Basis24. 黒に染まる弾丸

 大型連休の中日に当たる今日は、杜若グランドモールも活気に溢れており、たくさんの人が行き交いしている。こんな中で爆発事件が起きるとなれば被害の大きさは甚大になると言っていい。それでもモールが営業を続けるのは、表沙汰にした場合には特区中を無差別に標的にするという犯行予告からであった。NMOとしてもまだモールのみのほうが阻止をしやすいという判断だろう。


 その人混みの中で私は玲先輩を待っていた。昨日仕立ててもらった私服を着込んでいるため、遠目からみれば一般人として紛れ込めている……はず。スマートフォンにインストールされているマナミールを弄り倒しながら待っていると、玲先輩が駆け足でやってきた。私はそれを確認するとスマホの電源を落として玲先輩のほうへと駆け寄る。


「玲先輩、おはようございます」

「おはよー華凜ちゃん。……ちゃんと付けてきてくれたんだ」

「……お守りみたいなものです」


 玲先輩が私の耳に付けられたイヤリングを触りながらそんなことを言ってきた。こういう現場で付けるのはどうかと一瞬思ったが、付けてこないと玲先輩の悲しむ顔を見てしまうような気がした。結果的に付けてきて良かったと思う。


「……神代さんは何て言ってた?」

「何を目的にするかで変わるそうです。建物か人命か。その両方を検討した場合の予測ポイントは既にNMOにも共有されてます」

「ありがとう。……神代さんの話は私も聞いてるよ。何せ稀代の天才科学者の妹だからね」

「……天才科学者?」

「そう。神代さんのお姉さんは何を隠そうマナミールの開発者だ」


 天才科学者の背中を見て育ったからこその技術力ということか。ってマナミールの開発者!? ……あの趣味はお姉さんのものだったのか?


「とにかく、NMOは神代さんの分析によって得られたポイントを中心にカバーするだろう。だから私たちは遊撃サイドに回ろうと思う」

「NMOではカバーできない部分を見て回ると」

「そういうこと。それにこっちにも切り札があるしね」


 昨日の玲先輩とは違い、今日は赤ブチのメガネを付けていた。ともすれば私が『演算式・調色トナー・ドライバー』を使っているときのゴーグルのような役割を果たしているのだろうか?


「ホントはこれもなんかのイタズラだったらいいんだけどね……」

「……そうですね」


 昨日の偵察時点で何者かの攻撃を喰らっている以上、これをイタズラと判断することはできない。NMOも当然厳戒態勢でこの事案に挑むだろう。まさに状況としてはこちらが圧倒的に有利な状況だ。それでも何故に爆発を起こす必要があるのだろうか?


「……なんか今日は人多いですね」

「まぁ連休の中日だしなぁ。それに今日はモール内でイベントがあるらしい。うちの東條が出るって言ってたな」

「東條さんが?」

「ミニライブみたいなものらしい。東條は音楽界では最近名が知れてるみたいなことは聞いたことがある」


 ミニライブに東條が出る。東條は海緒との繋がりがありそうな雰囲気を出していたから、海緒の異変に関わっている可能性は非常に大きいだろう。それに、ミニライブということならば人もたくさん集まってくるだろう。その中で爆発事件を起こせば被害は甚大になり得る。


「玲先輩」

「東條の線は薄いと思うぞ? 今日は各ゲートに爆破物感知の魔術がセットされているから爆発物の類いが入ってきたらたとえ異空間に収容していてもすぐにバレる。それに、もしもミニライブの会場で爆発を起こせば当たり前だが東條もただでは済まないだろう。あいつの性格からしてそんな自爆行為をするとは思えないな」


 人は何かのっぴきならない事情があれば自爆テロにだって加担することができる。それが何かの大義によるものか、何かの宗教によるものかは異なるが。性格による判断は当てにならないだろう。


「……黒の魔術に爆発を起こせるものってあるんですかね」

「『焼失する黒ロスト・ヘル』名義で送るということは勝算があるということだろう。爆破検知も、NMOによる監視も突破できるような方法が」


 爆破物も、爆破のための装置もないのに爆破事件を起こすというのは不可能だ。魔術という存在を加味してもそんな絵空事を可能にできるとはどうも思えない。


「華凜ちゃん」

「風花、どうしたの?」

「海緒が中にいる」


 突然入ってきた風花からの通信。それは非情な宣告だった。海緒がいるということは既に起爆装置が侵入しているようなものではないか!


「場所のモニターはできる?」

「……ダメ。入ったことだけは分かったけどそこから先が分からない。検知用の魔術が妨害されてる。今風花もモールの中にいるから何とか頑張ってみる」


 流石に人がたくさんいるモールの中で爆走することはできないので、海緒の機動力は大きく削がれているはずだ。それでも海緒が一方的に視認してしまえば、こちらはひたすらに戦力を落とすことになる。


「早く海緒を止めないと!」

「落ち着け。闇雲に探しても見つかるものも見つからない」

「でも風花ですら見つけられないものをどうやって」


 焦る私を宥めるように玲先輩は私の頭をポンポンと叩く。そしてメガネをくいっと持ち上げる素振りを見せた。


「そこでこの切り札だ」


 玲先輩がかけているメガネは読み通り、異常な魔素の流れを見るためのものだった。だが、私のでは黒の魔術を使用しているか否かまでは分からなかったはずだ。そのメガネにはもう一つの追加効果が存在していた。


「……なるほどなるほど」

「……?」

「こっちだ」


 玲先輩曰く、黒の魔術を利用する場合は魔素の流れの見た目だけは正常だが、どこかで魔素の流れが遮断されている跡が存在しているという。一本のひもをハサミで切ってそれを結び直したようなものだ。遠目から見れば一本のひもであることに変わりはないが、近くで見ると結び目が見える。そのを可視化しているというのだ。


 その結び目を辿っていく。そしてその先に海緒が佇んでいた。ちょうどミニライブの会場を一望できる場所で海緒はどこか遠くを見ている。私は玲先輩が差し止めるのを振り切って海緒の元へと駆け寄った。


「……海緒!」

「……? りんりん……何でここにいるの?」


 海緒がこちらを振り返る。その瞬間に私は『Ma3430』を引き抜き、その銃口を海緒の額に向け、引き金に手をかけた。周囲のお客さんのどよめきをよそに、私は海緒の顔をにらみつけながら言い放つ。


「海緒を止めに来た」

「……止める? アタシを?」


 海緒は茫然自失といった感じで焦点の定まらない目をこちらへと向けている。そして海緒はノータイムで私に向かって発砲した。発砲音も何も分からないままに弾丸が飛び、脇腹に強烈な衝撃を喰らう。『演算式・調色トナー・ドライバー』によって致命傷こそ避けられたものの、その衝撃でその場にうずくまるしかない。


「……ぐはっ!」

「……止めないでりんりん。アタシは……アイツをらないといけないから」

「海緒! 目を覚まして!」


 消失しそうな意識を無理やり気付けて私は引き金を引く。魔導弾が飛び、海緒の胸部を貫こうとするが、それは海緒から放たれた黒色のオーラによってかき消された。

 

「……さよならりんりん。早くここから逃げて……アタシはりんりんを傷つけたくない」

「……海緒!」

 

 海緒の姿が一瞬にして消失する。あれは音切さんの時と同じものだったはず。海緒は黒の魔術に操られている状態というのは分かった。でも、海緒が護りたいアイツとは一体誰なんだ……?


「華凜ちゃん! ああもう無茶するから……」

「……玲先輩」

 

 駆け寄ってきた玲先輩の肩にしがみつきながら何とか立ち上がる。回復魔術によって移動に差し支えがない程度には回復したものの、無茶はできない状況だ。それでも私の決意は揺らがない。


「取りあえずどこか休めるところにいきましょう」

「ごめんなさい……私のせいで」

「華凜ちゃんが同じ状況になったら私も同じ選択をしたと思うわ。……本当に浅茅さんのことを大事に思ってるのね」


 玲先輩は私のことを叱責するでもなく、ただそうやって慈愛に満ちた言葉を投げかけるだけだった。

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