冒険者としてやっていくには若干不安な金額とも言えるけど。
──この世界で使用されている通貨は、全部で八種類ある。錫貨、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、霊銀貨、金剛貨の八種類だ。
随分種類が多いなって? 確かにそれは僕も最初に知った時は思ったけど、そもそも日本の通貨だって十種類あるじゃないか。商業が発展しているこの世界で使われている通貨としては妥当な数だと思うよ。
一般的に流通しているのは錫貨から金貨までの五種類で、それ以上の貨幣となると王族や貴族、大規模な商会とかごく一部の場所でしか流通していない。価値としては日本円とほぼ同等で、錫貨がおよそ一円となり、鉄貨は十円、銅貨は百円……という感じで桁がひとつ増えると貨幣のランクが上がっていく仕組みになっている。物価自体も日本のそれと殆ど同じだから、計算しやすくて助かるよね。
ジュリアが僕にくれたのは、日本円換算で六万円。これが日本なら家賃だの光熱費だのであっという間に使い切ってしまう金額だけど、根無し草の冒険者だったら最低限食費だけどうにかできれば後は何とでもなるから、冒険者ギルドで仕事の仲介料を支払うことを考えても大分余裕がある。
……どうして日本の金や物流に関してそんなに詳しいんだって?
それは、詳しくて当たり前だよ。だって僕は──
「それだけあれば、しばらくは生活には困らないわよね? あんた、一応冒険者ギルドの検定試験受けさせたけど最低ランクの
証の発行には、冒険者ギルドから出された検定試験を受ける必要がある。それで修めた成績で相応と判断された
証のランクは、全部で八段階ある。これはこの世界で流通している貨幣の種類と同じで、ランク名も同じ。最低ランクの
ランクが上がるほどギルドから斡旋される仕事の種類も難易度も上がっていき、その分報酬も増える。冒険者用の武具を扱う専門の大店や工房の中には、上位のランク持ちじゃないと相手にしてくれないところもあったりするので、ランクは高い方が何かと得なのである。
僕はジュリアと出会ってこのパーティに加入した時に、証を持ってなかったということもあってギルドで検定試験を受けさせられた。
その時の試験結果は散々で、腕力も魔力も全くなく、武芸も魔法もまるで駄目で冒険者としての適性はなし。それでも機転の利かせ方には光るものがあったということでぎりぎりの
試験担当官や周囲で試験の様子を見物していた通りすがりの冒険者たちは「悪い事を言わないから冒険者になるのはやめておけ」ってしつこいくらいに説得しようとしてきたけれど……
「それじゃ、さっさと行って。あたしたちも暇じゃないから。これから建国の準備とか色々とやらなきゃいけないことがあるし」
「……そうだね。僕も今日寝る場所を探さなきゃいけないから、もう行くよ」
僕の門出を見送るのはジュリア一人だけ。残りの四人は家の中にいて、顔すら出そうとしてこない。
そのジュリアですら、さっさと厄介払いしたいみたいな顔をしている。僕の今後の安寧を願っている、って感じじゃないね。
本当に、彼女たちにとって僕は役立たずのお荷物っていう認識しかないんだな。
……いや、アストリッドは違うか。彼女だけは僕のことを色々と気遣ってくれてたし。
今回の見送りだって、本当は一緒に外に出ようとしていたところをハロルドたちに止められたのだ。そんな無駄なことで時間を潰してる場合じゃないからって。
無駄なこと、ね……
僕からしてみたら、これから彼らがやろうとしていることの方がよっぽど実のないことに思えるんだけれどね。
「今まで世話になったね。ありがとう、ジュリア」
「そんな御礼なんかいいわよ。ほら、早く行ってちょうだい」
しっしっ、とジュリアは虫を追い払うみたいに僕に向けて手を振る。
そんなに急かさなくても、もう行くよ。僕だってこれから色々しなきゃならないことがあるんだから。
目下のところは、さっきも言ったけど今日寝泊まりする場所を探すことかな。
でも、その前に……
「うん。もう行くよ。……でも、最後にひとつだけいいかな」
「何よ」
「僕と握手、してくれる?」
「……はぁ?」
一体何を言い出すんだ、とでも言いたげに眉間に皺を寄せたものの、その程度の要求だったら呑んでも構わないと思ったのか、彼女は僕が差し出した右手をしっかりと握った。
「ほら、これでいい?」
「うん。ありがとう」
僕たちの手と手は繋がった。
──これで。
僕が今の今まで彼女に貸していたものを、返してもらうことができる。
「──
繋いだ掌の触れ合った部分に、温かいものに包まれたような感覚が生じた。
それから少しずつ、その温かいものは腕を伝って僕の体内へと流れ込んでくる。
視覚的には変化は全くないから、今何が起きているのかはジュリアには分からないだろう。
……でも、いずれ彼女は知ることになる。
彼女が英雄になれたのは何故なのか。
僕が役立たずと言われながらもこのパーティに居続けることに拘った理由は何なのか。
僕があの人と約束したこととは──一体何か。
「元気でね、ジュリア。君がこれから何事もなく暮らしていけることを、この世界の何処かで祈っているよ」
握手を終えた僕は、ジュリアに背を向けた。
ジュリアは怪訝そうな表情をして僕の背中を見つめたが、すぐに興味を失ったようですぐに家の中へと戻って行った。
そんな彼女に、僕は囁くように言葉を手向ける。
「……都落ちして仲間同士で殺し合い、なんて結末にならないようにね」
通りを行き交う人々は、平凡な姿をした僕のことなど気にも留めずにその場を通り過ぎていく。
いずれは否が応でも顔を知られるようになってしまうのかもしれないけれど……僕は別に有名になりたい願望があるわけじゃないから、気に留められないというのは有難い。
さて、今日の寝床を探しに行くとしますか。
普通に考えるなら、町で冒険者向けに経営している宿に部屋を取るのが手っ取り早いんだろうけど……
……となると、やっぱりこの手かな。
僕は早々に大通りから外れて裏路地へと入り、周囲に誰もいないことを確認してから、その言葉を口にする。
「──テレポート」
体内の魔力がひとつの形に編み上げられて外へと放出される。
発動した魔法は、僕を此処から遠く離れた、記憶の中のとある場所へと運んでいった。
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