レンドアビリティ~英雄から無能扱いされた雑用係は英雄に己の能力を貸し与えていた神の使徒でした~(仮題)
高柳神羅
第1話 追放
「ミナヅキ、あんた、今日限りで此処から出て行って」
遅めの夕食を済ませて厨房で後片付けをしていた僕の元に来るなり、彼女はそう告げた。
その時に、戸口の向こうで寛いでいた仲間たちから向けられた哀れみと嘲りの色が混じり合った視線を、僕は生涯忘れることはないだろう。
「……ええと……いきなり、何で?」
「何でって、決まってるでしょ。あんたはもう用済みだからよ」
何言ってるの、とでも言いたげな眼差しで、ジュリアは腕を組みながら僕に言う。
「あたし、決めたの。長年の目標だった英雄にもなったことだし、これからは一国の女王として英雄としても王としても歴史に名を残す偉人になるって。折角国連から建国の権利を貰ったんだし、使わなきゃ損でしょ」
「建国の費用はジュリアが国連から貰った反王討伐の報奨金があるからなぁ。それを元手に国を建てて大きな収入源を確保した方が、単純に金を分配して終わりにするよりいいんじゃないかって話になったんだよ」
戸口の向こうから割り入ってきた声に、ジュリアは「そういうこと」と言って頷いた。
「ハロルドたちは国の重役として今後もあたしの傍で働いてもらうことにしたの。腕が立つし、何より信頼できる反王討伐パーティの仲間だしね。女王の側近に据えるにはそういう人材を選ぶのが一番いいのよ。……でも、あんたはどう? 男のくせに力はないし魔法も全然使えない、できることといえば炊事洗濯荷物運びといった雑用だけ。だったら、同じ雑用係でも力自慢の男や多少なりとも魔法が使える人間を雇った方が得でしょ」
「…………」
僕は口を結んで俯いた。
確かに、今の僕は同世代の男たちと比較したら非力だし、魔力がないから初歩的な魔法すら扱うことができない。今まで彼女たちと一緒にいて僕が皆のために物理的に貢献してきたことといえば、日々の食事の世話や荷物持ちといった雑用が主だ。
彼女がこれから自分の国を持って雑用係や従僕として誰かを雇おうと考えているのなら、炊事洗濯以外まともにできない今の僕よりもプラスアルファの才能を持っている人の方を選ぶのは自然なことだと思う。彼女に限らず、人間なら余程の事情がない限りは同じように考えるだろう。
だから、彼女がそう考えたことに関しては文句を言うつもりはないけれど。
でも。
「……僕にだって色々事情があるんだ。いきなり一方的にリストラされても困るんだけど……」
「リストラって何よ、訳分からないこと言わないで。……とにかく、これはもう決定事項なの。このパーティのリーダーで英雄たるあたしがそう決めたんだから、無能なあんたは大人しくそれに従いなさい」
「安心しろよ、オレらもお前のことをいきなり無一文で放り出すなんて真似はしないって。お前でもこなせるような簡単な仕事を見繕うための資金くらいは持たせてやるからさ!」
「……そう」
どうやら、彼女たちの中では僕をパーティから除名することは揺るがぬ予定らしい。
これ以上は食い下がるだけ無駄だ。問答する時間と労力が勿体無い。
……残念だな。僕にはまだ此処でやることがあったんだけど。それを果たせないどころか、彼女との約束も守れなくなるなんて。
本当に、残念だ。
「……分かった。君たちがそう言うなら僕は此処から出て行くよ。部屋にある荷物取ってくる」
「あんたは無能だけど人の言うことが理解できる程度には頭が働くからそこは助かるわ。そういうことで宜しくね」
これで僕と話すべきことは全部話した、とでも言わんばかりに、ジュリアはさっさと僕に背を向けてリビングの方へと戻っていく。
「あ、そうそう」
と、戸口をくぐったところで立ち止まり、肩越しに振り向くと、
「そこの後片付けだけ最後までやってって。引き継ぐの面倒だから」
「…………」
その言葉に対して、僕は無言のまま小さく溜め息を吐くことしかできなかった。
皿洗いを済ませてついでに生ゴミまで綺麗に片付けた後、僕は自分の荷物を取りに自室へと戻った。
「……結局、最後まで部屋らしくならなかったな」
見慣れた世界が視界一杯に広がると、つい苦笑を漏らしてしまう。
僕の部屋は、元々は物置部屋だったのを人が寝泊まりできるように最低限のスペースを確保してそこに寝袋を置いただけという、本当に寝に帰る以外のことしかしない場所だった。掃除用具とか何処かの遺跡で拾ってきた用途不明の遺物とかが無造作に押し込まれていて、本当に狭いことこの上ない。
「……けど……」
──だが、そんな部屋でも、二年も暮らしていれば多少は愛着も湧くというもの。
持ち出す私物なんて鞄くらいしかないけれど、私物を纏めて部屋を去る時に、つい振り返ってしまう。
……色々あったな、本当に。
当時名前も知らなかった森の中で迷子になっていた僕を拾ったジュリア。
その日から、数多いる英雄候補の一人として仲間と共に反王討伐の旅を助ける彼女の手伝いをするために、僕は力を貸してきた。
反王を討ち取り、この世界を侵蝕しかけていた『闇の氾濫』を止めて彼女が本当の英雄となった後も──これから先も、僕は裏方として彼女を陰で支えていくつもりだった。
それが、僕の役目だったから。あの人との約束だったから。
──約束、果たせなくなっちゃったな。ごめん。
でも……他ならぬ彼女自身がそう決めたことだから。これ以上は、僕からは何も言えない。
彼女の傍に僕がいた証を全て消し去ってから、望まれた通りに彼女の目の前から消えることにするよ。
「……ミナヅキ」
長らく世話になった自室に完全に背を向けると、横から声が掛けられた。
大きなフードが付いた純白のローブを纏った長身の娘が、何処か陰の宿った眼差しで僕のことをまっすぐに見つめている。
「僕に何か用事? アストリッド」
「私……こんなのおかしいって思う。ミナヅキは、私たちのために毎日大変な思いをしてたのに。毎回違う献立の料理考えて作るのも、汚れた装束を洗濯するのも、物凄く大変だってこと……ジュリアたちだって知らないはずがないのに。魔物や妖異と戦うための力がないからってだけで無能って言うのは、どうかしてる……」
彼女が着ているローブは、長らく過酷な旅をしてきたことであちこち傷みが出てはいるものの、目立った汚れは見当たらない。
僕が、皆が寝静まった後で丁寧に洗濯をして干していたからだ。ちょっとほつれたりしている部分を見つければ繕ったりもしていた。この二年間、武具はともかく衣類に関しては買い換えたことなんてなかったと思う。
アストリッドは仲間が負った傷を癒す役目を担った神官だ。ただ相手を倒すことだけを考えている前衛とは違って人一倍神経を張るポジションにいるから、旅の疲れも相当のものだったはずである。でも、このパーティの中で唯一、彼女だけが僕の仕事の手伝いをしてくれていた。もちろん毎日じゃないけれど。食器を洗ったりゴミを処分しに行ったり、そういう簡単なことしかできないけど手伝うよと申し出てくれたのだ。
そういう経験があるからか、彼女はどんなに疲れ果てていても毎日こなさなければならない炊事洗濯を引き受けてくれる仲間には感謝を忘れちゃいけないと日頃から皆に訴えていた。その場面を僕は何度か目撃したこともある。
他の連中には……馬耳東風だったようだけど。
「私、もう一度ジュリアと話すよ。ミナヅキを此処から追い出さないでって頼んでみる。……明日からの食事を作ってくれる人がいなくなると困るからとかじゃなくて、私……誰よりも頑張ってるミナヅキがこんな扱いをされてるのが納得いかない。貴方が凄い人なんだってこと、みんなにも認めてもらいたい。だから……出て行くのは、もう少しだけ、待って。絶対に、説得してみせるから……」
「……アストリッド」
彼女は、優しい。
仲間の怪我を癒す神官だから慈愛の精神が根付いてるとかではなく、きっと昔からこういう性分なのだろう。
竜の血を引く亜人一族の末裔であるが故に、容姿は人間のそれとは離れていて人から怖がられることも少なくはない。黄金の目に縦長の瞳孔──その双眸で見つめられると、彼女をよく知る僕だって何だか大蛇に睨まれているような錯覚を覚えることもある。彼女のことを知らない人からすれば、取って食われるのではないかと恐怖を感じることだってあるだろう。
自ら進んで他人に近付くこともしないし、お世辞にも愛想が良いとも言えない。
そういう『人の女性』としてはマイナス要素が多い彼女だが……優しいのだ。
此処から去るのを待ってほしいと彼女が願うのなら、それを承諾するのが正しい僕の反応なのかもしれない。
……でも。
「君が僕のことをそんな風に評価してくれていることは嬉しいよ。ありがとう。でも──」
彼女に対してこんなことを言うべきではないと思う。
でも、優しさだけじゃ人の関係は成り立たない。彼女には申し訳ないけど、それだけははっきりと言わないといけない。
「君がジュリアを説得することはできないよ。断言してもいい。今のジュリアには……もう、誰の言葉も届かないんだ。間違ったことをしていても、それを叱って教えることができる人はいない。君に限ったことじゃない、ハロルドにもムムにもアジュリーにも、無理だろうね」
「……ミナヅキ」
「大丈夫。僕は、君が考えているほど弱くはないよ。此処から出て行った後も一人で生きていけるから」
別に虚勢を張っているわけではない。
単に生きていくだけだったら、僕一人の力で十分に何とでもなる。
食べられる野草を探したり、魚を釣ったり……その気になればサバイバルだってできるのだ。ジュリアたちと一緒にいる間は、そんなことをする必要がなかったから腕前を披露することはなかったけれど。
「今まで、僕のことを助けてくれてありがとう、アストリッド。元気でね」
「…………」
表情を曇らせて口を閉ざしてしまったアストリッドに背を向けて、僕は鞄を片手に歩き出した。
此処に来て初めてとなる、僕一人の旅路の第一歩を踏み出すために。
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