Basis33. 別離

 海緒が育った孤児院は、私が魔術の特訓をした公園の近くにあった。閑静な住宅街の一角にあり、教会の裏手にそれはあった。あまり大勢で押し寄せるもどうかということで、孤児院へは私とアイリス、海緒に風花。最後に玲先輩が行くことになったのだ。篝と柚ちゃんはケーキを食べ終わるとそのまま街へと駆け出していった。おそらく終わった後に一緒に買い物にでも行く予定を入れていたのだろう。


「ただいまー!」


 海緒の元気な声が建物に響くと、地鳴りのように子供たちがやってくる足音が轟く。


「みおねー!」

「わーい! みおねーがかえってきた!」

「今日はみんなにお土産だぞー!」

「わぁ! ケーキだよケーキ!」

「押さない押さない! みんなの分あるからちゃんと並ぶ!」


 海緒はどうやらこの孤児院でもかなり慕われているというのは嘘ではないようだ。海緒はやってくる子供たちに対応しながら、笑顔を見せている。風花もどこか自信ありげに私に話しかけてきた。


「……どうだ? あれが海緒のいいところなんだぞ」

「なにそれ惚気?」

「……悪い?」


 風花は堂々とそう言い返してみせた。海緒は変なところもあるが、こういうところはしっかりとお姉ちゃんぶりを発揮している。そして子供たちの視線が引き連れてきた私たちの方へと向く。


「あっ、華凜ねーちゃんだ!」

「あとアイリスおねえさん!」


 どうやら私が公園で特訓していた際に集まっていた子供たちはここの孤児院の子たちのようだ。ざっと見てみると、あの時に見たことのある顔もいた。そういえばあの時送別会がどうこう見たいな話をしていたっけ? あの時のみお姉っていうのはまさか……


「何? りんりんたちいつうちのガキンチョとお友達になったの?」

「入学前にちょっとね」

「あーもしかして! あいつらが言ってた変なお姉さんと優しいお姉さんって!」

「……変なお姉さんです」

「ではわたくしが優しいお姉さん……でいいのかしら?」


 海緒はその事実を知ると、腹を抱えておおよそ女の子が出してはいけない声で笑いはじめた。


「ウェッヘッヘッヘッ! ……マジで?」

「多分マジ」

「いやー、話には聞いてたけどまさかりんりんがねぇ!」

「……何がおかしいの?」

「特訓とか意外と熱いところもあるんだなぁって。ほらりんりんクールなとこあるし?」

「……そう?」


 ……そんなにクールだろうか? クールというか単に人見知りというか付き合いが悪いというか……そういうタイプのものだと思うのだが。孤児院の入り口が喧噪に包まれる中で、水を打ったような声が飛ぶ。


「こーら! お姉さんたちに迷惑かかるでしょ!」

「やっべ」

「ケーキは食堂まで持っていくからそこで待ってなさい」


 修道女と思しきお姉さんが現れると、子供たちが一瞬で静まりかえり、そそくさとこの場を離れていく。一体あのお姉さんはどれだけの力を持っているのだろうか? そんなことを考えていると、お姉さんがこちらに向かって一礼した。


「ご迷惑をおかけしました。私は杜若中央孤児院の院長、難波宮若菜と言います」

「難波宮って……確かNMOの」

「ええ。楪は私の姉です」


 局長である楪さんの妹。確かに顔のパーツを見れば局長に似ている部分がかなりある。違うところといえば、局長はかなり長めのロングヘアにしているが、若菜さんはばっさりと切ってショートヘアになっている。


「この度はうちの海緒と裕貴がご迷惑をおかけしたと持統院様から伺っています」

「ええ。ここに仕掛けられていた魔術を解除しに来たときにいろいろと話をしたのよ」


 海緒がばつの悪そうな顔をしている。自分のしでかしたことがかつてお世話になった人にバレているというのは針のむしろに座るようなものだ。


「……気になることがある」

「どしたの風花?」

「……何。ここだと話しづらいことだ。応接室のようなものがあればいいのだが」

「承知しました。ご案内いたします」


 風花がいつになく真剣な表情で問いただすので、その気に押されるかのように私たちは応接室へと向かう。


 応接室にあるソファーに風花が腰掛け、その隣に海緒が座る。向かい側に若菜さんが座り、それ以外はソファーの後ろに立っていた。


「それで気になることというのはなんでしょうか?」

「……二年前。この杜若中央孤児院は人身売買グループによる襲撃を受けている。これに間違いはないんだな」

「はい。……あまり思い出したくないですが」

「そして海緒がそのグループ全員を射殺した。これも事実か?」

「……はい」

「ふむ。つまり海緒が『黒の魔術』を利用したのは間違いないな」


 風花がおもむろにメガネを取り出して装着する。今までメガネをつけている姿を見たことがないのでちょっと新鮮だ。


「海緒が襲撃事件の前に魔術を使っていたことは?」

「少なくとも青の魔術は使っていました。洗濯とか皿洗いとかが楽になるとか言って。でもそれくらいですよ……?」

「つまり襲撃事件によって黒の魔術が覚醒したと見るのが正しい。となると問題は覚醒の方法だ。東條も同じように黒の魔術を使用していたが……その日に東條は」

「引き取られて何年も経っているので……来ていたのであれば誰もが覚えているはずですよ」

「……クソッ」


 顎に手を当てながら唸るように考えていた素振りを見せていたが、どうやら一つの結論に達したようで風花はそう毒づいた。


「……ふーちゃん? なんか凄い顔になってるよ?」

「……みおーん。この襲撃事件は海緒の戦いだけでなく風花の戦いでもある。襲撃事件が起きた日と同日にある人物がになっているんだ」


 風花の口から語られたのは、余りにも想像したくない現実。その重たさは海緒の抱えてきたものに匹敵する、もしくはそれ以上のものだった。


「まぁ……行方不明だと知っているのはここにいる人間だけだ。誰も彼女を行方不明だとからね」

「……その根拠は?」

「……華凜ちゃん。君の持っているスマートフォンだ」

『マナミールです! 何かご用件ですか?』


 スマートフォンを起動すると、マナミールが元気な声で私に問いかける。この世界におけるマナミールは万能であり、魔術の補助から教科書、育成機能に着せ替えなど、想定できるであろう機能がふんだんに詰め込まれたオーパーツだ。


 その特徴はやはり魔法少女をかたどったUI。可愛らしい声で対応するその様は私をしてもどこか心惹かれるものがある。だが、風花はその声を聞く度に苦痛に歪んだような顔をしていた。確か風花の姉はマナミールの開発者だと玲先輩は言っていた。……まさか!

 

「魔法少女マナミール。この世界における魔術、特に機械詠唱オートブートにシンギュラリティを起こした存在。今日も日々どこの誰かが機能をアップデートし続けている」

「風花さん、マナミールが何だというのですの?」

「……聞き忘れるものか。この声を」


 風花の頬には涙が伝っていた。その悲しみの意味。理解できないわけがない!


「……神代かみしろ美雷みらい。風花のお姉ちゃんは……ここが襲撃された当日に行方不明になった。でも、誰も行方不明とは扱っていない」

「……どうして?」


 何故か玲先輩の表情が辛酸を嘗めたかのようなものになっていた。玲先輩はその事情を知っているのか……?


「お姉ちゃんは『基底』に辿り着いたって。だって……私のお姉ちゃんは白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る