第6話 決断
俺は香織の手紙を読み、俺はショックを受けていた。
何も気が付いてやれなかった。強姦にあったこと、妊娠していること。俺の前から消えようとしていたことも。何一つ気が付いてなかった。香織が苦しんでいる間、俺は受験勉強をし、合格に喜んでいた。そして告白して、ハッピーでバラ色な大学生活を送る事を想像して、ニヤニヤしているだけだった。最低な糞野郎だ。
あいつが消えてからも何も行動しなかった。探偵を雇うなど探す方法はいくつもあっただろう。本当に糞野郎だ。
「パパ、どうして泣いてるの。どっか痛いの?」
俺は自分でも気づかないうちに泣いていたらしい。いつぶりの涙だろうか。両親が死んだとき以来かもしれない。
「違うよ。あやかちゃんが美味しそうにオムライスを食べてくれるから、うれしいんだ」
「ほんと。じゃあ、あやかいっぱい食べるね」
「ありがとう。あやかちゃんはおれ、じゃなくて、パパと一緒にママが帰ってくるの待てそう?」
「うん。パパといっしょなら待てるよ。大丈夫だよ」
「そっか。じゃあママが帰ってくるまで、一緒に待とうか」
「うん」
俺は覚悟を決めた。
「香織、俺と一緒に住まないか? どうか俺の家族になってくれ」
6年前俺が香織にした告白だ。天涯孤独な俺達はお互いに家族が欲しかった。愛情に餓えていた。香織とその寂しさを埋めあっていた。
でも、気がついてしまった。あの時の俺は結局、自分のことしか考えていなかった。だから香織の苦しさに気付いてやれなかった。何を見ていたんだろう。俺は。
香織が消えてからの俺はただ生きているだけのロボットだった。毎日同じ作業をただただ繰り返す。
結局、香織とは家族になれなかった。
でも再びチャンスは与えられた。今度こそはと、俺は彩花と家族になることに決めた。今度こそはと。
そうと決まれば、まずは康介さんに相談しよう。康介さんの仕事は弁護士だ。こういったことは詳しいはずだ。康介さんにRINEする。
「相談したいことがあるので、10時頃お電話してもよろしいですか」
すぐに既読マークが付き、返信が来る。
「大丈夫だ。今から帰るところだから、そっちに寄ろうか?」
なるほど、来てもらったほうが、話が早いかもしれない。
「お願いしてもいいですか。結構重たい話なので、来て頂いたほうが説明し易いです」
「了解。これから事務所を出るから30分位後に伺うよ。いつもどおり、駐車場借りるぞ」
「お願いします」
康介さんとRINEのやり取りが終わったので、彩花の方に目をやると、スプーンを握ったまま、ダイニングテーブルに突っ伏して、寝ていた。道理で静かだと思った。子供ってほんの数分の間に寝ちゃうんだな。
家族にすると決意を決めてしまうと、ちょっとしたことでも、すごく愛らしく感じる。これは写真に撮っておこう。家に来た記念日の写真だ。
疲れたんだろう。何時から家の前で待ってたんだろう。5月だから寒かったってことはないだろうけど。
机から落ちて怪我したらいけないから、ベットへ運ぶ。
軽い。4歳の子供ってこんなに軽いのか?いや多分、平均より大分軽いんだろうな。手と足なんてこんなに細いし。やはり満足に食べてなかったんだろうな。そんな事を考えてたら、また、涙が出そうになった。
口の周りにこんなにソースをつけて。ベッドにそっと降ろして、口をティッシュで拭く。口がモニュモニュと動いて、リスみたいだ。可愛い。
香織は彩花を大切に育てていたと思う。愛情は受けていたはずだ。それはこの子の様子を見ているとよくわかる。そんな大切な子供を手放すなんて。多分手紙に書いていない理由が他にもありそうだ。香織は今日から一人で平気なのだろうか。
香織、お前は今、何をしているんだ。馬鹿なことだけは考えてくれるなよ。
この天使の寝顔が見られなくて辛くないのか。あいつは寂しがりやだから泣いてるだろうな。俺が責任持って彩花を預かること伝えて、安心させてあげたい。そして、もう一度、香織に会いたい。会って、誤りたい。俺は彩花の寝顔を見ながら、何か伝える方法はないものかと考えていた。
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