Basis22. 蒼の弾丸

 犯行予告に指定されていたのは何故か大型連休の中日であった。そんな遠い日程を指定するとは犯人も大胆なものだと思う。なぜなら爆破に対して猶予を与えているということになるからだ。当然マークも厳しくなるが、その上でやるというのだから肝っ玉がでかいとしか言いようがない。私と玲先輩は予告日の前日に現場の下見ということで杜若グランドモールへとやってきた。


 杜若グランドモールは魔導特区の中心に位置する巨大なショッピングモールであり、大きさとしてかなりのものだ。ウィンドウショッピングをしていれば一日は潰せそうな大きさである。私はここへは衣料品を買いに来たことがあるくらいで、グランドモールについてよく知らない。玲先輩は……こういう場所に通ったりするのだろうか?


 待ち合わせ場所に到着すると、そこには既に玲先輩がいた。かなりおめかししているようで、丈の短めなスカートを履き、上はよく分からない絵柄がプリントされたTシャツの上からカーディガンを羽織っていた。


「待ち合わせ10分前、やっぱりマジメだね」

「玲先輩ほどではないです」

「というか何で制服?」

「これしかまともなものがなかったので」


 滅多に学園の敷地外に出ることがないので制服以外の服を持ち合わせていなかった。おしゃれについては無頓着であったのと、あくまでも下調べという意味で制服を着用したのだが、どうやらそれが玲先輩は不満のようだ。


「年頃の女の子なんだし多少は着飾ったらほうがいいと思うわ」

「……そんなつもりで来たわけではないでしょう?」

「というか、当日はどうするつもりなの? 制服だとかなり目立つと思うけど」

「それはそうですけど」


 玲先輩は何かを思いついたようにニヤリと笑ってみせる。何となく玲先輩が言いたいことを理解できてしまう自分がいた。


「なら私が服を選んであげよう」

「……でもあんまりお金使いたくないんですけど」

「NMOに経費で落としてもらいましょ」

 

 女子高生のファッション費が経費で落ちるってどうなんだ? と思いつつもまぁ変装用の費用みたいな言い方をすれば落ちそうではあるが。


「……よろしくお願いします」

「ふふっ、腕が立つわ」


 ……この人に任せて本当に大丈夫なのだろうか? 

 

「うーん……色合いはこれでいいか。この組み合わせなら機動性も阻害しないし……」

「……玲先輩?」

「ちょっと待ってて。今最高のコーデを考えてるから……」


 マネキンの前でうんうんと唸る玲先輩。そこまで高価ではないファッションブランドを選び、その上で戦闘に巻き込まれた際に問題なく行動できるように考えているようだ。私はそんな玲先輩を不思議に思いながら見つめていた。


 美人は悩む様も美しい。いろいろ服を手に取りながら検討している玲先輩はお世辞抜きでこのモールでは悪目立ちしている。


「……よし、これでいこう。試着いける?」

「分かりました」


 私は玲先輩から服を受け取ると、そのままフィッティングルームへと入った。何というか、制服やパジャマ以外で久しぶりに別の服に袖を通す気がする。


 選ばれた服は至ってシンプルなものであった。一般的なTシャツにパーカー、下はデニムのショートパンツと、どこにでもいる一般的な女の子のそれだった。まぁそれこそフリルマシマシのゴスロリみたいなのを持ってこられたら困るんだけど……


「……どうですかね」

「おーいいじゃん! 太ももが眩しい!」

「褒めてるんですか?」


 確かにショートパンツだから太ももは露出してしまう。嫌というわけではないがいけしゃあしゃあと生足を見せるというのは気に食わない。何というか玲先輩の手のひらの上で踊らされているような。そういうタイプの不満だ。


「……当日はタイツ履いてきます」

「まぁタイツはタイツでいいんだけど」


 この一式を購入し、さらに動きやすいようにとスニーカーまで購入すると、その姿のままで玲先輩とモールを見て回ることになった。だが、先輩は気になった店を見かける度にそっちの方へと突撃していき商品を物色して回るので時間がかかる。小さい子供じゃあるまいしと苦心していると、遠くに見知った顔があった。だがそれは私だけが知っている顔、とでも言うべきか。


「(……あれは、東條って人じゃないか?)」


 先の春芽舞闘会スプライトカレードにおいて100人切りを達成した挙げ句に、本戦もぶっちぎりで優勝してみせたというこの世代のホープとでも言う存在、東條裕貴。画面で見ても紳士的な振る舞いが目立つが、実際に見てもまさに紳士そのものだ。本当に私と同年代なのかと疑ってしまう。


 どうやら東條は誰かを待っているようだ。しきりに腕時計を見ている様子からそれが窺える。……遠目からだけどあれもなかなか高級そうな腕時計だ。いわゆるお坊ちゃまというやつか? 玲先輩と同じような。


「おーい!」

「海緒姉!」


 そこに意外な乱入者。このモールでも目立つ青髪が波を切るように通り過ぎる。人々がそちらの方につい目が取られてしまうほどの声を出していた。


「ちょっと海緒姉、目立つから……」

「はいはい」


 海緒は懐かしい旧友との再会とでも言わんばかりに東條とかいう男と話している。元々お互いに今日は用事があるということだったが、こういう用事だったか。


「(海緒がデートねぇ……しかも相手は東條ときた)」


 何か訳ありだな。このまま後をつけてみようかと思ったが、二人の逢瀬を邪魔するのは粋じゃないだろう。それに何よりも……


「うーん……このイヤリング意外といける……華凜ちゃんとペアでつけてもいいかも!?」


 今はこの先輩のおもりをする必要があるのだ。

 

「玲先輩」

「あー違うの! 決してペアでプレゼントして『華凜ちゃんは誰にも渡さない(キリッ』みたいなことをするつもりじゃないの!」

「買いたいなら買えばいいじゃないですか……って高っ!」


 値札を見ると0がいっぱい並んでいる。デザインとしてはどんな服にも似合いそうな可愛らしいデザインで私好みではある。だが、これを玲先輩が勝手に買う分にはいいがこれをプレゼントされたら流石に引く。というか畏れ多くてつけられない。


「確かにデザインは可愛いですけどここまで高いと……って玲先輩!?」

「これください!」


 懐から謎の紙を取り出してさらさらとさっきの値札分の数字を書き込んでいく。あれはいわゆる小切手というものでは? やべぇ玲先輩の愛が重すぎる……


「プレゼント」

「欲しいっていったわけではないんですけど……」

「私が似合うと思ったから。だから付けて欲しい」

「……」


 はぁとため息をつく。そんな真剣な表情で見られたら玲先輩の期待に応えたいと思ってしまう。私も随分と玲先輩のペースに流されつつあるな……


「……どうですか?」

「よく似合ってるよ。私も同じものを買ったのだしここで付けようか」


 少しだけ頬が緩む。玲先輩相手とはいっても、素直に見た目を褒められると嬉しいものは嬉しいのだ。玲先輩も同じようにイヤリングを付ける。元々大人な雰囲気があったが、それがより増しているように思えた。


「……どうかな?」

「とっても綺麗です」

「ふふっ、華凜ちゃんとお揃いだからね。私も気合いが入るというものだ」

「ただここまで高いと日常的には使えませんね」

「今日ぐらいは付けてくれるでしょう?」

「……しょうがないですね」


 玲先輩がそっと手を差し出した。私はその手を取る。さながら絵本の中の王子様とお姫様といったところか。随分と現代的な格好をした姫だと思うが。


 すると、玲先輩はいきなり私の肩を寄せてきた。そして私にしか聞こえない声でそっと囁いてくる。


「……誰かが私たちをつけている」

「まさか」

「っ、伏せて!」


 玲先輩の言葉に呼応するようにしゃがむ。瞬間、何かが頭上をとんでもないスピードで通過した音が聞こえた。目先の床に弾痕のようなものが出来上がっていた。


「……!」

「今は逃げましょう、ここだと分が悪すぎる!」


 玲先輩はとっさに私を抱きかかえると、そのままモールの4階から飛び降りて見せた。私がお姫様抱っこされているとかそういうことを考える暇も無い独断に、声すら口から出ることを拒否している。さらに玲先輩は空中に壁でもあるかのようにキックして、2階に飛び込む。2階はフードコートなどが位置しているエリアで、比較的人出が多い。この中では銃撃のようなものを飛ばすことは不可能であると読んだのか。


 だが攻撃は止まらない。むしろ、私たちだけを執拗に狙うような弾が飛び交うようになってしまった。そんな弾を扱える人間は一人しか思い浮かばない。


「(海緒……?)」


 確かにこのモールに海緒は来ている。海緒ならば地面に弾痕が残る衝撃を放てる魔導弾も、執拗につけ回す魔導弾も容易に放てるだろう。だが私を攻撃する動機がない。むしろ私を激励したり、サポートしたりと献身的に支えてくれていた。だからこそ、状況的に海緒を犯人と思わなければならないという現状を私は信じたくない。


 ……もしかして音切さんのように操られているという線は考えられないか? だがそれは『焼失する黒ロスト・ヘル』の犯行予告とは反する。本来の予告日は明日のはずなのだ。


「玲先輩はNSOの人を呼んでください」


 モールから出て、外の連絡通路まで来ると私は玲先輩にそう告げた。この犯行は私のみを執拗に狙っている。故に、私そのものが囮になるのが早い。


「……大丈夫なの?」

「NSOが来るまで粘るだけです」

『Complete!』

調色Toning!」

『♪~ Observe their world』


「行って、玲先輩!」

「……分かったわ」

 

演算式・調色トナー・ドライバー』を立ち上げフレイマーを取り出す。しかし今回は刀身を炎で染め上げることは禁止されているため、もはや一振りのナイフに過ぎない。だが、


「魔導弾を叩き切るならこれで問題ない」


 飛んでくる魔導弾に向けて刃を振るい、エネルギーをぶつけ合わせることで魔導弾そのものを消失させる。普通にやればそんなことできるはずがないが、『演算式・調色トナー・ドライバー』による計算能力の補助とその計算に基づいたコントロールを利用すれば不可能は可能になる。


 魔導弾の勢いが増す。『疾走』を使い機動力を上げつつも、フレイマーによる牽制は止めない。制服の動きやすさはなかなかだったが、この服装の状態でも問題なく行動できる。一振り一振りに、自分の中で何かが洗練されていくように思えた。RPGゲームでいえば経験値的なアレだ。振るう度に無駄な力が入らなくなっていくといえばいいか。


 NMOの人はすぐにやってきた。それから私に向かって飛んでくる魔導弾は無くなったのでよしとするか。事情聴取を受けたが、どうしても海緒のことは話せなかった。自分の友達が明日モールを爆破しようとはどうしても考えられなかったから……


 だが、その日海緒は四星寮に帰ってくることはなかった。

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