Basis28. 空を穿つ群青

白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァを殺しなさい」

「……なんで! なんで瀬笈がここにいるの!? 貴女は私にとって一体何だったっていうの!?」


 謎の人影に向かって私は叫ぶ。その声は間違いなく基底から取り戻した記憶と同じ声。この存在が私の敬愛する人物だというのであれば。なぜ私に敵対するような行動を起こしているのか。そして私とはどのような関係なのか。それを知りたい。知らなければならない。

 

「……まだその時じゃないよ、華凜」


 瀬笈と名乗る少女は、確かに私の名前を呼んだ。だが、その言葉が終わった瞬間に、突然漆黒の波動を私たちに向けて放つ。私たちの誰もがその力に抗えず吹き飛ばされていく。


 私たちが抵抗できないことを確認すると、瀬笈は東條に向けて注射器のようなものを向けた。注射器の中には黒い液体が装填されており、それを見た東條も明らかに恐怖の顔を浮かべている。そして、肌に突き刺しもせずにピストンを押す。中の液体が飛び出すと、まるで意志を持っているかのように東條にまとわりつく。


「うわっ! なんだこれ! やめろ! やめろおおおおおお!!」

「……瀬笈!」


 とっさに銃口を瀬笈に向けて弾丸を放つ。確かに弾丸が飛び出し、それは瀬笈を貫いた。だが、瀬笈はまるでそれが無かったかのようにその場に立っていた。


「ふふっ、また会おうね華凜」

「瀬笈!」


 瀬笈の姿が消失する。そして姿が消えたと同時に、瀬笈が放った黒色の液体に変化が生まれていた。


「くっ、来るな! 来るなあああああ!!」


 それはまるで東條の脳髄だけを捕食するかのように口や耳の中へと侵入していく。東條が断末魔を上げると、そのまま身体をぷるぷるとさせて動かなくなってしまった。


「……まだ生きている」

「嘘でしょ!?」


 玲先輩は聖剣を構えて攻撃に備えている。その言葉通り、東條の身体がのそりと立ち上がった。そして首をぐるぐると回しながら周囲を確認すると、こちらに視線を定めた。


「コロス」

「ちっ!」


 無音の爆撃。当たれば一瞬にして私たちの命を刈る炎がでたらめに飛び交う。


「これなら、どうだ! 水鏡!」

 

 モールの天井を突き破って水の壁が生みだされる。炎の音符は壁に阻まれてはいるものの、当たった部分の水が一瞬にして蒸発する。


「この壁でも長くは持たないか……」


 そしてバックステップでこちらへと戻ってくると、玲先輩は私に一瞥する。


「その銃で東條を貫くことができれば何とかなるかもしれない」

「無理だよ! それよりもここから逃げようよ!?」


 私が答えるよりも前に海緒が返答してしまう。海緒は東條に攻撃を一発も当てることができなかった。そんな奴を相手にはできない、確かにそれは真っ当な考えだろう。でも。


「あの怪物をモールの外に出すわけにはいかない。ここで再起不能にするしかないよ」

「でもアイツはもう……」

「白の魔術で撃ち抜けば何とかなるかも」


 玲先輩はそんな推論を展開した。


「白の魔術を思いっきり込めた弾丸を脳天にズドン。そうすればひょっとしたら」

「そんな弾丸あるわけ」

「……ある」

「ふーちゃん今そんな冗談を言ってる場合じゃ」

「フレイマーに起きた事象と同じ事象を起こせるなら、それは白の弾丸になり得る」

 

 風花が厳かに言った。それは風花が言っていた最終兵器。『Ma3430』に込められた力を最大級に込めて放つが、その反動で半身不随になるかもしれないとう諸刃の剣。『演算式・調色トナー・ドライバー』を利用して徹底的なサポートをしても決して使ってはけない、そんな但し書きがあるほどの一撃必殺。それをここで引きだそうというのだ。


「……! これ以上はキツい!」


 水の壁は際限なく生み出されるものの、それを破壊しようとする攻勢も強まっている。玲先輩が根を上げるほどの攻勢ということは、いずれこの壁も突破されるだろう。


「……風花は。風花は……成功すると思ってるの?」

「成功させる。させなければ風花はお姉ちゃんに辿り着けないから」


 風花の決心は固い。それは自分の生み出した魔装の力、そして何よりも私たちへの絶対的な信頼によるものだ。それを汲み取った海緒は仕方ないといった顔で風花の頭を撫でる。


「……そのタイミングでこれは反則ではないか?」

「だってふーちゃんの頭を撫でてると安心できるから」

「……海緒のアホ」


 その調子なら大丈夫だろう。私と海緒は『Ma3430』を構える。チャンスは一度、失敗すればそのままあの世行きだろう。


「……りんりん緊張してる?」

「割と」

「そっか。りんりんいっつもクールだから緊張しないもんだと思ってた」


 軽口を飛ばすと、『演算式・調色トナー・ドライバー』と二つの『Ma3430』を改めてリンクさせる。大丈夫、いつも通りなら問題ない。この身体が朽ち果てても必ず止めてやる。


「アタシの銃なんだから、外したら許さないよ」

「分かってる」


 この攻撃は私だけの攻撃じゃない。海緒の想い、そして風花の想いを乗っけて放つ一射だ。三人分の力を合わせるのだから、『基底』すら撃ち抜ける。私にはそんな確信があった。


 東條が壁を蹴り上げ、穴の空いた天井から外へと飛び出す。そして高飛びでもするかのように水の壁を乗り越えてみせると、そのままこちらへと音符の弾丸を放つ。


「今だ!」

汝、空を穿つ群青シューティング・シアン・スター!」

『Deep blue』

『World break! Deep blue brinker!』


 風花が教えてくれた『Ma3430』の真名、それは『空を穿つ群青シアン・シューター』。その全ての力を解放して、拳銃とは思えない力を放つ技こそが『汝、空を穿つ群青シューティング・シアン・スター』だ。澄んだ青空のような色を放つ『空を穿つ群青シアン・シューター』をしまい、インクを取り出す。ボトル越しに見る色は深海を映したかのように深い青に染まっていた。装填すると、私の中で魔素がオーバーフローしそうなくらいに循環していることが分かる。そしてそれをそのまま海緒へと流し込むと、海緒の眼に青い光が灯った。そして海緒は咆哮する。


「アタシが! アタシがみんなを護るんだぁぁぁぁぁぁ!! 汝、空を穿つ群青シューティング・シアン・スター!」

『Basis break! Deep blue observer!』


 私と海緒は青に溶ける。『空を穿つ群青シアン・シューター』もまた同じく青に溶ける。そして音符が着弾するよりも先に銃口から群青の光線が放出。その重みに海緒が耐えているが、それを私と風花が支えている。


「……空を穿つ群青シアン・シューター


 玲先輩が意味深にそう呟いた。今にも倒れそうな私がかすかに確認できたのは、破壊された天井越しに見える空。それは群青の光線によって抉れているかのように分割されているように見えた。


「俺は……俺は俺は俺はァ!」

「「「いけぇぇぇぇぇ!!!!!!」」」

 

 私たち3人の声に呼応するかのように群青は勢いを増す。それは黒を呑み込み、そのまま空すら呑み込まんと直上している。そして上空から襲いかかろうとしていた東條もまた同じく呑まれていく。


 その瞬間に、世界は『白』に包まれる。


「……届いたよ、私」


 私の意識は『白』に溶けていった。

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