Basis19. 猛火vs極光

 照葉学園の敷地はとても広く、通常の運動場や体育館に類するものから、明らかにそれ以外の用途に使用するであろう謎の建物まで。設備が充実しているのはいいことだがこれは流石にやりすぎじゃないか?


 そして私たちは高等部の校舎に近い、魔闘デュエル用のフィールドで相対していた。フィールドの大きさとしてはテニスコート一つ分くらいと言ったところで、この前の篝がボッコボコにされていたフィールドとほぼほぼ同じくらいと見ていいだろう。当然観客席のようなものもしっかり整備されており、生徒会長の魔闘デュエルが見られると聞いてか、結構な人がそれを観戦しようとしていた。


「人気ありますね会長」

「ホントはクローズドでやりたかったんだけど……学園長がうるさくてねぇ」


 会長サイドとしてもこの客の入り方はあまり望ましくないらしい。というか、これはそもそも私が提示した賭けだ。私が魔闘デュエルに勝てば共盟リージョンは結ばないし、結ぶように迫ったりもしない。負ければ共盟リージョンを結ぶし、会長の言っていた願いに従うというものだ。


「会長と魔闘デュエルするなんてマジかよ……」

「しかもFランの子でしょ? 命知らずにも程があるわ」


 観客は思い思いにこの魔闘デュエルについて口にしている。命知らず、か。端から見ればそうかもしれない、というかそもそもこの魔闘デュエルが成立しているということ自体が異質といえる。


「てかりんりん、ガチでこの勝負やるつもり?」

「相手は曲がりなりにも生徒会室です。これでは実質敗北を認めているようなもの……!」

「そうだね。多分この魔闘デュエル、私は負けると思う」


 そもそも私は会長と共盟リージョンを結ぶつもりでいる。会長の提示する情報、そして敵対するであろう組織の存在。それらは私の最終的な目的に到達するためには必要な通過点になるはずだ。では何故そんな負け戦に挑む必要があるのか。


「それでも私は本気で勝ちを狙うよ。その先に何があるのか……文字通り白黒ハッキリつける!」

『Complete!』

調色Toning!」

『♪~ Observe their world』


演算式・調色トナー・ドライバー』が正しく起動したことを確認する。未知の魔装に観客はどよめきの声を上げた。私自身もまだ魔装これの力を最大限に発揮できていないことは自覚している。だからそれに慣れることが第一。生徒会長がどのような戦闘スタイルを取り、どれほどの実力者であるかを見極めるのが第二。最後に本気のバトルを仕掛けた時に会長は白の魔術を使うか否か。使うのであればそれがどのようなものであるか。


「……なるほどね。面白いこと考えるじゃん」

「怖じ気づきましたか?」


 会長は私が『演算式・調色トナー・ドライバー』を起動したことに対して驚嘆の表情を見せると、それは不敵な笑みへと切り替わった。それでいい。私は本気の会長を引きずり出してその化けの皮を剥がす必要があるんだ。


「それを使うってことは……本気の私とぶつかりたいんでしょう?」

「仮に私が本気じゃないとしても会長は本気を出していたと思いますよ」

「……その根拠は?」

「『獅子は兎を狩るにも全力を出す』でしたっけ? 私みたいな不良少女Fランク相手でも本気で堕としに来たじゃないですか」


 その啖呵を聞いた会長はやれやれと言った表情でこちらを一瞥すると、突如として腕を真横に降る。その瞬間に周囲の空気がズタズタに切り刻まれているような轟音が鳴り響く。思わず耳を塞ぐが、それでも私はその発生源を凝視する。


 それは白銀に染まった一振りの剣。持ち手に施された装飾は神聖さすら感じさせるほどに崇高な印象を放ち、強烈な威圧感を以て周囲を制圧してみせる。さっきまで騒いでいた観客すらもその光景に口を開けて見守るしかないといったところだ。


「よく分かってるじゃない。私はね……欲しいと思ったものを落とすならアリの一匹に対して禁術すら使ってみせるわ」

「嬉しいです。じゃあ始めましょうか」


 フレイマーを抜刀し、それに向けて魔素を流し込むイメージ。私は一振りの刃、それも灼熱の炎に包まれた地獄の業火。あの時と同じ、全てが一体化するようなイメージを以て全てを穿つ。


「『魔闘要請アプリケート、対象は持統院玲』」

「承認」


 開始までのカウントダウンがフィールド中に鳴り響く。


「会長。手、抜かないでくださいね」

「……手を抜かせないほどの勝負を期待するわ」

魔闘開始ブートオン


 先のケガのおかげで機動力を重視した戦いをすることはできない。『疾走』による奇襲戦法が使えない今、私にできることは正面を切ってぶつかることだけだ。


「火炎を纏えッ!」

『Cerasite!』

 

 いきなり虎の子である猛火の中に輝く者フレイマーを使うことは私の目的に反する。しかし相手のリーチとこちらのリーチでは圧倒的に不利だ。故に、その差を補う必要がある。


 フレイマーの刀身が一瞬にして炎に包まれるが、それと同時にその炎が刀身を越えて燃え上がり、一つの大きな剣となって私を支える。いわゆる中級魔術の部類になるのだろうか? フレイマー相手ならば多少の無茶が効くようになったようで、このように普通のナイフからショートサーベル程度に範囲を延長させることも可能になった。


 その一方で会長はといえば、抜いた剣を地面に突き刺していた。そして剣を楯にでもするかのように私に背を向けて立つ。まだ舐められているということだろう。ならばその選択を後悔させるだけだ……!


「水鏡」

「……!」


 会長がそう宣言したと同時に、会長の周囲……否、刺された剣の周囲に水の壁がまるで宇宙にまで到達しようかというぐらいの高さで顕現した。このまま突撃してもその壁に阻まれるだけだろう。私はフレイマーを後ろに投げ捨てると、そのまま水の壁へと突撃する。ただ水が出ているだけであれば炎が出ているフレイマーは分が悪いが、生身で突撃する分にはまだ勝ち目はある。


 しかし、水の壁はまるでコンクリートで出来ているかのように私の身体を弾く。何ならぶつかったときの衝撃が倍返しで飛んできているようなしっぺ返しを喰らうハメになった。


「……! これなら、どう!?」

『Aqua』


『Ma3430』を取り出して水の壁に向けて弾丸を撃ち込む。海緒にはこの銃の扱い方を教えてもらっている。この銃は慣れるまでは反動が強烈だからしっかりと脇を締めて目標を狙うこと。そして目標を貫くという意思を弾丸に込めて引き金を引く。『演算式・調色トナー・ドライバー』の補助があれば、その意思に従って自動的に魔術の発動まで行える。


「……マジで?」

「その程度ですか? 華凜ちゃん」


 結果から言えば、その弾丸は水の壁に弾かれこちらに飛んでくる始末だ。最初の一発を反射されて少し身体に喰らったが、それ以外は何とか回避してみせたという状況で、戦況としては最悪と言えるだろう。もう一度フレイマーを拾い直してその壁に対抗しようとするが、それは余りにも絶望的な高さであり、私の意志ごと踏み潰してしまうような会長の強さをひしひしと感じられる。


「……使わないんですか? 華凜ちゃんの必殺技」

「挑発のつもりですか?」


 会長の甘言を無視するようにフレイマーを水の壁に突き立てる。そして僅かな綻びでも生まれてくれと浅はかな願いを懸けながら詠唱する。


「燃え上がれッ!」

「無駄」


 水の壁にほんの僅かだが穴が空く。だがそれは瞬時に上から落ちてくる別の水に埋められてしまった。自分の無力さを余りにも深く痛感する。今の私ではこの壁ひとつ乗り越えることすら不可能なのだ。会長にしてみればこれは私に対する試練の一つなのだろうか? 生意気にも会長に刃向かおうとした私に対する罰なのだろうか?


「ッ……!」


 不意に涙がこぼれた。私はどこかうぬぼれていたのかもしれない。自分には凄い力があると思っていて、その力さえあれば何でもできると思っていて。でも現実はどうだ? 結局私の浅慮な力では強大な力の膝元にも及ばない。観客もこの様子を固唾を呑んで見守っている。ここで棄権すればいいだろう。不意にそんな声が聞こえたような気がした。


 そうだ、ここで棄権してしまえばいい。絶望的な戦力差は理解した。私という存在に対して本気を出す必要が無いということも大いに理解した。なら私が求めていた条件はもう十分満たしているじゃないか。魂に燃え上がっていた炎がしぼんでいく音が聞こえる。


 ふと身体が軽くなったような感覚だ。逃げ出してしまえばいい。そして私が言葉を紡ごうとしたとき、その空気を切り裂くような叫び声が聞こえた。


「りんりーん! まだ戦えるだろおぉぉぉ!」

「……海緒?」


 既に観客席に移動していた海緒の叫びは、もはや咆哮に近しいものだった。


「アンタのその魔装は何のためについてるんだよ! アンタの存在が、この世界の根底を揺るがすものだってアイツの期待を無碍にするんじゃない!」


 アイツの期待。そうだ、この魔装は私の力のカモフラージュだけじゃない。『適正からの解放』。その願いを抱いた一人の少女神代風花の希望そのものなんだ。……魂に炎が再点火される。私と会長だけの戦いならばきっと諦めていただろう。だが、ここにはそれを見る人間がいる。適正というしがらみに捕らわれ、本質が見えなくなってしまった人間達も多く存在しているだろう。


 私を応援している人もいる。それは海緒や篝だけじゃない。私の力を信じてフレイマーを託したアイリスも。何ならここにいる観客だって、私にエールを送っている人が確かに存在している。


 私は私一人で戦っているわけではない。私のことを応援したいと考えているいろんな人の力によって支えられているからこそ今ここに立っているんだ。その声援に応えないで私は諦めようとしていたんだ。最初から何もしないで負けようなんて、私は何を考えていたんだ……!


「……やっと本気になってくれた」

「目が覚めました」

「浅茅さんには後で何かお礼してあげなよ?」

「もちろんです」


 会長は水の壁を自ら解除し、地面に突き刺された剣を引き抜く。その瞬間に世界は白の閃光に包まれる。その光景はまさに選定の剣を抜き、王たる力を示したかの騎士王そのものの光景だ。閃光が収まると、そこには見事に剣を抜いて見せた会長の姿があった。元より白銀に輝くそれはより高貴な光を放ち、聖剣と呼んでも差し支えないほどの代物になっていた。


「この剣、『極光の聖剣オーロ・プリズマー』は相手の覚悟に応じて私に力を貸してくれるの。今の華凜ちゃん相手なら躊躇いなく振れるよ」

猛火の中に輝く者フレイマー

『True Red』

『World break! True red brinker!』

 

 魂ごと焼却してしまいそうなその熱さは3回目とはいっても慣れないものだ。だが今の私はそんな熱さに対抗できてしまいそうな程に燃え上がっている。それは眼前に存在するその姿はまさに『白』そのものであるということ。


 その高みに到達してみたいとハッキリと思えた。漠然とした目標が固まっていくイメージを脳内が支配する。そうだ、それでいい橘華凜。その高みの先に目標が存在する。そう自分の中で反芻すると、猛火の中に輝く者フレイマーのイメージから生まれた純粋なる赤を示すインクを突き刺すと、その熱さはフィールド中を包んでみせる。


「……! 華凜ちゃん!」

「私は貴女に辿り着くッ……!」


 勢いに任せて地面を蹴り上げる。今の私ならばどこまでも高く飛んでいけると思えるくらいに身体が軽い。そしてこの世界をまるごと焦がしてしまいそうな勢いで会長に向けて強烈なキックを放ちにかかる。


「……やっぱり見込んだとおり。でも」


 会長は聖剣を構えると、それを大きく振りかぶる。


「ここで到達しちゃったらお姉ちゃん失格じゃん?」


 空間ごと歪ませるような強烈な斬撃。否、斬撃の嵐。それらがまるでビームでも放たれたかのように私の周囲を切り刻む。全身から鮮血が飛び出してしまいそうな痛みを感じるが、それでも私は重力に従うように、一つの炎となって会長へと襲いかかる。


「はあああああああっっっ!!」

「やあああああああっっっ!!」


 二つの叫びがフィールドに木霊する。そしてその後の爆発。私の渾身の一撃は聖剣に受け止められていたはず。それでも私は砕くのを諦めなかった。だが私の力はほんの少しだけ届かなかったんだ。炎が途絶え、ふわりと空中に浮く感覚。


「(もう少し、だったんだけどな……)」


 私の意識が途絶える時に見えたのは……それこそ私のことを手間のかかる妹のように見つめる姉のような姿の会長だった。

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