Basis21. 宣言する『黒』

 この世界における授業というのも未知の領域であったため深く警戒していたが、始まってみれば私の想像していた高校生活と大差なかった。魔術実技なる教科も言わば体育のようなものであり、アイリスのおかげで多少の魔術が使用できるようになっていた私には、ついていけないという訳ではない。魔装が使えればと思うことは多々あるが。


 そうして入学時のドタバタからは想像できないほどに平穏な日々が過ぎていく。私の生活の中で変わったことがあるとすれば、海緒に『Ma3430』の扱い方を習ったり、風花に『演算式・調色トナー・ドライバー』の強化案がないか相談されたりといったところだ。後は……


「華凜ちゃーん!」

「会長」


 昼休みと放課後になるとこうやって玲先輩が教室に訪れるようになっていた。同じクラスの生徒も、もはやそれが当たり前だとでも言わんばかりに馴染んでしまっているのだが。


「今日もかわいいね……げへへ……」

「気持ち悪い笑い方はやめてください」

 

 玲先輩は変なところはあるが、流石に生徒会長ということだけあってか、しっかりとするべきところでは職務を果たしているので評価の仕方が難しい。


「今日は何ですか?」

「あー、ちょっと真剣な話」


 普段は本当にどうでもいい話をするためにやってくるのだが、この語調から察するにどうやら本当に真剣な話のようだ。


「それ、ここでしていい話です?」

「……ちょっとね」

「分かりました」


 最小限の荷物しか入ってないカバンを持って生徒会室へと向かう。先導する玲先輩の姿は凜々しくて端から見れば誇れる先輩といえるが、中身は少し残念なところのあるが可愛げのある先輩だ。それを知っているのは私と、クラスの仲間くらいか? まぁそれでも玲先輩の格が落ちていないというのが凄いところなのだけど。


 生徒会室に入ると、そこには既に先客がいた。彼女たちは生徒会室のソファーでくつろいでいて、その中には私の見知った顔もいる。


「華凜殿!」

「なんで篝がここにいるの?」

「私の級友が是非来てほしいとのことで」


 そう言って篝は向かいに座っていた少女がこちらに向かって会釈をする。私と同じくらいの背丈で、丸渕のメガネに三つ編みの髪という姿がより幼さを際立たせていた。生徒会の子だろうか?


「お疲れ様です会長」

「おつかれ柚ちゃん」


 玲先輩は柚ちゃんという少女の頭を優しく撫でている。柚ちゃんはその行為を当然のように受け入れているどころか、ちょっと頬が紅潮しているのが見て取れた。玲先輩はどうやら天然の女たらしと言っていいだろう。ここまでされるともはや天賦の才だ。玲先輩の手が離れると私に対して挨拶してきた。


「えっと……会長さんの共盟リージョンの人ですよね? 確か橘華凜さん」

「そうだけど」

「お目にかかれて光栄です。わたしは篝ちゃんの幼なじみの海南柚です。生徒会ではまだ下っ端なんですけど……よろしくおねがいします!」

「よろしく」

 

 なるほど幼なじみ。それなら生徒会室に篝がいても不信感はないだろう。というか、篝の柚ちゃんといるときの表情。なかなか見られないタイプのアレだ。やはり幼なじみ相手だと表情の変化もハッキリするのだろうか?


「……篝ちゃん」

「柚、言いたいことは分かる」

「噂通り……いやそれ以上のクールっぷりだね……」

「あれでも熱いところがあるのです」


 どうやら私のイメージがクールな人ということで全校生徒に知れ渡っているらしい。表情が硬いみたいなことは中学時代に言われたことあるし、なんならそれで内申がちょっと大変になったことも記憶に新しいけど……


「ふふっ、これでも可愛いところがあるんだよ」


 そうして玲先輩は何の躊躇いもなく私の頬にキスをしてみせた。私の顔が一気に紅潮する。篝と柚ちゃんの顔も爆発しそうなほどに赤くなっていた。特に柚ちゃんは両手で頬を押さえて、まるで映画のベッドシーンを見てしまった子供みたいな反応をしている。


「れ、玲先輩っ……! 貴女という人は本当に……!」

「えっ、えええ、えっえっ」

「柚がフリーズしてる……おーい、大丈夫ー?」

「か、華凜さんが名前呼び……ノータイムのちゅー……わたし、生徒会に入れてよかった……!」

「ちょ、柚! 意識をしっかり持って! すみません会長殿。柚がこのような迷惑を」


 柚ちゃんには強烈な刺激だったらしく、その場で昏倒していた。篝は申し訳なさそうにこちらに向かってペコペコしている。……お似合いの二人って感じ?


「気にしないで。それよりも華凜ちゃんと話があるからもし私に用があるって人が来たら仕事中って答えておいてくれない?」

「承知」

「……!」

「柚、興奮したくなる気持ちは分からなくはないけど抑えて」


 ……柚ちゃんも相当にイってると思うけどそれに適応できる篝も篝でなかなかヤバいと思う。そうして私たちは生徒会室の秘密部屋へと足を踏み入れる。それにしても秘密部屋の入り方が脱出ゲームとかでありそうなギミックで私はちょっと興奮していたり。どういう理屈で動いているんだろうという疑問もこの世界では魔術という二文字で片付いてしまう。


「ここは元々緊急避難用のシェルターなんだ。それを今は人に話せないことをするときに使っているの」

「それ、私を手籠めにしようってことじゃないですよね」

「……少し期待してた?」

「まさか。それで話というのは」


 真剣な話ということは間違いなく『焼失する黒ロスト・ヘル』関連のことだろう。ここのところ刺激が少ない日々で『基底』に辿り着くことなどできないと思っていたが、あちらからそういう機会を得られるのであればその波に乗るというのもやぶさかではない。


「うーん……まぁこれに関してはあの人から直接聞いて貰った方が早いか。マナミール、お願い」

「……あの人?」


 玲先輩はマナミールを起動し、通信モードに切り替えた。いわゆるテレビ電話的な利用用途になるが、一々マナミールを召喚してそれをプロジェクター代わりにしているのが見ていて面白い。そして壁に投影された映像に映されていたのは懐かしい人物だった。


「難波宮さん!」

「お久しぶりです、橘華凜さん。こちらでの生活は慣れましたか?」

「なんとか」


 杜若魔導特区におけるNMO局長である難波宮さんであった。このように話すのもほぼ一ヶ月ぶりになる。だがここで局長クラスの人物が現れるということは、これから話される事案は相当ヤバいものじゃないか……?


「楪さん、華凜ちゃんにもあの話をしておくべきだと思うの。同じ『白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァ』として」

「そうですね。先日の魔闘デュエルは私も拝見しました。持統院さん相手にあのような戦いができる辺り、魔術適正ニトロナイズが低くても『白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァ』は侮れませんね」

「……まだまだ私は未熟です」

「荒削りでも光るものがあるということですよ。何よりも会長の共盟リージョンとして認められている。持統院さんは確かに面食いなところがありますが実力の無い者には興味を示さないんですよ?」


 玲先輩は少しだけ恥ずかしそうな所作を見せていた。ある種の照れ隠しということだろう。私としても単なる面食いではなかったという事実にほんの少しだけ安堵していた。


「それで、話というのは」

「ええ。『焼失する黒ロスト・ヘル』に関しては既に話が通っているでしょうから……先の春芽舞闘会でかの組織の関与が確認されました」

「……」

「あまり驚かないのですね」

「そんな気がしていたので」

 

 音切さんの非は確かにある。だが、それを勘案してもあのような力を突然出せるというのは常識的に考えてあり得ない。あり得るとするならばそれは外部から強制的に植え付けられてしまった力。その原因が『焼失する黒ロスト・ヘル』にあるというのであれば納得はいく。


「これは内密にしていただきたいのですが……先日NMOに犯行予告が届いたのです。内容としては杜若グランドモールの爆破です」


 えらく物騒なのが来たな。確かに爆破事件は聞こえがいいが、この世界には頁戻しルートチェンジャという蘇生術が存在している。犠牲者が出たとしてもそれを使えば元通りになるのではないのか?


「『焼失する黒ロスト・ヘル』に殺害された人物には頁戻しルートチェンジャが効かない」

「……つまり爆破事件を未然に防ぐ必要がある」

「そうだ。本来このような事件は『頁戻しルートチェンジャ』という防波堤によって守られている。無差別殺傷、無差別破壊を引き起こす意味は『頁戻しルートチェンジャ』によってほぼほぼ無意味といえるんだ。故に、このような事件にはどうしても事後対応になってしまう。だが『焼失する黒ロスト・ヘル』の黒の魔術は『頁戻しルートチェンジャ』そのものを否定している」

 

焼失する黒ロスト・ヘル』相手には私の世界でのテロ対策と同様に対策を行わなければならない。魔術の行使によってある程度の融通は利かせられるが、それでも死と隣り合わせの危険な戦いだ。

 

「『焼失する黒ロスト・ヘル』に関しては分からないことが多くてNMOだけでは調査が追いついていない。NMOも全力で対応しているがこと黒の魔術を使う相手だ。こちらとしても対抗策がほしい」

「それで私たちに白羽の矢を立てたと」

「そうだ。当然命に関わることだ、無理強いはできない。それでも助力してくれるなら……」

「やります」


 私は即答した。命を投げ捨てようとかそういうことではなく、私はただそういう存在を許せないと思ったから。何よりも、この事件の解決が『基底』へと、私の失われた記憶へと近付く一歩になると確信しているから。


「犯行予告当日はNMOも全力でサポートする。未曾有の惨劇を引き起こさないためにも共に協力しよう」

「はい」


 そうして通信が切断された。玲先輩は私のことを呆れた表情で見ていた。


「何というか……無茶すること多いよね、華凜ちゃん」

「否定はしません」

「そもそも猛火の中に輝く者フレイマーだって適正外から無理やり使ったら身体がボロボロになるわよ?」


 確かに『白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァ』だけあって、色適正カラーナイズという面では発動条件を満たしているが、魔術適正ニトロナイズそのものは低いままなのだ。軽自動車でF1並みのスピードを出しているようなもので、バーストしてしまうのも頷ける。


「だから今回はフレイマーは使用禁止。爆破事件なんだから火気厳禁だよ」

「……そうですよね」


 今の私が使うことができるのは『Ma3430』のみ、ということになる。この尖りまくった性能をしている銃で私は『焼失する黒ロスト・ヘル』に挑まなくてはならない。不安ではない、といえば嘘になる。


「……華凜ちゃん」

「玲せんぱ……っ……!」


 突然玲先輩に抱き寄せられ、そのまま唇を奪われる。映画とかでよくあるような濃厚なキスを数秒間されると、唇が離された。私は何も言わない。言えなかった。だってキスをした後の玲先輩の表情は……私を喪ってしまう不安に駆られているような、そんな焦燥感溢れる顔をしていたから。


「ごめんね……今しておかないと、きっと後悔してしまうと思ったから」

「……大丈夫です。私はそう簡単に死なないですから」


 そんな顔を私は覚えている。記憶の根幹にあるはずの記憶は存在しない。でも、その表情が物語る世界の意味を私は見たことがある。だから、私が示す決断は。


「ちゃんと事件を解決できたらいくらでもキスしていいですから」

「……それ、死亡フラグって言うんですけど?」


 玲先輩の焦燥感が消えた気がした。それでいい。きっと生きて帰れば夜が明けるまで玲先輩は私のことを好き放題にするだろう。それでも構わない。そんな未来が確定すれば玲先輩が絶望する未来は自動的に破棄される。


 私はもう誰かが悲しむ姿を見たくない。記憶ではなく心にそんな叫びが轟いていた。

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