Basis27. 再会、そして交差
聖剣を手にした玲先輩の姿は大きく変わっていた。艶やかな黒髪は純白に染まり、その周囲には玲先輩を守護するように球体のような物体が公転していた。そして聖剣そのものも、異常な発光だけでなく、形状まで変わっているように見えた。それはまるで、光そのものが刀身を為しているかのようだ。
「今更姿を変えたところでッ! 俺の『黒』に焼かれればそれで終わりなんだよッ!」
「お前の『黒』は『基底』には届かない」
「減らず口をッ!」
タクトを振りかざし音符のようなものを飛ばす。東條の言う『黒の魔術』を私は今その目に捉えることができた。そしてそれは玲先輩も同じである。聖剣を薙ぎ払うと、光の壁が現れ、音符を叩き潰してしまう。
「どうした?
「ッ……! スカイビーターが効いてない!?」
確かにあのメトロノームはゆったりとしたリズムを刻んでいる。おそらくそのリズムこそが動きが鈍重になった原因だろう。だが、玲先輩はそんなリズムを意にもせず剣を振るってみせた。
「……今度はこちらから行くぞ」
一瞬のうちに間合いが詰められ、上から刃が振り下ろされる。東條は、震えてステージの後ろにいるバンドメンバーの方へと攻撃を誘導し始めた。
「ひぃぃぃぃ!」
「裕貴! てめぇ何してんだよ!」
「精々俺の捨て駒になるんだな」
斬撃が描くであろう軌跡上にメンバーの一人を突き飛ばす。私は思わず叫ぶ。
「玲先輩! 攻撃を止めて!」
「『白の魔術』、その本質は『黒』の対角線上に存在するもの。故に」
光の刃は男の身体をすり抜け、東條だけを確実に切り裂いた。
「がはっ!」
「『黒の魔術』の使用者のみに効果を発揮する」
東條は致命傷こそ避けたものの、身体には確かに光で抉られたような痕跡が残されていた。傷を負った部分を押さえつつも東條はタクトを振り続ける。
「
メトロノームの刻むリズムが急速に上がる。そのリズムに合わせるように、東條の動きも機敏になっていく。そして、東條はステージから思い切り飛翔し、2階まで飛んでみせた。
「俺はまだ諦めねぇ。ここをぶっ壊す主命を果たすまではな!」
「お前は詰みだ」
「それはどうかなァ!」
私の身体が無理やり引き起こされる。首に回される腕、こめかみに感じる金属の感触。その意味を理解するのに長い時間はかからない。私が知覚できない状態で海緒が接近。そのまま人質にされてしまったというところだ。
「……海緒」
「……どうして? どうして逃げなかったの?」
海緒が涙ぐみながらそんなことを聞いてくる。逃げない理由なんてただ一つ。大事な友達を救いに来たからに他ならない。だが海緒にとってはその救いの手すら憚られる事情があったのだろう。
「華凜ちゃん!」
「おおっと動くなよ会長サマ。お前が変な動きをすればあのクソガキの脳天に『黒』の銃弾をぶち込む。大事な
「……クソが」
玲先輩が聖剣を放棄する。白の魔術も解除されたようで、元の黒髪へと戻っていった。その顔には、東條への怒り、そして自分に対する怒りが灯っていた。
「既に爆破の魔術はセットされている。本来は俺の演奏と共に木っ端みじんにするつもりだったが……ここで『基底』の
そのかけ声に合わせるようにモール中で黒染めのライトアップが始まる。その一つ一つがここを吹き飛ばすための爆弾。それも黒の魔術によって作られたものだ。
「会長サマ、お前が何か魔術を使えば俺の忠実な下僕であるあのメスガキがトリガーを引く。黙って崩落する様を鑑賞してな」
「……会長、私のことはいいですからアイツを」
「いいわけないでしょう!? 華凜ちゃんは私の大事な
東條が下劣な笑みを浮かべながら私たちを見ている。……おそらくだが東條は私のことを会長のお気に入り程度にしか考えておらず、
「海緒。どうしてアイツなんかと手を組んだの?」
「ッ……あいつは、アタシの大事な弟分だから。だからアイツを護ってやらないと……!」
「嘘」
「……嘘じゃない」
「海緒の好きな映画の主人公なら悪い人に手を貸したりはしないよ」
海緒の込める力が増す。海緒の顔を見ることは叶わないが、それでも今海緒がどんな表情をしているかは分かる。海緒の言う護るとは悪いことに手を貸して建物を吹き飛ばすことじゃない。仮に吹き飛ばすとしてもそれは悪いやつを倒すためだ。そして少なくとも、海緒は正義よりの考え方をしていた。だから私は海緒の本心でこんなことをしているわけがないと信じてる。そして最後には必ず私たちが勝つのだと。
「……私は裕貴に負けたんだ。裕貴は春芽舞闘会の時には既に黒の魔術を使ってたって。それが分からないように派手な戦闘でごまかしてたんだよ。昨日裕貴は私に交渉してきた。『海緒ねえの欲しいものが手に入る』って」
「それが……黒の魔術?」
「アタシは誰かを護る力が欲しかった。……確かにその力は手に入った。でもそれは、私の思い出したくない記憶も思い出させたんだッ……!」
二年前の暴漢襲撃事件。そこで海緒は偶発的とはいえ黒の魔術を使用したことがある。その能力を無理やりに引き出された結果がこれ、か。
「アタシは……この手で人を殺した。
「ううん、まだ違うよ」
私は海緒の言葉を明確に否定する。
「過去は変えられない。偶然でも起きた出来事は出来事だよ。でも、未来は自分の意志で変えることができる。まだ海緒は戻れる道の上に立ってるから」
「……無駄だよ。アイツにアタシの
「海緒一人じゃ無理かもしれない。でも、ここには私たちがいる」
海緒が何かを見たようで、押しつけられていた銃口が少しだけ離れた。東條は勝ち誇ったように宣言した。
「おしゃべりは終わったか? なら諸共死ね! 3、2、1、爆破!」
漆黒のライトが一瞬にして赤色に点灯する。思わず身構えてしまうが、何も起きない。玲先輩も覚悟の表情から困惑の表情へと切り替わっている。だが一番混乱をもたらしているのは起爆した本人だろう。
「……? 何故爆発しない! クソッ! 爆破爆破爆破ッッ!」
「まだ気付かないのか? この愚か者が」
2階には二つの人影があった。一つは東條、そしてもう一つは……
「あんな見え見えの仕掛けをしておいて解除されないと思ったのか? どうやら設置役は脳みそがスッカラカンのアホとみた」
「……風花」
「……まったく、手間のかかる
風花はやれやれといった表情を見せる。海緒はまさかの再会による驚愕からか、放心状態に陥っていた。海緒の手から『Ma3430』が落下するのを確認すると、それを強奪して海緒の後ろに回った。
「風花、アタシ強くなろうとした。風花みたいにすごい魔術は使えないし、頭もそんなに良くないけど風花の隣にふさわしくなりたくて……! 風花のこと、ちゃんと護ることができたらって!でも、アタシは……」
「……とっくに風花の隣は海緒のものだ、バカ」
「よくも俺の下僕に手を出しやがったなレズ女がッ! お前だけはッ! ここで必ず殺すッ!」
風花は
「あまり風花を怒らせるな」
風花がこちらに向かってジャンプしてきた。風花の身体が中空へと投げ出されると同時に風花はまるで空でも抱くかのように両手を広げた。その瞬間、大量の本が召喚されてファンネルのように風花を護る。
「全門一斉射」
本から色とりどりのビームが放たれる。追撃するべく飛び込んできた東條の身体を貫かんとそれらのビームは東條を執拗に狙う。
「ちぃっ、鬱陶しい!
怒号を上げると同時に、ビームの勢いが減衰する。そして地面を這うようにビームを消し飛ばして見せた。
風花はといえば、トランポリンの要領で私たちのところへと戻ってきてみせた。そして海緒を見つけるや否や、思い切り抱きついてみせた。海緒はそれを拒むでもなく、ただ受け入れる。
「……風花」
「……やっと正気に戻ったな?」
「アイツが強く命令してきたら逆らえるか分からない。でも、もう風花を傷つけるようなことはしないから」
「それでいい」
海緒が黒の魔術に支配されていても、そこには確かに風花との絆があった。これも二人が恋人だから為せる技だろうか。玲先輩も海緒が敵意を失っていることを確認すると、こちらに歩み寄る。よく見ると肩で息をしている。白の魔術にはそれ相応の代償が存在するらしい。この後もう一発というわけにもいかなそうだ。
「貴方の陰謀は潰えました。おとなしく捕まりなさい!」
「ちっ……こうなりゃずらかるしかねぇ」
「殺しなさい」
モールに響く一つの声。それはこれまでに見た誰でもない存在から発せられたものであった。その方を向くとひとりの少女が立っていた。
少女は全身を黒いローブのようなもので包んでおり、顔から誰かを判別することは不可能だ。だが、その声には聞き覚えがある。忘れるわけがないその声。それは私にとって最も敬愛する人物。
「……瀬笈?」
その声を聞き間違えるはずがない。だって彼女は……失った記憶に深く関わる少女、北柚瀬笈のものだから……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます