Basis26. モール上の決戦
ライブ開始まで残り数分。会場の周囲には人だかりができていた。
「……すごい人気」
「東條のバンド……『Mr. ignited oath』は今この特区で最も注目されているグループと言ってもいいだろう。根強いファンが多いのも頷ける」
既にバンドメンバーがステージ上でチューニングを行っている。一音一音に、観客からは期待に満ちた歓声が沸く。私たちがステージの状況を見ている2階にも、彼らを一目見ようと人々が足を止めていた。
「玲先輩、準備はできてますか?」
「オッケー!」
「……
『
歓声が一段と大きくなる。ライブの開始を告げるように東條が叫んだ。
「杜若グランドモールの皆さん、こんにちは! Mr. ignited oathです!」
「裕貴くーん!!」
「こっち向いてー!!」
黄色い声が飛び交う。こちらの鼓膜が破れてしまいそうな絶叫だ。会場の熱気が一気に高まる中で、東條は高らかに宣言した。
「ここは私にとっても大事な場所なんで……今日は短い時間ですけど楽しんでいってください! それじゃあ1曲目」
東條がギターに手をかける。世界は一瞬にして凪を迎え、誰もが空間ごと震わせる音色を期待していた。正直私も聞いてみたい気持ちはある。
だがその音は届かない。
凪は一瞬にしてどよめきの嵐へ変わる。東條は余裕ぶっているが、その目には焦りの色が明白に見えた。
「……残念だったわね、東條裕貴」
「……!」
それはオーロラから舞い降りる女神だった。私たちがいる場所からステージに繋がるように極光のカーテンが生まれ、その上を玲先輩が歩いていた。困惑が支配するステージへ降り立つ。そして東條からマイクを奪い取ると、高らかに宣言してみせた。
「照葉学園高等部生徒会長……いえ、今はNMO管理局杜若支部の一人として貴方を拘束します!」
「……! お客様は今すぐに避難を!」
どよめきは悲鳴へと変わり、観客たちが散り散りになってステージを離れていく。館内には非常放送が流され、モールからの即時退出を促していた。バンドメンバーの人たちも一体なにがあったのか分からないといった表情をしている。
「……私が何をしたと?」
「このモールの爆破未遂、そして黒の魔術の行使」
「ご冗談を。そんなことが私にできるわけがない」
東條はシラを切っている。いきなりそんなことを言われてもといったところか。
「そう。普通ならできるわけがない。でも、貴方が今日爆破することならば可能です」
「……?」
「貴方の魔術の主体は音。音そのものに魔術を乗せることができる。起爆装置はそのアンプで増幅された音なんですよ」
「妄想甚だしい。証拠はあるんですか?」
「せっかちさんですね。もうすぐ出てきますから少々お待ちを」
玲先輩はそう言ってごまかした。その言葉の意味を、私も理解できないでいる。
「まぁ爆破の証拠が無かったとしても私たちは貴方を拘束しますけどね?」
「私を拘束できるだけの理由があると?」
「えぇ。だって貴方が浅茅さんを悪の道に堕とした張本人なんですから」
東條の顔がこわばる。玲先輩がさらにまくし立てた。
「浅茅さんは偶発的に黒の魔術を使用したことがあります。それにも関わらず今は自発的に行使できる。それって、何かの介入があったものと考えていいでしょう?」
「だからってなんで私が」
「昨日貴方と一緒にいる浅茅さんを目撃した人がいます。それから浅茅さんは黒の魔術を使えるようになった。なんなら、浅茅さんが目撃者を襲撃したという情報もありますが?」
「あり得ないッ! その日はただデートをしていただけだ! デートをしただけで私を犯人扱いするつもりか!?」
「嘘だッッ!!」
壇上にいる東條に届くような絶叫。私の口から自然とそんな声が生まれていた。オーロラの上を歩き、中空に立つ。
「……! お前は!」
「海緒が……海緒がデートをするということがあり得ない。だって海緒には既に恋人がいるんだから!」
叫ぶと同時に『Ma3430』から銃弾を放つ。その銃弾は東條に届く前に何かにかき消されてしまった。だが、東條の顔は怒りに包まれたものへと変化していた。
「ったく……お前らの邪魔が入らなければとっくにここは瓦礫の山になってたんだけどなァ!」
「……拘束して!」
「……でも」
いつの間にかステージ上に1つのメトロノームが置かれビートを刻んでいた。あれは東條の魔装『スカイビーター』。その効果は今のところ不明。あれを破壊しなければならない。その意志を込めた弾丸がスカイビーターを狙う。
「
瞬時に周囲の重力が一気に増したかのように地面に叩きつけられる。玲先輩も例外では無く、包囲していたNMOの人たちも同様に地べたを這いつくばっていた。
「お前らを一人残らず焼失させれば問題ない」
「……やっぱりお前は『
その名前を待っていたと言わんばかりに東條の顔が大きく歪む。これまでの紳士的なイメージは崩壊し、もはや悪の組織の幹部じみたものだ。
「俺は『
そう言い終わった瞬間に、NMOの一人に黒色の炎が湧き上がった。突然の出来事に私たちは何も言うことができず、ただ悲鳴を聞くことしかできない。
「あっ、ああああああ!!」
「……! 『放水』!」
炎に焼かれ苦しむ人に向けて水がかけられるが、炎はより強く燃え盛る。そして燃え尽きたところには何も残っていなかった。
「これが黒の魔術の力……ハハハ! 笑えるだろう?
東條が周囲を睨む。NMOの人たちはもはや戦意を喪失しており、その場から逃げだそうとしている。しかし、スカイビーターの効果でまともに身体を動かすことすらままならない。
だが玲先輩はそんな中でも『
「……さすがは白の観測者の会長だ。ゴキブリみたいにしぶとくて腹が立つなァ!」
何かが横切った感覚。おそらくそれが黒色の炎の正体だろう。だが、それは空間に生み出された風の刃によって振り切られる。
「ゴキブリか。女の子にそんな言葉を使うとは失望したぞ!」
「ハッ! ここでくたばるんだから関係ねぇだろうが!」
勝負は拮抗状態。本気の玲先輩なら問題なく勝てる相手なのだが、スカイビーターの力でフルパワーを出すことができない。さらに言えば、相手の攻撃はひとたび喰らえば、魂の底まで焼き尽くされない限り終わらない責め苦を与えてくる。そんなプレッシャーも玲先輩を追い込んでいるように見えた。だが、玲先輩の顔には余裕の表情が見える。
「ねぇ華凜ちゃん!」
「……?」
「華凜ちゃんはまだ『白の魔術』を『観測』したことがないでしょ?」
急に玲先輩は何を言い出すんだ? そんな疑問を、玲先輩は身体で解決してみせた。さっきまで振るっていた聖剣をステージ上に突き刺し、
「
一瞬にしてまばゆい光の波が轟き、その光景をまともに眺めることができないと思った。でも、私も同じ白の観測者であるからか。目の前で何が起きているかを理解した。
それはまさに天地開闢。まるで聖剣の中に一つの世界の始まりを生み出しているかのように無限にも感じられる色の光が取り巻く。それらは混ざり合い、白へと落ちる。白の観測者、それは縮小された世界の開闢をその目に焼き付けることができる存在なのかもしれない。
「『
玲先輩はその身に神を宿してみせた。そして異常な光を纏い続ける聖剣を抜刀する。
「『基底』に刃を向くか? 少年」
「ハッ、コスプレ女如きがよォ!」
白と黒、二つの意志が再び衝突する。
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