Basis29. 基底問答(2)
「りんりん! 起きてりんりん!」
「……?」
目を覚ますとそこは見慣れた空間。白染めの世界に、私と海緒は飛んできてしまった。……ってなんで海緒がいるの!?
「海緒、なんでここにいるの?」
「それはこっちのセリフだよ!」
「……ほう、来客とは珍しい」
話しているうちに『基底』が現れた。姿形は前回と変わらない。
「なんで海緒がいるんですか?」
「まぁ事故みたいなものだよ。すぐに追放する」
「ちょっりんりん、誰と話してんの? ……ってうわぁ!」
突然海緒の足元に穴が空き、そこから海緒は落ちていった。
「海緒!」
「大丈夫だ。君の友達は生きているし、何事もなかったかのように目が覚める。ここにいたことも忘れているさ」
「……本当ですか?」
「『基底』だぞ?」
そう自信満々に言われても困るのだが……
「さて……今日はある二人の男女の話をしようか。少年と少女は恵まれない生活ながらも仲睦まじく暮らしていた。代理とはいえ、親代わりになってくれた大人も彼らを分け隔てなく愛し、それこそ普通の親子同様に愛情を注いできた」
「……」
「だがそんな生活も終わりを迎える。少年はある家に引き取られた。その家の人間になれば豪華な食事も、ふかふかなベッドも、なんでも手に入る。人々は羨むだろう。だが、少年はそうは思わなかった」
「元の生活のほうが楽しかったってこと?」
「……そうだ。引き取られた家の規則は厳しく、それに雁字搦めにされながらも少年は必死で耐えた。引き取られた意味を知っていたからこそ、少年は耐え続けた。だが、無垢な少年にそのような負荷を与え続ければどうなるか」
『基底』は少しだけ悲しそうな顔をしながら続ける。
「まぁ壊れるよね。壊れた結果、彼は二つの人格を持つに至った。紳士的に振る舞う表の人格と粗暴に振る舞う裏の人格。彼が黒の魔術に魅入られた時点で裏の人格が引き出され続けていたんだよ。表と裏。どちらも少年そのものだった」
「……じゃあアイツは」
「妾から教えられるのはここまでじゃな。なぜならあやつはまだ『黒』の配下にある」
確かに白の弾丸は東條を貫いた。しかし、それが元の鞘に収まるという意味では無いということか。
「少年は馴染みすぎた。自らの意志で抑えることができる領域を越えてしまったんだよ」
「じゃあ東條はもう……」
「まぁ、そこからは本人の意志の問題だ。関係が元に戻るのと黒の魔術が使えるかどうかというのは本質的には全く別の話だよ。それこそ、少女が恋人と再び結ばれたようにね」
海緒も同じく黒の魔術を使用し、それを東條に悪用されて恋人である風花に銃口を向けた。それでも風花は諦めずに海緒へと立ち向かい、海緒を取り戻している。風花にしてみれば、海緒が黒の魔術を使えるかどうかなど関係ないのかもしれない。
「さて、二度目の基底に到達した君には世界の真実へ迫る権利が与えられた。とは言っても私が勝手に話すだけだがね。今回話すのは何故妾が魔術という『基底』を以て世界を構築したかだ」
この世界を魔術で支配しようと思った理由か。それを聞いて何の役に立つかは分からないが、聞くだけ聞いてみよう。
「そもそもなぜ魔法ではなくて魔術なのか分かるかな?」
「そこに何か違いがあるんですか?」
「とてもある。魔術とは律して発動することのできる超常的な力だ。この世界でもそうだ。ちゃんと詠唱という手順を踏んで初めて魔術が発動される。自動か手動かの違いは些細なものだろう。だが魔法は違う」
「律して発動できないものが魔法……?」
「その通りだ。魔法とは世界の常識の外から放たれる力であり、決して存在し得ないものだ。そして黒の魔術はかつては魔法であった。妾が『黒の魔術』と定義するまではね」
黒の魔術はかつては魔法であった。すなわち、常識の外からもたらされた力ということである。だがそれを『基底』は『黒の魔術』というカテゴリに置くことで、常識の中にある力へと変貌させた。魔法から魔術への回帰を示すが、それは黒の魔術が一般的な魔術とは別格の存在であるということを示唆している。
「そんな術式が世に広まれば大変なことになる。故にカウンターを設けることにした」
「それが『白の魔術』」
「そう。超常的な力には超常的な力をぶつける。君は既に観測していると思うが、『白の魔術』とはいわば創世に近いものだ。黒の魔術でもたらされるものが終焉と考えれば分かるかな?」
黒の魔術は、確かに終焉を意図するようなものが強い。
「この世界にはまず『白』が存在していた。『白』は三つの世界に分けられた。赤、青、緑の三つにね。いわゆる
「なるほど」
「そして無限に及ぶ世界の交接の果てに今の世界が存在する。世界は色という名の魔術によって構成され、それを補う物質が自然と生み出されるようになった。それがいわゆる魔素というものだ」
どう役に立つかは分からないと言ったが、これはかなり役に立ちそうな情報である。この世界における歴史の教科書にもそのようなことは書かれていなかった。途中までは私の世界の歴史とほぼ同じ運命を辿っていたし。となると、一つの疑問が思い浮かぶ。
「じゃあ、
その言葉に『基底』は痛いところを突かれたような顔をしてみせた。
「
「……この先は私が緑の基底に辿り着いてからってことね」
「そうだ。だが、
ロールバック、そして再生。
映し出された第二の記憶。それは、私と北柚瀬笈が“特別な関係”へと変わった瞬間の話だった。
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