Act4. Because you are my lover

Basis34. 疑心

「それは本当なの風花……?」


 風花のお姉さん……神代美雷が白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァであり、既に『基底』に辿り着いていると。それは私にとっても重要な事柄になる。既に『基底』に到達しているのであれば、その足跡を辿ることは重要なのではないか?


「本当だ。風花のお姉ちゃんはその日に行方不明になった。そして入れ違いになるかのように海緒が風花たちのラボにやってきた。だが、やってきたことが問題なんだよ」


 メガネをくいっと上げると風花は続ける。


「風花たちのラボは風花とお姉ちゃんしか知らないはずだ。だが海緒はそこに辿り着いた挙げ句に『雇え』と言ってきた。まさに予定調和と言っていいようにね」

「……アタシもなんで風花のところについたのか分からないんだ。なんかそこへ向かえって誰かに糸で引っ張られてるみたいで」

「……そうだ。若菜さん、ここにお姉ちゃんが来たことはあるか?」

「見たことがないですね……」


 ふむと唸ると風花は玲先輩のほうを見ると、一つの問いを投げかけた。


「会長も確か白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァだったな。ならばお姉ちゃんのことも知っているはず」

「……美雷ちゃんは私の二つ上の先輩よ。でも白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァってだけでそこまで仲良くはなかったわ」


 白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァ同士の繋がりというものは無いに等しいのだろうか? 基底を観測できるというのだから、そういう繋がりがあることも考えられる。


「……本当に仲良くなかったんですか?」

「性格的に合わなかったのよね。でも彼女の評判は既に轟いていたわ。そもそもマナミールの原型は小学校を卒業する頃には出来ていたらしいよ? それをNMOがヘッドハンティングして一気に普及したのよね」


 美雷さんはとんでもない天才らしい。マナミールを一人で作り上げたという実績からも間違いなかったが、小学生の頃には出来ていたとなれば尚更だ。それでいて白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァでもある。人類の至宝と言っても過言ではない。

 

「行方不明になったのは風花の誕生日だった。誕生日を祝って、一緒にベッドに入って眠った。翌朝、お姉ちゃんは忽然と姿を消した。まるで最初から居なかったみたいにね」

「……それを基底に辿り着いたと?」

「そうだ。白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァが消えるとき、それは『基底』に辿り着いたことを意味しているという。でも、風花はそう思いたくないよ……!」


 風花の声が涙ぐむ。白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァ、それは単に色適正カラーナイズが全て最大値を示すものだと思っていた。『基底』を観測することができるということはオプションとしてついているものだと。だが、本来はそのオプションこそが本題だったのだ。


「……でも、当院の襲撃と美雷さんの行方不明に何か因果関係があるのですか?」

「ある」


 若菜さんの疑問に風花は即答した。つまり、それだけの根拠を既に掴んでいるということだろう。


「この孤児院が襲撃された時間は午後11時前後。その時間には既に眠りについていたから、事件を知ったのは翌日だ。だが知った理由こそが問題でね、NMOが『孤児院の近くでお姉ちゃんの魔素反応が消えた』という報告を持ってきたんだよ」


 この場にいる全員が息を呑む。


「襲撃グループにお姉ちゃんはいなかった。だが反応では魔素反応が消えている。だから私が導き出した結論は一つだ。お姉ちゃんは襲撃事件に関わる何らかに関与しているとね」


 その結論はあまりにも残酷なものであった。末路は三つ。事件に巻き込まれて命を落としたか、事件を引き起こして命を落としたか。もしくは、事件現場の近くで『基底』に辿り着いたのか。


「……本当にお姉ちゃんを見ませんでしたか?」

「……申し訳ありません」


 若菜さんはすまなそうに頭を下げた。そこにいたという根拠は魔素反応の消失。それがちょうど襲撃事件と重なったことで風花の不安が増大していることになる。


「……重い話になってすまないね。ここに来たらちゃんと聞いておこうと思っていたんだ」

「いえ……私としてもあの事件は正直不可解なところがあるので」

「不可解?」

「言葉にするのが難しいのですが……ここを狙う意味が分からないと言いますか……ここは割と人通りがあるので襲撃なんてしたらすぐに分かってしまいますし……」


 確かに孤児院の周辺は住宅が多く、来たときもかなり人通りがあった。そんな場所を襲うくらいであれば、もっと別の場所を襲った方が安全だろう。


「もしかしてここを襲うことが目的だったのでは? 子供をさらうつもりなど更々なかった」

「アイリーンの考えもありえるね。ここを襲撃すること自体に何らかの意味があった」


 この事件で起きたこと。襲撃グループが孤児院を襲う。その中にいた海緒が黒の魔術を発現して全員返り討ちにしてしまった。ここだけ見れば単なる下剋上だ。……まさか海緒に黒の魔術を使わせることが目的?


 それは違う。海緒が黒の魔術を使えることを誰も知らなかった。それこそ東條ですら知らないものであったと考えていい。それにも関わらず、たまたま襲撃した場所にたまたま黒の魔術を使えるようになった人がいる。偶然にしては出来すぎではある、だがそれを狙って引き起こすことなどできるのか……? そんな重苦しい空気を引き裂くように海緒が話を投げる。


「若菜さん、そろそろあいつらのとこ言ってもいい?」

「それもそうだね。せっかく来てくださったのですからゆっくりしていって」

「ありがと! よーし久々に遊んでやるか!」


 海緒が部屋を飛び出していく。それに追従するように風花とアイリスもついていった。私もその後をついていく。だが、玲先輩は動こうとする気配を見せない。


「……会長?」

「んああ、私はもう少し話があるのでね」

「それってこの前の話……ですか?」

「この前って?」

「あの、今日のことを提案したときに……」

「……ああ! あの時はちょっと色々あったんだ」


 玲先輩の様子が明らかに変だ。私に対して声を荒げていたことを普段の玲先輩ならば間違いなくいの一番に謝罪してくるはずだ。しかし、今の玲先輩はそれを謝罪するどころか、忘れてさえいるような雰囲気があった。


 ……目の前にいる玲先輩は本当に玲先輩なのだろうか?


「それじゃあ先に行ってますから」

「うん、ありがとね」


 私は子供たちが集まる場所へと向かう。奥の方からすぐに子供たちが走ってきて私に飛びかかってくることを考えれば、どうやら私はかなり好かれているほうらしい。


 その笑顔の裏にもこの子供たちはたくさんの闇を抱えている。ここが襲撃されたこともそれの一つになるのだろう。それがただ海緒に黒の魔術を発動させるためだけのものだとしたら。もしくは美雷さんが行方不明になった遠因になっているのだとしたら。


 私はきっとこの事件から逃げられないと。この事件の裏を暴くことが世界の真実に迫ることになる。そんな根拠のないことを考えた。でも、明日からはまた学園が動き出す。学園に戻ってからはまず緑の基底に辿り着くことだけを考えよう。


 こうして連休最後の日が楽しく過ぎていく。ここからは私自身の戦いだ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る