Basis25. 杜若の一番長い日

「……痛みは治まりました。ありがとうございます玲先輩」

「でも無茶は厳禁よ。あくまで応急処置だから……」


 玲先輩から回復魔術による簡易的な治療をしてもらいながら私は先の出来事を回想する。海緒は確かに黒の魔術を使用したであろう形跡が見られた。だが、音切さんのように何か怪しい装飾品があるわけでもなく、見た目だけでいえばいつもの海緒の服装であったと思う。風花が言っていたように、かつて黒の魔術を行使できたという分析は正しいものとみていい。


 それならば何故このモールを爆破しようなどという行動を起こしているのか? しかも私と邂逅した際、海緒は明白に私に敵意を持って発砲をした。当然そんなことをすれば海緒のマークは強まるし、最終目的の達成すら危ういだろう。


「……海緒は陽動に使われているんじゃないですか?」

「私もその可能性は高いと考えている。そうなると本丸は誰だ?」

「……東條裕貴。昨日彼と海緒が一緒にいるところを見ました」


 当然この情報も既にNMOへと伝えられているが、東條は今日のミニライブの出演者であり、モールに入るためには同じく厳重なチェックが為されている。魔装によっての黒の魔術付与はほぼ不可能と言っていい。となると東條も同様に黒の魔術を行使できることになるが……


「……東條のところに行ってみるか」

「念のため近くで監視すべきですね」


 もしも東條が海緒同様に元来から黒の魔術を使用できる場合、東條が何かをしでかす可能性を否定することは難しい。むしろ現状では最重要参考人だ。私たちはNMOを通じて東條との接触許可を貰う。そしてバックヤードから職員用のフロアへと侵入し、東條の控え室へと向かった。


 控え室のドアをノックすると、すぐに東條が現れた。東條は会長と私の姿を見ると一瞬驚いたような顔をするが、すぐに私たちを歓待するムードになっていた。


「持統院会長、わざわざ来てくださったんですか?」

「ああ。春芽舞闘会スプライトカレードでは表彰に参加できなかったのでね。ここでお祝いということだ」

「……隣の子は?」

「私の共盟リージョンだ。彼女にはいろいろ学ばせたいと思っていてね」

「……そうですか」


 東條は私を一瞥すると、そのまま控え室の中へと案内した。その視線は私に対して気に食わないといった顔であったと思う。発言そのものは紳士的ではあるものの、こういう節々の面で私はこいつを好きになれない。


 控え室の中には簡素なソファーがいくつかあるタイプの部屋で、周囲の状況から見て東條は今まで最後の練習をしていたというところか。ソファーに腰掛ける。高級というわけでもない一般的なソファーだ。そして東條がお茶を用意すると、玲先輩はそれに目もくれずに話を切り出す。


「ギタリストとしての東條の話は私もよく耳にしているよ。特に君の所属しているバンド。今注目されているそうじゃないか」

「恐縮です。でも会長もそんな世間話をしにここに来たわけではないでしょう?」

「……さすがに東條家の御曹司には通じないかな?」


 ふっと少し息をつくと、玲先輩は本題へと足を踏み入れる。


「何故今日爆破予告が届いているにも関わらずライブを続行したんだ?」

「……ここには思い入れがあるんです。せっかくのライブを爆破予告ごときで止められるなんて癪に障る。それに会長も私の実力は知っているでしょう? 有事の時は私が先鋒に立って犯人を捕まえてみせますよ」

「そうだな」

 

 東條は自信満々といった表情で、口調だけは冷静にそう言い切った。その表情はまるで、爆破事件を自分が解決してみせようとでも言っているかのような、そういう自信過剰な何かを感じ取れるものだった。……だから私は東條に対してカマをかけることにした。


「あの……東條さん」

「……なんですか?」

「昨日、東條さんがうちのクラスの浅茅さんと一緒にいるところを見かけたんです。何してたんですか?」


 東條はばつの悪そうな顔をすると、こう返答した。


「デートですよ」

「デート?」

「そう。海緒と私は旧知の間柄なんで。それで照葉学園に海緒が入学したっていうから気になって声をかけたんですよ。それで昨日は会場の下見を兼ねて」

「そうですか。昨日から浅茅さんが帰ってこないって寮の人が言っていたので」

「アイツのことだからどっかほっつき歩いてるんじゃないんですかね?」

 

 確定だ。今回の爆破事件の犯人はこいつでほぼ間違いないだろう。だが問題は爆破の方法。特にどのように起爆するかが重要だろう。変なタイミングで起爆してしまえば自分も爆破に巻き込まれる形になる。かくなる上は自分が絶対に起爆できないようなタイミングで爆発すればそれこそ窮地に現れるヒーローとなれるだろう。


「申し訳ないのですが本番に集中したいので……」

「ああ。貴重な時間を使ってくれて感謝するよ」

「ありがとうございました」


 私はぺこりと東條にお辞儀をして、会長に従順な後輩感を演出する。東條もそれを見てか初対面時よりかは表情はマシになったようだ。


 控え室を後にして、私たちはライブ会場がよく見える場所へと移動する。ライブまであと30分というところだが、まだ爆発のようなものは発生していないらしい。それどころか爆発物も、海緒も、まだ見つかっていないという。NMOからも、これは『焼失する黒ロスト・ヘル』を騙ったイタズラではないかという声も上がりはじめていた。だが、『焼失する黒ロスト・ヘル』の知名度が低いにも関わらずその名前を名乗ったということに上層部は警戒心を抱いているようで、作戦は続行されている。


「……何で今日なんだろうね」

「玲先輩?」


 会場を臨みながら玲先輩はふとそんなことを呟いた。

 

「東條の態度は明らかに怪しい。おそらく彼が犯人で間違いないんだが……何故を選んだんだ?」

「そんなに気になりますか?」

「そもそも昨日華凜ちゃんは東條を見ている。その時の東條は一般人だ。その状態で爆発が起きて、犯人に立ち向かう。それはまだ理解できる。だが今日は注目バンドのギタリストとしてここに来ているんだ。もしも爆発が起きたとしても彼は丁重に扱われるだろう。それが予想される中で何故昨日ではなくて今日を選んだのかがどうも腑に落ちない」

「つまり玲先輩は今日でないと為しえない爆破だ、って……」


 尻すぼみに私の声色が小さくなっていく。今日でないと為しえない? 昨日と今日の違い。それこそがだとしたら? 私の中に浮かんだ1つの仮説。もしもこの仮説が正しいとすれば、東條をステージに上がらせるわけにはいかない!


「玲先輩、黒の魔術の発動形跡のデータって風花に送れますか?」

「送れるけど……どうしたの急に?」

「今すぐ風花に送ってください。風花聞こえる!?」

「聞こえるよー」


 スマホから風花への通信。風花の声はすぐに戻ってきた。そして私は今日起きるであろう爆破における仮説を話す。風花はそれを全て聞くと、このように結論づけた。


「なるほど、それならばこの異常な形跡の理由も説明できる」

「うん、風花がそう言ってくれるなら大丈夫。それでね、風花。1つ頼みたいことがあるんだ」


 頼みたいことを伝えると、風花はぎょっとした声でこう答えた。


「……ほんとにやるの?」

「もしも1つでも爆破を許せば海緒はもう元には戻れない。私たちは失敗することができないんだよ。私たちが頼れるのは風花だけなんだ」

「私からも頼む神代さん。うちの生徒は誰一人として死なせるわけにはいかないんだ!」

「はぁ……やるだけやってみる。あと……うちの海緒をよろしくね」


 通信が切断され、賽は投げられた。時間にして12時30分。運命が決する時は刻一刻と迫っている。

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