追憶. 北柚瀬笈の回想~転機~/橘華凜の考察~贖罪~
私は世界にとって異質な存在だった。周囲からは異様に思われる絹のように白い髪。まるで常に充血しているかのように真紅に染まる。私はそんな姿が大嫌いだった。周りの人たちは私の存在を腫れ物でも扱うかのように忌避している。それはどこに行っても同じ話だった。だから、それが何度目の転校か忘れた頃にその姿を肯定してくれる人が現れてくれたのがとても嬉しかった。
橘華凜とは、私にとっての救世主だ。華凜が真っ白だった私の世界を色鮮やかにした。華凜はあまり表情が変わらず、周囲からもとっつきづらいという印象を受けていた。それでも、華凜が本の話をするときは少しだけ表情が緩んでいた。そして何よりも、私が好きな本の感想を伝えると、明らかに嬉しそうな表情をしているのだ。
私と華凜の関係は少しずつ縮まっていく。小学校であったイベントでは大体華凜と一緒だったし、華凜の家に遊びに行ったことも何度もあった。私が華凜の存在に恋慕の情を抱くのは当然だと思う。
私は苦悩した。残念ながら元の世界は女性同士の恋愛そのものを禁忌として扱っている。存在そのものが禁忌のような私。そこでもしも私がレズであるということまで流布されてしまえば、その影響は華凜にも及ぶだろう。だから私はこの気持ちを封印しようと決意した。だが、それは華凜に既に見透かされていた。
それは修学旅行の話だ。バスの車内でクラスメイトがいろいろな話に花を咲かせる中、私と華凜は二人で静かに本を読んでいた。華凜もあのような喧噪に混ざることは得意ではない。そしてあちらのグループもこちらに干渉することはない。相互不干渉を貫いているおかげで、こちらへの飛び火もなく楽しい修学旅行を過ごしていた。
「瀬笈」
「……?」
「話があるの。……できれば二人で」
何か悪いことをしたのだろうかと私は身震いした。華凜がいなければ私はもはや生きていくことができない。だから私は華凜の提案に乗るしかなかった。
バスを降り、自由行動になった私たちは、周囲に知り合いがいないところまで移動する。そして手頃なベンチに座ると華凜がおもむろに口を開いた。
「瀬笈、何か隠してることない?」
「……ないよそんなの。なんでそんなこと聞いたの?」
「最近瀬笈の様子がおかしいから。なんか顔が赤いっていうか」
華凜は少しだけ悩んだ顔をすると、こう宣言した。
「私は……瀬笈が私にどんな感情を抱いていてもいいよ。瀬笈が私のことを好きだって言ってくれるなら私はそれに応える」
「……!」
「まぁ周りは変だって言うだろうけどね。ならお互い変同士付き合えばいい」
「……華凜がそう思うのは。そう思うのは……私に同情してるから?」
意地悪な質問だと思った。それでも華凜は一切表情を変えずにそっと身体を引き寄せてきた。突然縮まった距離にたじろぐ。そんな私を気にもかけずに華凜は言葉を紡ぎ続ける。
「……同情で人のことを好きだって言えると思う?」
「……それは」
「なら」
私たちのファーストキス。それは空間だけが一瞬だけ現世から切り離されたような衝撃。ほんの数秒、唇と唇が触れ合っただけだというのに。私はどうしようもなく高揚していた。華凜の姿をまともに見られないほどに。華凜の顔もまた高揚感を隠せないような、普段のそれとは違うものだ。
「これが私の答え」
雪原に一輪の花が咲いたような、そんな奇跡を見せつけられてしまったら。私はその答えを承諾せざるを得なかった。念願の成就、それはとても嬉しいものでそこからの記憶は私も鮮明に覚えている。
確かにその瞬間の私はとても幸せだったのだ。
※
嘘でしょ。これが、私が失っていた記憶? 私がそんなことを言っていたの? それは自分が自分でない感覚。まるで全く別の赤の他人の記憶を覗き見しているような、そんなリアリティのないものだった。
だが、『基底』が失った記憶と称して与えてきたものには確かに私が瀬笈に対してキスをする瞬間が映し出されていた。なぜその時の私がそんな行動をとったのか、全く理解することができない。
確かに瀬笈の様子がおかしいことは理解していた。小学六年生になっても同じクラスだった私たちは同じような関係をずっと続けていた。私の家で一緒に遊んだこともあるし、デートに近しい行為も何回か行っている。
だが、修学旅行でこんなことをしたとは到底思えない。そもそも、修学旅行におけるグループ行動は4人で行っており、私と瀬笈以外にも2人の存在がいたことは確かに覚えている。復元する前は1人が事情により欠席みたいな感じで結局3人で行ったみたいな感じだったが。
そうなると、私と瀬笈が2人になるチャンスというものはほぼ無いものと言っていい。何よりも、私は瀬笈がおかしくなった理由を恋心だと理解していなかった。理解できていないものを理解してそれを瀬笈に伝える。そんなことを当時の私が行えるはずがない。
記憶のロールバック。何か見落としていることはないか。私が瀬笈にキスをするような、そんな正当な理由が現れるような記憶。探せ、探すんだ橘華凜。この記憶には明確な齟齬がある。その齟齬にこそ私がこの世界に訪れた理由が存在するのではないか?
そもそもこの記憶自体、瀬笈の視点から私について書かれていたものだ。それならば、瀬笈による主観が入り交じっている可能性は高い。
1回目の記憶復元のときを思い出せ。あの時瀬笈は私をどう評価していた? 俗世から離れた女。瀬笈の異常性について一切の興味を示さない女。北柚瀬笈という一人の人間として接し続けた女。
そこから得られる私のイメージ。クールながらも義に厚い女、となるだろう。瀬笈のモノローグで語られる記憶は、そのイメージに強力な補強を加えている。かつての私がそういう人間であったと。クールであることこそが私の本質であれと。
確かにここまでの話は私がクールであったことを端的に証明している。しかし、そうなると修学旅行における行動に示しがつかない。仮に瀬笈がグループ内にいたとして、残り二人をどこかに置いて私たちだけで話をし、あまつさえキスしてみせる。そんな記憶、取り戻したのであればすぐに思い出すほど鮮烈なものだ。
……修学旅行のあの日のことを私は意図的に封印しているのか? その記憶そのものが私にとって都合の悪いものだから? 私が瀬笈にキスをしたことが? 敬愛するなどとのたまいながら最終的に私はそうやって瀬笈のことを見放したのか?
それならばこの世界は失楽園だ。瀬笈を捨てた原初の罪を償うために流刑された終端の世界。敬愛し、敬愛された者を裏切ったことに対する瀬笈の怒りが私をこの世界へと誘ったのか? その仮定が正しいのであれば『基底』が示した私への提案も察しがつく。
瀬笈への贖罪。その為に私はこの世界を破壊しなければならない。
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